33.伸びきれ、センスと才能
今回も遅れてしまいすみません〜
「うーん、困ったなぁ。もう特別な調教は殆どやり尽くして、基礎練習しかやることがないぞ。せっかくのダービー前調教だと言うのに…」
調教が始まり3日ほどが過ぎた頃、調教師がこんな事を口から漏らした。確かに、技術面やメンタル面はほぼ完璧に近かった。基礎能力を鍛えようにも、スピード、パワー、スタミナをもう一段階上げるのは至難の業だ。昔の俺は、まだトレセンに入りたてだったからこそ、無限の伸び幅があった。だが、今の俺は様々なきついトレーニングを積んでいったため、もう殆ど伸び幅がないのだ。何か俺を大幅に強くする劇薬があればいいのだが…。
「あ、そうだ。シンジさんの逃げ差す競馬に不可欠な、"末脚"を鍛えてみてはどうです?」
調教師が悩んでいる時、林が声を上げた。調教師は手を叩いて喜び、すぐさま自室に入って計画を立て始めた。俺達はただそれを外から眺めていた。
「よォーし、出来たぞ!これが今日から始まる末脚特訓だ!」
そう言って、調教師は俺達に紙を見せてきた。いかつい外見とは裏腹に、字は繊細で読みやすい。そこに書かれていたのは、いつも通りの併せ馬に、1手間加えた方法だった。
「いいか、普通の併せ馬だったら、一斉にスタートし、並ぶような形で走る。だが、今回はちょっと特殊だ。いつもの2頭を、お前がスタートするより前に走ってもらう。お前はその3秒後にスタートしろ。ここで1つの注意事項なんだが、これはあくまで末脚の強化を目的にやっている。それなのに、最初から戦闘を取っていてはダメだ。だから、残り200mまでは1馬身以上差をつけられて走ってくれ。そこから、お前が抜かすことが出来たらお前の勝ち。出来なかったらお前の負けだ。わかりやすいだろ?」
確かに理にかなっている。俺の競馬には、末脚が不可欠だ。ただスタミナを鍛えるだけではいけない。最後に最高速を持ってくる技術が必要だ。つまり、インコーナー加速をゴールまで持たせ、更に加速する必要がある。これが末脚というものだ。俺は調教師に同意を示した。
「じゃ、早速行きますか!」
さすがは用意周到な調教師。俺はコースへ向かった。
「始めるぞー、よーい、ドン。」
パケットとナイトが前を走り出す。俺は走りたい気持ちを抑えて、幾秒かの時を待っていた。
パチッ
林がスタートを示すムチを叩く。それと同時に、俺は脚を前に伸ばした。これはあくまで末脚を発揮するための練習だ。俺は2人から約2馬身とって、後方に着けていた。
難なくレースは進み、遂に最終コーナーへと辿り着く。俺はここでインコーナー重力を行い、一気に加速した。
ナイト、パケットも負けてはいない。溜めていた脚を解放し、全速力で走っていた。だが、俺の方が速さにおいては上手だ。このままいけば、順調に抜かせる―そう確信していた。
(何!?急に脚の伸びが無くなったぞ)
異変に気づいたのは残り50mの時だった。今まで最高速で気持ちよく駆けていた脚が急激に止まりだしたのだ。こんな状態では抜かし切る事が出来ない。そのまま順位は変わらず、俺は3着に終わった。
「え、どうしたんだ俺の脚。怪我した訳でもないし…」
俺は困惑していた。普段、こんなことは有り得ないからだ。そんな俺の所に、調教師が優しく諭す。
「もう分かったろう。お前のコーナー重力は瞬間的なものでしかないんだ。だから、残り50mで急に伸びが無くなった。」
「で、でも!いつもだったらあのまま…」
「それは、お前の燃え盛る闘争心が作用しているんだ。ライバルに絶対に負けたくないってな。今回はただの調教だったから出なかっただけさ。もちろんそれでも構わない。でも、せっかく人と話せるんだから、頭を使ってこうぜ。俺が今日から教えるのは、"直線の不死鳥"だ!」
相変わらず酷いネーミングセンスだが、俺は集中して話を聞いていた。俺は強くなる方法に目がなかったからだ。それは林も同じだ。
「やり方は簡単!加速が尽きそうになったら、最後の絞りカスを使って更に加速する!以上!」
「「???」」
言わんとしてることは分かる。だけど、それはやり方では無い。もっと、なんかこう…どうすればその状態に持ってこれるかみたいな事を教えて欲しかったんだけどな…そんな顔をしていたら、調教師が慌てて教えてくれた。
「済まない済まない。詳しいやり方を教えてなかったな。じゃ、今から説明するぞ。」
「加速のやり方は前回教えたよな?」
「脚を高速で回して、少ない秒数で最高速に到達するんですよね?」
「その通りだ!今回はそれを応用するぞ!コーナー加速の応用のインコーナー加速の応用のインコーナー重力の応用だから…ざっと第3進化みたいなもんか。」
「まず、加速というのは必ずいつか終わりが来る。それは世間一般の常識だ。今回は、その終わるタイミングでもういっちょ加速しようってこった。」
「加速が終わりかける瞬間というのは、何となく分かるもんだ。徐々にスピードが落ち、その後元のスピードに戻る。その落ちかけの時、最後の加速の力を使って、一気に脚を回しまくれ!そうしたら、その回転を利用して不死鳥の如く加速力が復活するはずだ。最後はお前の根性に賭ける!わかったか?」
なるほど。最後萎んで行く中で、そのまま萎むんじゃなく、最後に再加速というお土産を置いていけと。
「でも、それはどうやって定着させるんだ?」
林がそう質問する。ご最もな意見だ。
「そりゃ、俺達お得意の回数戦法だ!スポーツ根性舐めんな!」
トホホ、こりゃまた長くなりそうだ。林も呆れていた。だけど、何故か不快感はなかった。むしろ、これからの俺の成長に嬉しさを感じていた。
「…ここで、最後の絞りカスを回転に!」
ドタドタドタ
「まじかよー!これでもう100はやったぞ。どうして上手く成功しないんだ!?もう1回、もう1回チャレンジさせてくれー!」
「もうお終いだ。以前調教時間を大幅に超えて怒られた事を覚えてないのか?とりあえず、今日は帰ろう。」
「こなくそ!俺は諦めねぇぞ!絶対に勝つんだ!」
あれから数週が過ぎた。あの2人は既に青葉賞への調整で俺の場を後にしていたため、3人で完成に向けて取り組んでいた最中だった。俺は、相変わらず悩み続けていた。どうすればいいのか、ずっと考えていた。調教師からいくつかアイデアをもらったりしたが、いまいちパッとしなかった。
「んー、フォーム、スタミナ共に何も問題はないですね。これは本当によく分からないな。」
調教終わりの帰り道、あの時のセカンドチャンス走法を思い出して、林道を俺達は走っていた。これは林の提案だった。静けさに溢れる森林、何より人が少ない事が大きいポイントだった。ここなら普通に会話することができる。
「映像を見返してみても、なんの問題もない。これは1体どうゆうことなんですかね。」
林が弱音を吐く。普段こんな事を基本言わない林が言うんだから、本当に理由が不透明なんだろう。走ってる俺が分からないから当たり前か。
「うーん、重力を利用する…摩擦力を利用する…これじゃダメか。何か物理でいい案は…」
「あ、分かったぞ!作用・反作用の法則だ!」
林が何か閃いたかのように大きな声を上げる。それに、周りの騎手は驚きの視線を向けた。これじゃあの時の二の舞と思いつつ、俺は林の案を聞いた。
「シンジさんは作用・反作用の法則の法則はしっていますよね?」
「ああ、そりゃ当然だとも。」
「それをレース中に起こすんですよ!残りカスを消費する前に、限界の力で地面を蹴ってください。そうすると…」
ここまで林に言われて、ようやく意図している事が分かった。これは思っきし物理の知識が必要だ。
「分かったぞ!地面を蹴り飛ばした力が作用・反作用の法則によって俺に向かってくるから…」
「いつもより勢いの乗った状態で回転を始められるんです!」
「うおー!これは行ける!」
俺達は感極まってはしゃいだ。はたから見たら変人だが、そんな小さなこと気にしていなかった。まるで難問が解けた数学好きの中学生のように、まるでフェルマーの最終定理の証明をした時の会場のように、大はしゃぎしていた。
「明日の調教、絶対成功させましょうね!」
「おお!俺達に不可能はなーい!」
そのまま、ルンルンで馬房へと帰った。途中、凄い変な目で見られたが、気にしてはいけない。
「なーんか、凄い騒いでる不審な騎手が居たって噂聞いたんだが、間違いなくお前らだよな。なんか閃いたのか?」
その素朴な質問に、俺は晴れ晴れとした笑みを浮かべた。それを見て、調教師は嬉しそうな顔をした後、ストップウォッチを構えだした。
「行くぞ!」
「任せろ!」
俺達はスタートした。初めはいつものペースだった。問題は最後の直線、それだけだった。
第1、2、3コーナーを楽々とこなし、遂に最終コーナー。慣れたような脚さばきで、悠々と加速を決めた俺達は、最後の難関に挑む。
調子よく走る俺。だが、やはり加速には限界がある。それを残り100mで感じ始めた。直ぐに異変に気づいた林は、俺に気の入った声で伝える。
「今だ!ここで地面を蹴り飛ばせ!」
俺は全身の筋肉を、次に着く左前脚に集中させた。そして、重力、勢い全てを乗せて踏み込む!
体が前に吹っ飛ばされる。この好機を逃すまい!俺は超高速で脚を回す。普段では有り得ないほどの速さが出た。1秒にも満たない時間の中、体に風を感じた。俺は、再び加速することに成功したのだ。勢いそのまま、ゴール板に飛び込む。
「これこそ、これこそシンジストライプが行っていた伝説の走法…遂に完成させたか、シンジ!」
そう言われて、俺達は飛び跳ねた。遂に、重力だけでなく不死鳥さえも味方につけたのだ。これなら、いくら覇道の龍王と言えども、打ち崩せる。
俺は歓喜を抑えきれず、前脚を天に突き上げる。ダービーまで、後1ヶ月だ!
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