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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
Gray Horse Ranaway
29/79

29.皐月賞、来(きた)る

今日は諸事情でこれで終わりです。

3本目欲しかった皆様、誠に申し訳ありません。

あの重り調教の後、俺は芝のコースで仕上げを行っていた。重力利用が完成したときで残り1週間、1日でも惜しいなかで体を絞っていた。


俺達3人は重賞を好走・勝利しているからか、周りから憧れの目で見られていた。中には声をかけてくる馬もいたが、俺はあまり反応していなかった。自分の仕上げで忙しいからだ。ナイトはあまりそういうのに慣れていないらしく、顔を真っ赤にして逃げてしまうことが多かった。パケットはその明るい性格から、苦労することなく会話しているようだった。


だが、そのような馬が増えてくると、1頭くらいおかしな馬がいるものだ。俺は運悪く、皐月賞5日前にエンカウントしてしまった。


「ふふん、やはりこの程度ですか」


調教が終わり、厩舎に帰ろうとしていた頃、ある1頭の青毛の馬に止められた。その馬は俺よりも小さな馬体だった。しかし、その小さな体にはしっかりとした筋肉があり、思ったよりは大きく見えた。


「お前は誰だ」


俺は無感情にそう言った。大抵の場合はそれに威圧されて帰るからだ。だが、この馬はそう上手くいかなかった。


「僕の名前はサカガミアトム。阪神FSをハナ差で2着、若葉ステークスで1着を取った皐月賞出走予定馬さ」


なるほど、まぁそこそこの実力はあるようだな。少なくとも、凡馬でないことは確かだ。


「いやぁ、あの重い蹄鉄を使った練習が滑稽すぎてねぇ、終わったら教えようと思ってたんだけど……あ、失敬失敬」


俺は少し頭が熱くなった。調教師が考えてくれた練習、何よりシンジストライプが行っていた練習を馬鹿にされるのが気に食わなかったからだ。俺は言い返すように言った。


「ふん、俺とリュウオーから逃げ、若葉ステークスに出たお前の方が弱く、滑稽だがな」


俺はこれでアトムがキレると思っていた。しかし、彼は俺の予想にないことを言ったのだ。


「ははは、君はそんな受け取り方しかできないんだァ。普通に、データに基づいた出走をしただけだよ。僕が弥生賞やスプリングSに出た時、勝てる可能性は約86%。しかし、若葉ステークスに出た時の勝率は98%だったんだ。所詮特別競走、僕を超える馬はいないんだよ。あんなんに出るのは僕も(しゃく)だったけど、可能性の観点から考えると出ざるを得ないよねぇ〜。で、そんなレベルのことも考えられない君は生粋の馬鹿だって話しさ。もしかしたら、君がいっつも仲良くやってるあの2頭、君の担当の騎手と調教師。こんな君とハナ差しかつけられないアカガミリュウオーも、相当な馬鹿なんだろうねぇ〜w」


本当に下品な笑いだ。俺は怒りを通り越して、顔が死んでいた。俺のライバルであり、親友である大切なみんなを馬鹿にされたことが、本当に許せなかったのだ。頭で考える前に、俺は言葉が出ていた。


「貴様に、みんなを馬鹿にする権利はない」


「ひょ?」


「若葉ステークスで負けたみんなも! パケットとナイトも!

東海さんも! 林も! リュウオーも! 葛城も! 貴様に馬鹿にされる筋合いはねぇってんだよ馬鹿野郎! みんな、色んなもん背負って、一生懸命走ってんだよ! そんな彼らを、くだらない計算上のデータで馬鹿にするのは、到底許されない行為だ! 恥を知れ!」


アトムが面白くなさそうな表情をして、俺の話を聞いていた。その後、何か思いついたのかまた汚らしい笑いを見せた。見せるんじゃねぇよそんな汚物。


「やっぱりぃ、君は本当に面白い! じゃあ、皐月で勝負しようか?」


「ああ、負けた方は、今までのこと全て謝罪し、金輪際反発しない権利を手にする。この条件だ」


「いいねいいね〜。君が負けた時、どんな面白い表情を見せてくれるのかなぁ〜?気になるなぁ〜?できるだけ屈辱的な負け方をさせたいなぁ〜。二度と立ち上がれないようにね〜」


「それはこっちのセリフだ。貴様を馬群の中に沈めてやる。二度と出て来れないようにな」


その日はそれを行って退散した。もう顔も見たくないほど嫌なやつだったな。だが、俺の本命は間違いなくリュウオー!あんな小物に構っていられる余裕はない。


「シンジさん、先程あちらの馬と喋っているご様子でしたが、どうしました?」


林が俺を気遣って声をかけてくれた。しかし、俺はあえてさっきの出来事は何も言わなかった。もし俺が林にそう言ったら、絶対に相談に乗ってくれるだろう。良い奴だからな。けど、これは俺とアトムとの"男の賭け"だ。他者を巻き込んではいけない。その日から、調教に入る力がいつにまして大きくなった。


そんなこんなで、遂に皐月賞の前日の調教が終了した。俺達が帰ろうとした時、調教師に呼び止められた。


「お前ら、シンジストライプの幻覚を見る必要はないぞ」


その言葉の意味を、俺は分からなかった。林も同じように、頭に?を浮かべていた。それに調教師が補足を入れる。


「シンジストライプの皐月賞は覚えているな?」


その言葉に俺達2人は頷く。それに調教師が続いる。


「あれは圧巻だった。騎手の稲尾一志も見事な騎乗を見せて、5馬身差をつけての圧勝。更にレコードも出しちまった。確かに立派だよ。けど、お前らはお前らの競馬をしろ! 勝てるなら、1馬身差でもハナ差でもなんでもいい! とにかく、自分を見失うな! お前にはお前の良さがあって、彼らには彼らの良さがある。つまりだな……絶対に負けるんじゃねえぞ!」


調教師の熱い言葉は、俺達の心を更に(たぎ)らせるのに十分だった。調教師の熱かりし想いを乗せて、俺は走るんだ。俺はそう決意した。


その日の夜は、やけに長い夜だった。


朝、小鳥のさえずりで目を覚ました。朝焼けが目に入って眩しい。馬運車はもう既に到着していた。俺は別れの挨拶をする間もなく乗り込んだ。この場に、俺が喋れることを知っているやつはあの2人しか居ない。俺はリスクを承知で、大声を出した。


「俺は勝ってくるからなー! 勝って泣こうぜー!」


2人の声は、もう既に届かないところまで来ていた。けど、俺には聞こえたんだ。2人の声が。心を通じて、確実に。


「当たり前だ!」




















「いよいよだね。G1、皐月賞」


馬運車から降りてすぐ、ナイトが静かに言った。俺も無言で同意する。


「この日のために、僕は必死で努力してきた」


「ああ、俺もだ。栗原と一緒に、全力を尽くした。だからこそ、負ける気なんてしない」


「一足先に、ゴールで待ってるからね」


「やれるもんならやってみな」


俺達は蹄を合わせた。それは友情の証だった。


「うっひょぉ。やっぱりクラシックG1ともなると、パドックの注目度が違うね。圧巻の一言だわ」


諸々の準備を終え、パドックに行った俺達を迎えたのは、無数の人々だった。皆、今から戦いを迎える挑戦者達へ激励を送っているようだった。


「随分と余裕そうですね。これならかかる心配もないでしょう。」


林の言葉に、俺は平常心で返す。


「ああ、あたりめーよ!」















「ふふん、あなたに会えるのを楽しみにしていました」


俺が調整を行っていた所、アトムが不敵な笑みを浮かべて話しかけてきた。俺が言いたい言葉は1つだった。


「潰す」


この一言だけ言って、俺はその場を立ち去った。アトムの言葉なんて耳にも向けず。


「やはり来たか。我の唯一無二のライバルよ」


移動した所にはアカガミリュウオーがいた。ちょうどいい機会だ。ここで、感謝をしておこう。


「ありがとう」


「?」


「俺を負かしてくれて、ありがとう。

記者から救ってくれて、ありがとう。

ずっと上で待ち続けてくれて、ありがとう」


俺は言いたいことを全て言った。短い文だったが、俺達勝負師にはこれで十分だ。


「礼は要らぬ。それより、良い勝負をしよう。それこそが最高の恩返しだ」


なーに当たり前のこと言っちゃってんの。これは、考える時間なんていらない。条件反射で答えた。


「ああ、俺こそがNo.1だ」


そう言い残し、俺はゲートに入る。クラシック第一戦皐月賞が、今始まろうとしていた。

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