25.弥生賞ディープインパクト記念
今日も3連弾狙っていきます
用語
皐月賞トライアル
クラシックレースである皐月賞の優先出走権がかかった、大切なレース。
「2ヶ月ぶりだな……遂に戻ってきたぜ、中山!」
1度見た景色も、2度目を見る時には変わっている場合がある。それは、季節の変化によるものか、それとも、自分の成長によるものか。俺は、間違いなく後者だった。成長したからこそ変わった景色。それは彼らも同じだった。パケット、ナイト、そして林。皆それぞれ違う景色を見ていた。
「なぁ、シンジ。俺はお前に会えて本当に良かったよ。もし、あのままだらけた生活をしていたら、きっと未勝利戦も勝てずに終わっていたと思う。そんな俺がホープフルS3着、そして弥生賞に出走できているのは、お前のお陰だ。ありがとう」
馬運車から降り、景色を堪能していた時、パケットにこう声をかけられた。おいおい、まだレース前だぞ。
「感謝するのは俺に勝ってからにしろよ。そんな言葉の感謝じゃなくて、俺に勝ってくれる方がよっぽど嬉しい。俺に、お前らを見せてくれ」
この言葉は、パケットを信頼していたから出た言葉だ。決して嫌味でもなんでもない。パケットも純粋に受け取ってくれたらしく、首を縦に振った。そして、俺達は待機馬房へと向かった。
「シンジさん、そろそろ参りましょう」
いくらか時間が経った頃、いつも通り林に連れられて装鞍所へと連れられ、鞍上に乗せる。そろそろレースが始まる。やはりレース前の緊張は快いものだ。俺達はパドックに行った。
「なぁ翔太。やっぱり今回はシンジスカイブルーが勝つと読んでいいのかなぁ」
ホープフルSにもいた2人の若者、翔太と和義は今日も中山に足を運んでいた。和義の素朴な質問に、競馬に少し知識のある翔太が返す。
「そうだな。ここにアカガミリュウオーが来ていたら話は違ってくるが、今回はシンジスカイブルーのみだ。そりゃ1.3倍とかいう狂った倍率になるよ。ま、今回はシンジスカイブルーだろうな」
「なぁなぁ、シンジと同じ牧場出身で、東スポ杯、ホープフルで2着、3着を取った2番人気、スーパーパケットはどうなの?」
翔太の的確な分析に続けるように和義が質問した。翔太は真摯に答える。
「なるほど、スーパーパケットね。最後方からの競馬で、一気に上げてくる競馬だが、ここ中山2000mで通用するかな。中山の短い直線、辛い上り坂に到達する前に、シンジに追いつくか、という展開なら勝機はあると思うが……それまでに追いつけないとシンジに差しきられるだろうな。ま、そこは騎手、栗原太一の技量だろうな」
「ほーん。確かに、スーパーパケットは体力は多そうだしな。体重504kgと、立派な馬体をしている」
和義の分析が的を射ていたからか、翔太は嬉しそうに話を続ける。
「その通り!パケットはその馬体から分かる通り、スタミナとパワーが高いんだ。だから、どちらかと言うと長距離向きだろうな。それより、俺が期待したいのはナイトオルフェンズだな。今回は3番人気、東スポ杯では3着。前述した2人には見劣りするかもしれないが、彼の魅力はそのギアだろうな。堅実な逃げからの、後半のスパート。この競馬は強いよ。しかも、1度も掲示板に乗らなかったことがないという徹底ぶりだ。そこが、新馬戦6着だったパケットとの差別点だな。安定性がある」
「そうか、今日のレースが楽しみだな!」
競走馬達がパドックを後にしたのを見て、彼らも移動した。
「どうですかシンジさん。何か故障などはありませんか。」
俺達は本馬場入場し、最終調整を行っていた、林はやはりエリートなだけあり、馬の状態確認などは怠らない。俺は林に心配させないよう、元気に答えた。
「当たり前よ。レース準備はバッチリだ。何時でも行けるぜ」
林は優しく微笑む。その微笑みは太陽に当てられ、汗と共に光り輝いていた。厩務員が合図する。俺達はゲートに収まった。
「春のうららかな日差しが照りさす、ここ中山レース場。馬場状態は良馬場の発表です。3月7日、今日のメインレース、弥生賞ディープインパクト記念が刻一刻と近づいてきました。さて、レースが始まる前に出走表を見てみましょう」
馬 馬名
番 騎手
1 ゴールデンカムミー26.4倍(7人気)赤砂
2 シンジスカイブルー1.3倍(1人気)林
3 テンパールマン25.4倍(6人気)須藤
4 ドラムクラッシュ17.9倍(4人気)櫻
5 サンデーサニー83.9倍(9人気)上村
6 ナイトオルフェンズ13.9倍(3人気)夜風
7 ヘブンズアロー21.1倍(5人気)雑賀
8 アカリサンライズ41.4倍(8人気)黒部
9 ドリーミングツナ116.8倍(10人気)佐貝
10スーパーパケット4.9倍(2人気)栗原
「野村さん、やはりと言いますか、シンジスカイブルーが圧倒的な人気を博していますね」
「そりゃあそうでしょう。あんなレース見せられて、惚れない競馬ファンはいませんよ。アカガミリュウオー陣営はスプリングステークスへの準備を進めていますし、決戦は皐月賞で、ということになりそうですね」
「はい、このレースは皐月賞トライアルでもあります。誰がクラシックへとコマを進めることになるのか。まもなく出走です」
ゲートにいても感じる歓声。中には、俺を名指ししたものもある。ファンファーレと共に行われる拍手。それが依然俺を燃え上がらせた。
「坂は攻略したも同然です。あとは普段の立ち回り、それにかかっていますよ!」
レースが始まる直前、林が俺に話しかける。大舞台慣れしたのか、かなり声色が落ち着いている。以前より震えが少ないその体が、それを証明していた。
「任せろ! 俺はお前に合わせるからな!」
バコン
クラシックの開催を伝えるゲートが遂に開いた。俺はいつも通りの競馬をするため、後方から3馬身程取ることに努めた。それは上手く成功し、俺が少し抜け出し、後続集団を引き連れる形となった。
「始まりました弥生賞!やはりシンジは逃げ切り狙いの1番手。それをナイトオルフェンズが追うテンプレート。スーパーパケットはシンガリからの競馬を始めました。現在、第1コーナーの上り坂にかかろうとしています」
「シンジさん、力を抜いてください! スタミナ消費を抑えて!」
第1コーナーの緩やかな上り坂、ここは難なく成功した。そもそもそこまで力が入っていなかったため、無理に力を抜かなくても普通に走ることが出来た。問題はスパートをかける最後の上り坂だ。俺は心を引き締め、走り続けた。
第2コーナーまでは勝負は動かない。俺は向正面に入った。いつもより大きな歓声。これが1番人気かと感心した。その声は女の人の声だったり、おっさんの声だったり、様々だった。1人、目についた観客がいた。それは子供だった。親に連れられてきたのだろうか。元気な声が俺を応援する。俺は過去を思い出した。初めて父によって行った競馬場。そこで、俺にサインしてくれた初々しい騎手。それを思い出した俺は、心が熱くなるのを感じた。"いつか、俺もレースに出てみたい"。小さい頃の願いがこう叶えられるとは思ってもいなかった。だが、その願いを思い出したことによって、俺の心は滾った。
「向正面を過ぎようかというところ。レースにまだ動きはありません。今、シンガリを1人突き進んでいたスーパーパケットが走り去り、先頭シンジスカイブルーは第3コーナーを曲がるところ……おっと、遂にスーパーパケットが仕掛けてきました!前を追い越し、豪脚を最大限に見せつけている!」
第3コーナーを回り、インコーナー加速の準備を進めていた時、少し後ろを振り向いた。やはりスーパーパケットが上がって来ていた。一気に順位を上げ、遂にナイトと並んだ。このままいけば2着は堅い。
「さぁスーパーパケット順位を上げてナイトオルフェンズを捉え……捉えきれない!ここで満を持してナイトオルフェンズがスパートをかけたー!両者依然並んだまま、シンジスカイブルーを追いかけていきます!その差1から½馬身!これは誰が勝つのか分からないー!」
最終コーナー、後ろには2頭。前には誰も―いない!俺はそれを確認し、内ラチにズレた。そしてそのまま全速力でコーナーを回った。体が風を切る。その音が聞こえる前に、新しい風を切る。インコーナー加速は成功した。1秒あるかないかの時間で、最高速に到達したのである。心が体に追いつかない。ただ、速く走りたい。ただ、先頭の景色を見ていたい。そんな思いだけで突っ走っていた。
「シンジスカイブルー抜け出した! が、この先には坂がある! シンジスカイブルーを叩くにはここしかない! 後方の2頭一斉にムチが入る。ここを抜け出すか!」
「今だ! 無理に坂に登るんじゃあない!合わせるんだ!自分を坂に!」
林の声が耳元で響く。あったり前よ。その為の練習だったんだからな。
心、呼吸を落ち着かせる。体の無駄な力を削ぎ落とし、脚だけに力を入れて―駆け上がる!
身体から力が消えた。軸のブレが一切ない、完璧なフォーム。その分、速度は落ちると思われていた。大方の意見もそうだろう。しかし、スピードは落ちるどころか上がっている。力を入れていないはずなのに加速する。一見おかしい現象だが、それを可能にするのが名馬だ! 俺は跳ねるように走った。
「シンジスカイブルー! 一切の体のブレがありません!騎手が無理やり引っ張っているわけでもなく、速度を落としているわけでもありません!本当に恐ろしい馬だシンジスカイブルー! この馬に弱点はないのか! 後方唖然! 差が縮まるどころか伸びていくー! ここまで一方的な展開が、ここG2の舞台で見れるのか!いや見れたんだ! 本当におかしい! 何だこの馬は!最早サラブレッドでは無い! 一種の怪物だー!」
後ろの足音が遠ざかっていく。俺は坂を登り抜いた。
「信じられません! シンジスカイブルーの圧勝、圧勝です! 本当に恐ろしい馬だ! こいつに敵うのはどこのどいつだ!この春の中山を蒼色に染めていきました!」
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