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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
Gray Horse Ranaway
24/79

24.努力が変えた環境

これで今日は3話目ですね。

これからクラシックに入っていき、もっともーっと面白くなっていきます。皆様是非wktkしながらお待ちください。

「シンジ、林。次のレースは弥生賞ディープインパクト記念だな。中山芝2000m、ホープフルステークスと同じ条件だ。ここで1、2、3着を取ったが、クラシック第1戦、皐月賞への優先出走権を手にする。まぁお前らならこのままでも落ちることはないだろう。だが、1着を取った方が賞金もより多く入る。勝ちに行くぞ。決戦日は3月7日だ」


1月2日の調教始め、調教師からそう言われた。


「東海さん、弥生賞にはアカガミリュウオーは出走するんですか」


俺は喉を震わせる。あいつが出てくるのから話は別だ。本気で叩き潰すための特訓をしなければならない。


「その事か。それなら問題ない。アカガミリュウオーはスプリングステークスに出るらしい。皐月の舞台で決戦をお望みだそうだ」


なるほど、あくまであいつは約束を守ろうということか。面白い。まずは弥生賞だが、先も見据えて意識を変えていかなければ。


「だけど、俺達は出るぜ。シンジ」


後ろで声がしたので振り返ると、そこにはパケットとナイトがいた。2人とも昨日の新年会で英気を養ったのか、艶艶しい毛色をしていた。


「ホープフルステークス、お前に5馬身差つけられたとはいえ、俺は3着。ナイトはハナ差の4着だ。負ける気はしないぜ」


「うん。今回はセトウチナルトも、アカガミリュウオーも出てこないんだ。なら、完全に僕達の三つ巴になるはずだよ。今回こそは、僕がもらうからね」


「何をー!俺だって負ける気はないぞ!」


愉快な声が響き渡る。そんな風景を見て、俺は依然やる気になった。こんな愉快な奴らでも、勝負になったら目を血走らせて貪欲に勝利を狙いに来る。俺も、うかうかして居られないぜ。


「まぁ、本番は約2ヶ月あるんだしさ、今から課題一つ一つ潰していけばいいんじゃないか。俺も、この2ヶ月を絶対に無駄になんかしないぜ」


そう語ると、2人も同意してここを後にした。調教師もタイミングを見計らって新しい話を始めた。


「去年のホープフルステークス、あのハナ差負けは痛かった。敗因として、林の騎乗ミスやアカガミリュウオーの脅威の粘り強さが挙げられるな。だけどシンジ。お前自体の課題もあったぞ。自分の課題なら、分かるよな?」


調教師にそう言われ、俺は少し考えた。1度は抜け出していた俺がどうして抜かれたのか、少し考えた末、1つの課題を思いついた。


あの坂だ。中山の直線は坂になっている。そこを全速力で走ったことによって、平坦な道とは違う走法になってしまった。これは普段の走り込みが足りなかったことによる現象だ。俺はこれをそのまま調教師に伝えた。


「その通りだ。お前が坂を登っている時、少しフォームが崩れただろう。それは俺の目でも分かった。そうすると、普段と違う走り方から、最高速が落ちてしまうという問題が生まれてくる」


俺はうんうんと聞いていた。林も同じよう、身を乗り出して聞いている。


「てなことで、お前には今日から坂路をずっーと走ってもらう。本来、坂路というのは速度強化を目的として行う調教だが、今のお前の課題を治すのにピッタリだと思ってな。よし、じゃあ早速坂路に向かえ!」


調教師の合図で、動き出す俺達。だが、以前の悪夢を思い出してしまい、俺は少し足取りが重かった。
















「くぅぅぅぅ、やっぱりキッついなぁ」


十数周しただけで、俺は産まれたての子鹿のようになってしまっていた。以前、坂路を走った時には比べ物にならない疲労。林に聞くと、どうやら俺のスピードが以前より格段にアップしたため、身体にかかる負担も大きいのだという。速くなったのはいいが、負担が大きくなるのは少し頂けない。だが、こんな所でやめていてはダメだ。ナイト、パケットは俺に勝つため死にものぐるいで努力しているし、俺より実力が上のアカガミリュウオーなんて想像つかないほどの厳しいトレーニングを積んでいるだろう。坂路如きに負けているようでは、リュウオーはおろか、セトウチナルトにさえ負けてしまうだろう。


「そうだ、俺はできる。できるんだ!目標とするライバルがいて、切磋琢磨できる仲間がいて……この俺が頑張らないでどうするんだぁ!」


そう自分に言い聞かせ、俺は再び坂路を走る。どうやらその声は外に漏れていたらしく、同じくトレーニングしている馬及び騎手は冷笑していた。しかし、林と調教師、パケットとナイトはそうはしなかった。2人は彼を感心し、2頭は負けじとトレーニングに励む。努力に対してひたむきに向き合う雰囲気が、彼らの間でできてていたのだ。


そんな彼らが伸びないはずはなかった。その努力に呼応するように、身体はどんどん大きくなっていった。ただ大きくなるだけではない。スピード、根性、キレ。全てが成長しながら大きくなっていったのだ。つまり、ただ太っただけでは無い。そんな姿を見て、冷笑していた奴らはいつの間にか、彼らに恐れを抱くようになった。数日経ったころだろうか、その恐れは段々と対抗心へと変わっていった。あいつらに負けてたまるか。追いつけ追い越せの精神で努力し始める馬が増えたのだ。そうなると、元々努力していた3頭が気張らないわけが無い。彼らはその数倍の成長を見せる。それに奮起された他の馬が……と、この美浦の地に、"成長サイクル"が生まれていたのだ。


「シンジさん、もしかして坂路登る時に力みすぎて体が左右に行ってませんか」


それは、調教中の何気ない会話だった。しかし、その言葉で、俺はようやく自分の課題に気づいた。そこから、どうすれば軸のブレが無くなるかを林に聞いた。


「そうですね。やはり体幹でしょう。体の軸さえしっかりしていれば、左右のブレもありません。野球だってそうでしょう。体を突っ込ませないため、軸を作る」


林にそう言われた俺は、坂路を登る際にひたすら軸を残し続けた。最初は上手くいかず、ぎこちなくなってしまう時もあった。しかし、回数を重ねていくうちに、あることに気づいた。


「はぁ、はぁ。きっつぅぅぅ。……ん、今凄い体が安定していないか?」


それは、坂路を周回し続け、体から力が抜け始めた時のことであった。坂路を駆け上がる時、体が一切のブレをせずに走ることができていた。これこそ俺が求めていた完成系だと、瞬間に察した。


「は、林!ちょっと乗ってて貰ってもいいか!?」


俺は嬉しくなって、つい林に大きな声を出してしまった。不幸中の幸いか、周りには誰もいなかった。林は何か察して、否定せず答えた。


平坦な道は、何も無く進んでいく。問題は坂路だ。この坂路で、俺はさっきの感覚を思い出しながら走る。


少し、ほんの少しだけ力を抜いただけだった。しかし、それこそが大きなポイントだった。俺の体は、いつも通りのフォームで坂を登っていた。それだけでは無い。無駄な力が消え、その他全ての力を脚へと送ったため、全速力と変わらない程の速さで走ることができていた。ここに、坂路攻略必勝法が確立された。


「よっしゃぁぁ!遂に坂道、完☆全☆攻☆略だぜ!」


俺は頭を天に掲げる。空は青く、どこまでも澄んでいた。俺はそこに、満開の歓喜の桜を咲かせた。


「やりましたねシンジさん!これなら、これならアカガミリュウオーに勝てますよ!」


上がった頭を、林が手を伸ばして撫でる。心が無性に熱くなった。その気持ちを代弁するかのように、俺は林に語った。


「ああ、やっと、やっとアイツには借りを返す時が来た。待ってろよアカガミリュウオー!」


俺達は歓喜の汗を流した。その日から、努力が段々楽しくなっていった。その精神は、まずパケットとナイトに引き継がれた。楽しくトレーニングしている俺を見て、初めて調教を楽しむことを試したという。その気持ちは、知り合いや知り合いの知り合いを伝っていって、遂には美浦トレーニングセンターに所属する過半数の馬がその気持ちを宿すようになった。


そんな環境で育った彼らは見違えるほど強くなっていた。筋骨隆々、強心臓。完璧なサラブレッドが、そこに誕生しようとしていた。その姿は、別馬を通り越して別の種族に思える程に。その体を保ち続け、ようやく3月7日。弥生賞決戦の日へと辿り着いた。


「ここまでよーく頑張ったな。本当は、本番2週間前位になったら"脱力走法"を教えようと思っていたんだが、それよりも早く習得するとは。恐れ入ったぜ」


調教師のその言葉に、俺は大きく頷く。この2ヶ月で、俺は自分でも驚く程の成長を見せた。そんな自分を、俺はますます好きになった。生前では有り得ないことだった。どっちつかずな態度が災いし、自分を恨んだ少年時代。突っ込みすぎる性格が祟り、友達が出来なかった青年時代。そして、生きている意味を見いだせなかった社会人時代。そんな地獄から俺を救ってくれたのは、間違いなくこいつらだった。俺は今、モーレツに感謝している。親友というものをくれた林に。師匠というものをくれた調教師に。親というものをくれたおっちゃんに。戦いを応援してくれているファンのみんなに。そして、今までもこれからもライバルとして立ちはだかってくれる、全ての馬に。


「さぁ、勝負はもうすぐだ!気合い入れて、戦ってこい!」


調教師の言葉を背に、俺は戦いのフィールドへ運ぶ車へと乗り込んだ。その背中は、朝焼けを受け、赤く輝いていた。


まるで、自ら光を放つ太陽のように。

今回もご閲覧ありがとうございます。

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