23.新年―決意の日
この三連休は飛ばしていきます。
楽しみにしておいて下さい。
「その……何だ。今回のレースは残念だったな。けど、まだまだこれからクラシックが始まっていく。そこで勝ち抜けば、まだまだ全然大丈夫だからな!何が大丈夫なのかわかんねぇけど、とにかく先の事を考えろ」
トレセンに戻った後、1番に調教師に言われた言葉がこれだ。やっぱり、心配かけさせちまったみたいだな。
「なに、心配することはねぇよ」
「そうですよ。俺達がこの程度でヘコむと思いますか。この経験を糧にしてやりますよ」
俺の後に続けて林が語る。調教師の心配そうな顔は、以前変わらない。
「しかしだな……やはり初めての敗北というのは……」
「そんないらない心配持たないでくださいよ。あなたらしくない。それにね、俺気づいたんです。負けることも悪くはないなって。その負けをバネにできるのなら。これは、俺達の唯一敗北した相手から教わったものですよ。相手から学べるなんて、負けも、捨てたもんじゃないですよね。さ、クラシック三冠に向けて、トレーニング始めましょ!」
林から零れたのは以前のような涙ではなく、満面の笑みだった。その笑みには、覚悟、決意、期待、不屈が込められていた。決して、負の感情など持っていない、純粋で、ただ希望に満ちた笑顔だった。それを見て、ようやく調教師の顔に光が灯った。
「そうか、お前らは俺が思う以上に強いんだな。これは、認識を変えなきゃいけないようだな。本当に、よく乗り越えた」
調教師の眩しい笑顔を受け、俺は心に更なる力を宿した。俺達はやはり期待されているんだ。その期待を無下にしたくない。勝ちたい、と。
「さ、行くぞてめぇら!あんな野郎に負けてたまるかってんだ!」
これは紛れもない、俺の青春の1ページだ。いつもの日常が戻ってきた。新しい覚悟を手にして。俺達はターフで笑いあった。その笑い声は、冬の晴天に届き、この世界全てを明るく照らす光のようだった。
「あけましておめでとう!みんな!」
1月1日、このトレセンにも新年がやってきた。パケット、ナイトと彼らの騎手。調教師、林。そして駆けつけたおっちゃんのみんなで集まった。
「ほれ、人参だ。お前らは酒が飲めないからな。その変わりだ。」
「うっひょー、待ってました!」
俺達は人参にかぶりつく。みんなで食べるそれは、いつもの何倍も美味しく感じた。
「なんだ、元気じゃねぇか。俺が心配して飛んでくる程じゃなかったか。やっぱり、お前らは強ぇよ」
俺達の姿を見て、おっちゃんは笑う。その笑みに対抗するように、俺は笑ってみせた。
「なぁまこっちゃん。こいつらは本当にすげぇ奴らだよ。俺は、ここまで強い男を見たことがねぇ。その日のうちに立ち直っちまうんだからな。これには俺も驚いた」
酔いが回った調教師がそう自慢げに話す。それを聞いて、おっちゃんの手が酒へと伸びる。
「さ、スーパーパケット、ナイトオルフェンズとその騎手、鈴鹿と栗原!俺はお前らにも期待しているんだからな。東海の所で、学ぶものは多いと思う。絶対に、G1取ってくれよ!」
おっちゃんの言葉に、騎手2人は頷く。パケットとナイトは人参に顔を突っ込んだままだ。
「よし!今日は飲んで飲んで飲みまくれー!酒ならたんまりトラックに入っとるぞ!」
「いいねいいね!まこっちゃん太っ腹!」
テーブルに乗った酒を囲む成人4人と違い、メロンソーダを飲んでいた林が、人参を食べていた俺の所に来た。それに気づいて、人参から顔を離す。
「シンジさん。俺、渡したい物があったんですよ。どうぞ」
そう言って林は俺の首に何かかけてくれた。首から垂れるそれに目線を向けると、"必勝"の文字が書かれたお守りがあった。
「さすがに馬用のお守りなんかなかったですから、手作りで作りました。拙い出来で申し訳ございません」
林はそう謙遜するが、完成度はとてつもなく高い。市販で売っていてもおかしくない。それどころか、プロの職人よりも上手いんじゃないか。そう思わせるほどのクオリティの高さだった。しかも、それをここ数日で仕上げるのは、只者では無い。
「お前って、なんでも出来るな」
「そうですね。小さい頃から色々叩き込まれましたから。勉強、掃除、洗濯、料理、裁縫、運動、ピアノとある程度のことはこなせますよ」
ここで俺はようやく思い出した。こいつはとんでもないエリートなんだと。それをポーカーフェイスでやっちまうんだから、本当に絵になる男だ。こりゃ女ファンがつくことだよ。
「ありがとうな、林。お前の思い、無駄には絶対しない」
「俺も同じ気持ちです。シンジさんの思い、無駄にはしません」
この新年は、生まれて1番充実した新年だった。様々な困難を乗り越え、迎えた新年はとても清々しいものだった。冬の冷たい風も、今は涼しげに感じる。
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