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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
はじまりのかぜ
22/79

22.Twinkle Winner

今回は用事があって、こんな時間での投稿になってしまいました。申し訳ございません。

「はぁ、はぁ。け、結果は……」


俺は掲示板を見た。そこに書かれていたのは


写真判定


だった。興奮冷めやらぬ中、俺は速度を落とした。初めてここまで競り合ったレースを味わった。判定によっては、俺の負けになる。だが、俺はとても嬉しかった。圧勝じゃない泥臭い競馬。初めて俺と対等にぶつかり合ったアカガミリュウオー。ファンのどよめきと大歓声。今、この空間を構成する要素全てを、俺は愛していた。


「ははは、やはり面白いなぁレースというのは!なぁ葛城(かつらぎ)


「そうだな。お前が本気を出してここまで追い詰められるとは。シンジスカイブルー、そして勇。恐ろしいな。俺が唯一敵わなかった男、それこそが勇だからな。こんぐらいはやってくるだろ」


コースを周回していた時、リュウオーと騎手が会話しているのを見て、俺は確信を持った。やはりこいつは人と喋れる、俺と同じタイプの馬だと。


「なぁお前。もしかして人と喋れるのか?」


俺は走り続けるリュウオーに追いつきその言葉を言った。リュウオーはキョトンとする。自分はそんな事知らない。そう言いたげな様子で走っていた。


「大丈夫だ。俺もお前と同じ、人と喋れる馬だ。つまり、お前と同類だよ。警戒しなくていい」


一瞬、俺達からから言葉が途切れる。それから一定時間後、リュウオーがいきなり笑いだした。


「フハハ! 今日はいい日だ。何せ、我の生涯のライバルが見つかっただけでなく、同じ境遇の奴と会えるとはなぁ! お前もどうせ、死んでから馬になったんだろ」


その言葉に、俺は首を縦に振る。そして、リュウオーはまた笑いだす。


「だよなぁ!やはり、我と貴様は同じ形でこの世に生を受けた馬どうしだな。……おっと、そろそろ結果が出るかな。電光掲示板を見ろ」


その言葉通り、俺達は電光掲示板を見る。今、掲示板の数字が変わった。俺は固唾を飲んで見守る。


Ⅰ10

クビ

Ⅱ3


レース結果が映し出された。瞬間、地響きがこの中山を襲う。それは狂気にも似た熱狂、悲愴、困惑。全ての人がこの空気の構成員だった。


鞍上で、林が項垂れた。彼の目を伝って零れた涙が、俺の体に落ちた。それと相対的に、ガッツポーズを掲げる対戦騎手。俺達は逃げ帰るようにターフを去った。















「えー、大変なレースとなりました。正に激闘と言う言葉が相応しい、2頭の熱き決戦でした。その2頭は、シンジスカイブルーとアカガミリュウオー。そして彼らの相棒の葛城翔斗(かつらぎしょうと)騎手と林勇騎手。今回のG1、ホープフルステークスを仕留めたことで、最年少G1勝利記録を18歳5ヶ月で更新しました。おめでとうございます」


「そうですねぇ。林騎手も葛城騎手も同年代ということでね、非常に期待を持てる若手が出てきたなと。来年のクラシックは、大荒れの予感がしますね。ですが、林騎手の騎乗はちょっと改善しないと。林騎手の特徴として、縄を張りすぎてしまっていることが挙げられます。これでは馬に負担がかかり、その分多くスタミナを消費してしまうでしょう。これでは最高速も出ないってもんですよ。なんでね、そこだけ改善してもらえれば」


「そうですか。アカガミリュウオーはこのまま突き抜けて、シンジスカイブルーはこの悔しさをバネに飛翔して欲しいですね。それではまた次回」
















「ごめ……なさ……俺の騎乗が……もう少しまともだったら……こんなハナ差……勝てたのに……大切な無敗記録を……ダメにしてしまった」


検量所で、林は溜めていたもの全てを出した。その雫は、検量所の光に照らされてまるで宝石のようだった。その煌めきを見て、俺はやるせない気持ちになった。


無敗記録―それは競走馬人生においえ、大きな意味を持つ記録だ。無敗馬というのは、それだけで偉大な存在として、世代を継いで語られる。トキヲカケル、ファントムブラック、マルバンスラッシュ。そして、シンジストライプ……名馬には必ず関わってくる。


俺も、泣きたかった。ここにいる誰よりも泣きたかった。林はあくまで俺の手伝い、サポート、司令をしているのみ。こう言っては悪いが、本当の実力が試されるのは俺なのだ。いくら騎手が悪かろうが、いくら騎手がミスしようが、名馬なら勝ってくれる。騎手のミスのリカバリーは、馬がやらなければいけないのだ。それなのに……


俺は自分の不甲斐なさに、全てを捨てて逃げ出したくなった。早くトレセンに帰って、いつも通りの調教をしたかった。だが、それを俺はしなかった。できなかったのである。ここで俺が逃げたら、困難に対し立ち向かっている林への冒涜になる。そうしたら、二度と林は立ち上がれないだろう。その行為は、1人の天才を殺すのと同義だ。俺は何とか涙を零さないように務めた。失敗した。涙を堪えきることが出来ずに、俺の目から悲しみを落としてしまった。林はそれに反応しなかった。そんな時、ウィニングランを終えて帰ってきた彼らが来た。


「よぉ、。今回は俺の……勝ちだな。これで100戦1勝。初めて白い星を手にできた」


「……」


最悪の場面でのご登場に、俺は少し苛立った。しかし、ここで苛立つのは、自分の実力を棚に上げ、相手の実力を運だの偶然だと貶す、男にあるまじき行為だと言うのを悟り、直ぐに苛立ちを抑えた。


「おい、勇。お前も色々あるだろうよ。けどな、まだ終わりじゃないんだし……」


「終わりだよ!」


葛城の言葉を砕くかのように、林が叫んだ。その場の空気が凍りつく。周りの騎手の視線を、2人は一心に受け止めていた。


「俺達はまだまだあるよ。だけど、シンジにはもうないんだよ!ホープフルステークスも!無敗記録も!俺の雑な騎乗のせいで!俺の迷いのせいで!」


シンジは再び声を荒らげた。葛城の顔は段々と曇っていく。


「そ、そんな事言うなよ。お前もシンジもまだまだこれからが…」


葛城の慰めを打ち払うように、林は言葉を入れ込む。


「その甘えがダメなんだよ!常に勝ち続けなければ!シンジに騎乗するならば!」


葛城の顔は、曇りから怒りへと変わり始めていた。自分のライバルへの落胆。或いは憧れの人物の人物像と実物の違い。


「もう終わりなんだよ俺は!こいつの戦績に、傷をつけてしまった。俺は……ダメな騎手だ」


パチッ


林の方で音がした。垂れていた首を上げると、そこには林の顔を平手打ちした葛城と、赤く腫れた頬をした林だった。慌てて担当厩務員が止めようとしたが、遅かった。


「何が終わりだよ!こいつには、まだまだレースがあるじゃねえかよ!皐月賞だって、菊花賞だって、ダービーだって!それをお前の勝手な解釈で終わらせんじゃねえよ!」


「き、貴様に何がわかる!この気持ちは、敗者にしか分からんだろう!」


2人の言い合いに、周りはただ立ち尽くすことしか出来なかった。俺も馬じゃなければ加勢したかったが、この姿ではどうすることも出来ない。俺は自分を情けなく思う。


「ああそうだな!俺は敗者だよ!お前に今まで散々敗れてきた正真正銘の敗者だ。これまでの勉強、レース、全部俺は2番だったんだよ!唯一、お前に負けてな!」


林は何かに気づいたような顔をして、葛城を見つめる。彼はまだ話を続けた。


「そんな時、諦めない事を教えてくれたのはお前じゃねえかよ!俺が笑われても、俺が馬鹿にされても、お前だけは素直に俺の話を聞いてくれたよな。そこで言ってたじゃねえかよ!"努力こそ正義だ。諦めなければ、努力は続いていく。努力が続くならば、それは青空へと繋がっていく"って。あの時のおめぇはどこに行っちまったんだよ!バカヤロォォォ!」


「あ、」


この一言で、林の中の永久凍土が溶けた。彼は、シンジスカイブルーとの日々で、毎回のように勝ち続けていた。それはシンジとの生活の前からもだ。彼に敵う敵は、誰一人としていなかった。この中で、"敵に負ける悔しさ"と、"諦めない不屈の闘志"が彼の胸の奥底で冷え固まってしまっていた。しかし、かつての級友との再会は、その氷を溶かすのに十分だった。彼の心の中で、深い深い闇が消え去るのを感じた。1度敗者を経験した者だけがわかる立場を、彼は味わうことができたのだ。これは時に辛い経験となることもあるだろう。だが、彼の場合はそうはならなかった。その逆、"諦めない不屈の闘志"が彼の中で再燃したのである。彼に今まで取り付いていた負のオーラはもうそこになく、代わりに周りを焦がすとてつもない熱を放つ光を纏っていた。


「俺は、1つ上の次元で待っている。"皐月賞"だッ!そこでもう一度再戦しよう!トライアルで負けんじゃねぇぞ!」


安い挑発をする。林は敢えて乗ってやった。そこまでの余裕ができたということだろう。


「ああ、待ってろ」


声のトーンは確かに低かった。その低い音の中には、確実に熱と光が混ざっていた。それは、ここにいる誰もがわかっている事だった。


「シンジスカイブルー、お前はもっと強くなる。早く我に並んでみろ。龍王の隣に立つ雄王として、君臨して見せろ」


彼らが立ち去る間際、リュウオーが俺にこんなことを行った。そんなの当たり前じゃねぇか。


「俺達はこんな所で止まらねぇ。お前ら、覚悟しておけ。ここで目覚めさしちまったのは、本当の怪物さ。そんな俺達が龍王如きに負けるとでも。首洗って待ってろ」


「楽しみにしているよ。俺が唯一認めた、"葦毛の雄王"よ」


そう言って、彼らは立ち去って行った。その後、止まった時が動き出すかのように、検量所にいつもの雰囲気が戻った。そこで、林が俺に話しかけた。覚悟を灯した瞳を向けて。


「シンジさん、長らくお待たせしてしました。今まで眠っていた魂を目覚めさせてくれたアイツには本当に感謝しています。そして、今ここで、天才林勇、完全復活です!これからの俺に、期待しててください。もう絶対、シンジさんは負けさせません!」


人という生物は、他人に影響されて進化していく者である。その影響は、自分が与えたものが回り回って自分に帰ってくることがある。今回は、奇しくもこれに当てはまる現象が起きた。


林の顔は、晴れ晴れとしていた。そこに迷いはなく、腫れた赤色が覚悟の表れのように見えた。その日の中山の寒さは、いつもより心地よかった。それは、林の吹っ切れから来るものなのか、俺にも闘志が灯ったのか、よく分からない。だが、一つだけ言えることがある。それは―


「俺達は間違いなく覚醒したという事だ」

今回もご閲覧ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まず「転生したら、競走馬に!」という設定が面白いです! ストーリーや展開も早く、読みやすかったです。 また、キャラクターも魅力的だと思います。 心理描写もGOODです! [気になる点] 文…
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