21.ホープフルステークス
遅れてしまい申し訳ございません。
「遂に来たぞ中山! 年末の大1番、俺が勝って終わらせてやるぜ!」
12月28日の中山。天候は生憎の曇りだ。太陽が見えない冬の中山は、予想以上に冷えた。だが、そんな冬の寒さに負けないほど、俺の心は燃え上がっていた。何せ、夢に見たG1レース。ほぼ全ての馬は経験することなく終わっていく、競走馬1の晴れ舞台。これで燃え上がらずに、何で燃えるというのか。林も同じ気持ちだった。
「シンジくん、緊張しないの? 初めてのG1なのに?」
レース準備をしていたナイトが俺に質問する。そう言われて、初めてその事に気づいた。何故俺は緊張しないのか。G1レース―最も格式の高い競走。前までの俺だったら確実に緊張していた。だけど、今の俺には、今を作る経験がある。
初めて勝利の喜びを知ったあの日
初めて悔しさで泣いたあの日
初めてレースで勝てたあの日
初めて重賞を勝ったあの日
初めて林が泣いたあの日
そして、今。
全ての経験が俺を手助け、今この場に立っている。だからこそ、俺は緊張しないのだろう。経験が緊張を相殺してくれる。今までの努力が緊張を打ち砕いてくれる。全ては、俺の普段の行動から来るものだった。
「そうか、やっぱり凄いねシンジくんは。自分が認められる程努力できる馬は、そう居ないよ」
「それは違うぞ。俺は自分がまだ満足できるほど努力できてない。ただ、俺にはいい仲間がいただけさ。調教師や騎手。お前やパケット。そして、ファンのみんな。みんながついているから、俺はこうして立てているんだ」
俺は突発的に返していた。何故俺がこんなふうに返したのか分からない。多分、これが俺の本心なのだろう。俺の根本には、やはりみんながいる。俺はそう自覚し、さらに闘志を燃やした。それを見て、ナイトが優しく微笑む。
「そうだね。絶対に譲れない何かがある馬は、強いよね。ねぇシンジくん、僕は……君のライバルになれてるかな」
珍しくナイトが覇気を纏っていた。今回のナイトは普段のあいつとは明らかに違う。そんなナイトに、俺は闘争心を燃やす。
「ああ、何当たり前のこと聞いてんだよ。お前は俺の、正真正銘のライバルさ」
それを聞いて、嬉しそうに身体を震わせる。そのまま、俺達はパドックに向かった。
「シンジさん、どうやらいつもより毛色がいいようですが、何かありましたか」
パドックを回っている時、林に尋ねられた。俺は先程のことを話す。
「そうですか。正直、俺も負ける予感はありません。一緒に優勝レイを取って帰りましょう!」
「ああ、当たり前だ!」
俺は最高の状態でコースに入った。太陽は隠れていたが、その芦毛の馬体は確実に光を放っていた。
――
「ここ中山で行われる、中央競馬今年最後のG1ホープフルステークス。天気に晴れ空はありませんが、彼ら次世代を担う馬たちは、確実に光を放っています。さて、今回の出走馬を確認していきましょう」
番 馬名
1スーパーパケット5.7倍 (3人気)
2ナイトオルフェンズ13.1倍(4人気)
3シンジスカイブルー3.5倍(2人気)
4フィナーレ175.2倍(11人気)
5スカーレットザユミ274.4倍(13人気)
6タイトルゲッター184.0倍(12人気)
7マカロンダイスキ37.0倍(9人気)
8デスボルド64.7倍(10人気)
9キタノショータイム32.1倍(8人気)
10アカガミリュウオー2.1倍(1人気)
11タイサノセキロー19.5倍(7人気)
12ジーワンカッタデ19.2倍(6人気)
13ローズビーフ14.4倍(5人気)
14アリエヘンワ601.9倍(15人気)
15センキューチャン455.0倍(14人気)
「野村さん、ここまで無敗のシンジスカイブルーがまさかの2番人気ですよ。それ程に今回のレースは敷居が高いんでしょうねぇ」
「そうですね、この1番人気のアカガミリュウオーは、あの競馬界のドン、エクリプスグループの会長、安藤雅文さんが大絶賛した馬です。現に、新馬戦、条件戦を勝っていますし、実力はあるはずです。だけれでも、なんか実力があまり感じられないというか、シンジスカイブルーに対抗しうるだけの力を持っていないというか……会長の言葉に乗せられている気がするんですよ」
「なるほど、野村さんはそのような視点と。それでは、まもなくレースがスタートします。もうしばらくお待ちください」
――
コースでは主にインコーナー加速の練習をした。その中で、少し気になる出来事があった。
「調子はどうだリュウオー。勝てない相手ではないだろう」
「そうだな、あいつには勝てる気がする」
(え、あの馬、人と話してなかったか?)
数刻、時が止まった。まず、自分以外に話す馬がいた事に驚いた。だが、それは俺の幻覚かもしれない。そう思うと、調整に上手く集中出来なかった。
「ん、どうしたんですシンジさん。何か変なものでも見つけましたか」
「いや、あの4番が気になってな」
「ああ、あれはアカガミリュウオーと葛城翔斗ですね。今回の1番人気です。でも安心してください。葛城と私は同期なんですが、あいつには勉強も騎乗も、全て勝っています。シンジさんは、いつも通りやればいいんです」
そう林に言われて、俺はまた調整に戻る。俺の目線には、鹿毛の馬が映っていた。
(確かに、あの4番が"人と話していた"はずなんだがな)
僅かな疑問と大きな希望を抱きながら、俺はゲートに入った。ゲートに入ると、あの時の炎が再燃する。あの、初めて俺が勝った日の炎を。その炎は、疑問を燃やし尽くすのには大きすぎた。スタート前、俺の意識は既にレースの事のみに集中していた。
――
「なぁ翔太。このレース誰が勝つかな」
レースが始まる直前、熱気渦巻く中山競馬場で、2人の若者が会話をしていた。ふくよかな若者、和義の質問に、少し痩せ気味の翔太が返答した。
「やはり俺の予想ではシンジスカイブルーだろうな。あの"逃げて差す"競馬はどこにもない、オリジナリティ溢れる作戦だ。今回のレースも間違いなく勝ってくれるんじゃないかな。俺は単勝2万賭けた」
「へぇ〜。じゃああの1番人気、アカガミリュウオーはどうなんだい」
「ん〜、イマイチ実力が出し切れてない感じがするんだよな。でも、あんの競走馬独占やろう、安藤が言うことが正しければシンジに勝ち目はないだろうな。あいつらの親、シンジストライプとセカイノリュウオーは知ってるよな」
「ああ、少しくらいは」
「そいつらが一番最初にバトったのがこのホープフルステークスだ。その時はシンジストライプが何とかハナ差で競り勝ったんだが…まぁ荒れることは間違いないだろうな」
――
中山のファンファーレが鳴り響く。そこで俺は、これまでのレースとは圧倒的に違う差を感じた。ファンの多さだ。今までとは比べ物にならないほどの拍手、声援、熱気。俺がスターホースの架け橋を通っていることを実感した。それにより、一層勝利への欲が生まれた。
バタン
ゲートの乾いた音と共に、15頭の星が一斉に走り出した。あのビデオのお陰で、コース取りの重要さを知ることが出来た。俺は内ラチを取り、先頭を手にした。
「次世代のスターが走り出し、2歳G1ホープフルステークスが始まりました。やはり今回も逃げていますシンジスカイブルー。その後ろに着いているのはナイトオルフェンズ。注目の1番人気アカガミリュウオーは7番手について様子を伺っている差し切り狙いか。スーパーパケットは出遅れが祟ったかシンガリです」
中山の特徴は圧倒的な高低差だ。第1コーナーから上り坂があり、第2コーナーからは急に下り坂になる。ここまでにリードを取っておかないと、展開が難しくなる。俺はそこまでの直線で約3馬身差を取った。
「上り坂は無理に登らないでください。自分のペースを保って!どうせ後続もここで引っかかるんですから!」
林の声はいつも頼りになる。あくまでこれはレースの基本かもしれない。だが、その基本こそ大切なのだ。俺は安定したペースで坂を登りきり、第2コーナー、下り坂へと向かった。
下り坂は楽だった。体が勝手に前に進んでくれる。重力の恩恵をありがたく利用させてもらえる場所だ。だが、ここで無理に飛ばして余計なスタミナを消費するのは二流。本当の一流は、この加速をスタミナ節約に使う。これは、ビデオ特訓にて手にした新たな視点だ。やはり努力の成果が出ると嬉しいな。
「さぁ、下り坂も過ぎて向正面に差し掛かります。だが、レースはあれから変化がありません。この向正面でファンの声援を受け、加速する馬がいると、レースがもっと面白くなります」
コーナー、下り坂を抜けて俺は向正面に向かった。そこは、今までの世界の常識をとても大きくひっくり返す、衝撃的なものだった。
歓声、怒号、地響き。これ全てを人が起こしているとは思えないほどの勢いだった。
「シンジー!お前は林とお前が好きなように走れ! 勝ち負けよりも大切なことだー!」
向正面を過ぎ去ろうかという時、おっちゃんが目に入った。東京よりもさらに遠いここ中山まで、俺達3人+人1人の勇姿を見に来てくれたという事実に、俺は感謝した。そうだ、自由に、走りたいように走ろう。俺はそう思えた。
「さぁ、ここでスーパーパケットが仕掛けました。ここからは平坦なコースなので、早めにケリをつけようという魂胆か。その順位をグングン上げて……遂に2番手ナイトオルフェンズに並びました」
第3コーナーを過ぎた頃、後ろでよく聞いた足音が聞こえた。スーパーパケットだ。やはり仕掛けてきたか。だが、それに反応するほど俺は甘くねぇ。リードを保ちながら、最終コーナーで加速してやるぜ。
「あーっと、遂に、遂にアカガミリュウオーが仕掛けました! その走りは前回と大違いだー!最終コーナーにかかる前に、煌めく星をごぼう抜き! これにはナイトオルフェンズ、スーパーパケットもお手上げ! 1番手シンジスカイブルーとの差もぐんぐん縮まっていきます。龍王が、芦毛を捕え、無敗伝説を終わらせることになるのか!」
やはり1番人気は伊達じゃない。だが、今現在俺の後ろを走っている時点で、お前の負けは決定事項だ。ここなら、新技"インコーナー加速"を使える!
「シンジさん、今こそインコーナー加速を使う時です! あのビデオを思い出して、加速してください!」
林の声と同時にムチが入る。俺は指示通り、自分のイメージ通りの加速を始めた。
その加速は、見事なものだった。少しの膨らみと、適切な加速から生まれた彼の走りは、正にシンジストライプそのものだった。
「面白い! これほどの実力を持ち合わせていたとは! その走りに、俺も全力で答えよう!」
しかし、ここで終わる程アカガミリュウオーは甘くない。さらに加速度を上げ、俺の事を執拗に追う。俺もそれに答えるかのように、ギアをフル回転させて走り続ける。
「やはりG1の舞台というのは面白い! 貴様のような真の強者と共に走れるのだからな!だが、この勝負貰った!」
最後の直線の上り坂で、俺はアカガミリュウオーに並ばれた。おもしれぇ。この勝負だけは勝ちたい。この勝負だけは、負けられない!
「1度は並んだアカガミリュウオー! だが、これは逃げて差すシンジスカイブルーにおいては全くの無力。しかし、諦めずに追い下がる! 並んだ並んだシンジスカイブルーアカガミリュウオー! どっちが勝つのか分からない! どっちが勝つのか分からない!」
俺はもう一度加速を重ねた。だが、奴も粘りを見せて着いてきやがる。さすが、と言った所か。俺もこのまま素直に負けるほどいい子じゃないんでね。最後まで粘らせてもらうぜ。
「さらに、さらに加速! 加速に加速を重ねるシンジスカイブルー!依然並んだまま! 並んだまま!この接戦の行方は神のみぞ知る!この勝負を目に焼き付けろ!」
俺達は並んでゴールを掴んだ。両者とも、笑顔が輝くゴールだった。
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