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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
はじまりのかぜ
19/79

19.エリートの苦悩

投稿遅くなってしまい申し訳ございません。

その分大作に仕上がっているので、ぜひお読みください。

「なるほど、ここはこう仕掛けるのか」


「シンジさんの脚力も考え、もう少し後でも間に合いそうですけどね。これはレース展開にもよりますが」


特訓の内容は、歴代のレースを見て、展開を学ぶというものだった。やっぱり仕掛けるタイミング、レースポジションというのは考えさせられる。その中で、林とは何回も議論を重ねた。時にぶつかることもあったが、まあそこは上手く折り合いをつけていた。


特訓を初めてから10日後、結果は思わぬ形で出た。それはいつものように、ホープフルステークスを意識した、芝2000の模擬レースを、パケット、ナイトと一緒にやっていた時の事だった。1600mを越え、ちょうどスパートをかけようとした時、いつもと違う視点が生まれた。


(ん、ここでインコーナーを減速せずに走れたら、もっと速くなるんじゃないか)


俺はコーナーで、インコーナーの少ない距離での加速を試してみた。林が驚いたような顔をして、手網を外に引き、内から脱出させようとする。だが、俺はそれを強引に内へ引き、内を通った。


結果として、この作戦は成功を収めた。走る距離が短くなり、最高速に到達する時間が変わらなければ、いい記録が出るのは当たり前だ。このレースで、俺は自己ベストのような記録を出した。しかし、鞍上の林は厳しい顔をしていた。


「何故あそこで内へ行ったんです! あそこで転倒したらどうするつもりだったんですか! 何故私の指示を無視したんですか!どういう風の吹き回しですか!」


怒号。その表現が適切だろう。そこにいつものようなポーカーフェイスの林はなく、ただただ怒る男がいた。傍から見れば馬に叱咤する変人だ。だが、そんなこと気にせずに林は怒り続ける。なんだなんだと調教師が割って入る。


「おいおい、林。どうしたよ、こんなに怒って。お前らしくない」


「だってシンジさんが私の指示を無視して内を攻めたんですよ!作戦さえも伝えず!無理やり!」


林は怒りながら調教師に説明する。そして、調教師は少し困りながらこういった。


「そうか。だけど、どんな理由があったって、喧嘩はいけねぇ。お前らは2人で1つの勝負師なんだからよ。とりあえず、今日はもうあがれ」


俺と林は一言も喋らずに、気まづい空気のままその場を去った。馬房に帰った後も、やはり(わだかま)りが収まらない。どうしてあんなに怒ったのか。理由は分かるけど、原理が分からない。林はもっと、クールに済ませるはずだと。俺はそこだけがどうしても気がかりだった。それは、日を重ねても良くならなかった。言葉数は減り、レース運びが思い通りに行くことも少なくなった。俺は本当にそれがくすぐったかった。いつもなら決めきれているところが、決めきれない。


ホープフルステークスまであと10日。俺達に不安が募る。その日も、レースが上手くいくことは無かった。それどころか、パケットとナイトにあわや5馬身差の大差をつけられ敗北した。


「ち、ちくしょぉぉぉぉ!」


バチン


荒い音を立てて鞭が叩きつけられる。それを聞きつけた調教師が鬼の形相で近づいてくる。気づいたら、林の目の前に立ち、凄まじい勢いで叱っている調教師がいた。


「林! 何故物に当たる! シンジのレース展開より、俺はそっちの方が許せない! いくらレースが上手くいかなくても、いくら調教の調子が悪くても、お前が腐っちゃだめだろう!相棒が苦しんでいる時、悩みがある時、助けてやる男!それこそが騎手ってものだろう! それが分からないような奴に、G1なんて走らせる訳いかない! 少し頭を冷やして考え直せ!」


背丈の差から、それは親子喧嘩に思えた。親による一方的な注意だが。俺はしょうがなく馬房に帰った。林もすぐにターフを後にした。その背中は、いつもより小さく、どこか情けなく見えた。


















街灯が点き、闇が空を飲み込んだ朧月夜(おぼろつきよ)。僅かな雲の隙間から漏れた光が人影を照らした。林だった。だが、その顔は赤く、涙を流した後があった。



「お、おい林。こんな時間にどうしたんだ」


動揺した俺が林に尋ねた。数秒の沈黙が流れた後、林の目が潤った。


「も、申し訳ございません……私のせいで、シンジさんに心配かけさせてしまって。これまでの時間を、無駄にしてしまって。シンジさんにキツく当たってしまって。俺は……騎手失格だ!」


今まで目に貯めていた涙が音を立てて零れ落ちる。それと同時に、林も地に崩れ落ちた。俺は突然のことに慌てながらも、この状況を整理した。そこで俺は大変なことに気づいた。元はと言えば、林だけじゃない。俺も原因の1つなのだ。それなのに俺は、林の非ばかりを考え、自分にある原因を考えなかった。遠ざけようとしていた。後悔が溢れる。だけど、ここでそれをぶつけるのは、苦しんでいる林に迷惑をかけるのと同じだ。

俺は林と同じ目線になって、泣き止むまで隣にいた。


数分くらい続いただろうか。ようやく涙の泉が枯れた。それを確認して、俺は非礼を詫びた。


「俺こそ、申し訳ない。お前だけに責任を乗っけてしまった。……なんでそこまで俺のため怒ってくれたんだ。嫌じゃなかったら教えて欲しい」


それを聞いて、林はもう一度泣き始めた。だが、それはすぐに終わった。そして、俺の方を見る。少し独り言のようなことを言ったあと、自分を落ち着かせ、俺に話してくれた。


「あれは…競馬学校に通っていた頃でした。7月の夜、俺はあなたに、満足する馬がいなかった、って言いましたよね。実を言うと、あれは嘘でした」


「その馬の名前はレインオブティアー。彼は素晴らしい脚力とスタミナを持っていました。今のシンジさんには及ばないものの、彼は確かにいいものがありました。そんな馬に俺はどんどん惹かれていった。レインも、俺に懐いていった。そんな時です。あの出来事が起きたのは」


「その日は雨の降る日でした。ターフが濡れていたため、注意するようにというお達しが先生から出ていました。だけど、レインは内に行こうとしました。まだ未熟だった俺は、雨で滑る中、全速力で行かせてしまった。その結果、レインは転倒し、彼の人生を俺が、、潰してしまった。その時の、俺を見る、あの……優しい目が……俺の頭を……駆け巡って……それが……トラウマになって……内側を通ると……あんな症状が出てしまって……」


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺は、俺は、過去からなんの進歩もしてないんだぁぁぁ! 俺はエリートなんかじゃない! 馬を殺していない、普通の騎手の方が全然エリートだ!おれは、過去の幻想に捉えられたまま、何も変わっていないんだ!くそやろぉぉぉぉぉ! 何が天才だぁぁぁぁ!」


この孤独な夜に叩きつけるように叫ぶ。その体は震えていた。ここまで、相当な苦労と重圧があったんだろうな。俺は、俺の思ったことをそのまま言った。それが、林の助けになればと思って。


「ありがとう。あそこで怒ってくれて」


「あそこで叱ってくれなかったら、俺は今頃怪我をしていたかもしれない。それだけでも、お前は成長したよ」


「……」


林は黙ったままだ。それに俺は続ける。


「それによ、お前は過去の幻想なんか追ってないぜ。逆に、新しい世界しか目に入っていない」


「な、何を根拠に、そんなこと」


「だってお前、俺に教えてくれたじゃん。あの経験を。それは、過去を乗り越えられたから俺に話せたんじゃないか。お前は自分で気づいてないだけで、とっくに抜けてんの。そんな暗いトンネルなんかさ。自分でアイマスクしてるだけさ。そんなん、取っちまおうぜ。それを教えてくれたのは、間違えなくお前だ。もっと肩の荷をおろしてこうぜ」


一瞬、キョトンとした顔を見せた。その後、泣きながら笑顔を作って俺にみせた。その顔は、月の光を受けて、綺麗に輝いていた。こういうのでいいんだよ。こういうので。


「あはは、そうか。俺、シンジさんに出会ってから、もう分かってたんだ。それを分かってないふりしてただけだな。ホントはただ内を攻めるのに、不安だっただけなんだ。腕が上がってないことを、認識したくなかっただけなんだ」


「そんなことない。お前の腕は、確かに上がったよ。俺、見てたぞ。いっつも寮で考えまくるお前の姿を。悩みまくるお前の姿を。そんなお前が腕が上がらない訳じゃない。お前はエリートじゃないかもしれないよ。だけど、お前は努力のエリートだ」


「参りましたね、どうにも。そんな言ってもらって、立ち直れない奴は男じゃないですよ。その点、俺は男で良かったです。それと、本当にありがとうございます。このマスクを取ることができたのは、あなたがいたからです」


「なに、俺はお前が言っていたことに感化されたからこそ、こうしてお前に語れたんだ。お前が立ち直ることは、もう決まっていたんだよ。もっと自分を誇れ。自分に自信を持て。お前は、この俺、シンジスカイブルーの相棒なんだからな!」


林の顔は、最早以前の林とは別の顔になっていた。覚悟を決め、決意を固め、自分の弱さを知った林は、正に漢だった。ここに、1つの太陽が、霧を抜け出し、輝きを放ち始めたのである。


「シンジさん、ホープフルステークス、いや、ここは合わせましょうか」


「だな。」


林と俺は息を合わせて、ある言葉を言う。それは1つしかない。


「「絶対に勝つ」」


そう言って、林は自分の部屋へと帰っていった。その背中は、朝の時とは比べ物にならないほど大きく、広く、様々な覚悟を乗せて広がっていた。


人とは、覚悟一つで大きく変わるものである。その覚悟が、どんなものであろうと、覚悟を放ち始めた人は美しい。その光は、一等星にも負けないほどに。


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