18.異例の特訓
今日からまたペースを戻していきます。ぜひ楽しんでいってください。
「シンジスカイブルーの勝利と、ナイトオルフェンズ、スーパーパケットの入着を祝い、乾杯!」
前回と同じくおっちゃんが飛んできた。それも大量の人参と酒を持って。おっちゃんの浮かれようは凄かった。そりゃ自分が育てた馬が、G2で1、2、3着をとったら、これ程嬉しいことはないだろう。俺達は夜の厩舎で1杯やった。
「いやー、僕としては嬉しい限りだね!この晴空牧場産の馬が揃って活躍しちゃうんだもん!」
あまりに嬉しいのか、それとも酔いが回ったのか。おっちゃんの口調が変わっていた。ナイト、パケットの主戦騎手である、夜風鈴鹿さんと、栗原太一さんもやはり嬉しいのか、発泡酒をスポーツドリンクのようにがぶ飲みしている。そんな中で、唯一未成年(18歳)の林は、心の中で歓喜を整理しているのか、言葉数が少なかった。
「いや、これも調教を誘ってくれた蒼海さんと、実際に行ってくれた東海さんのお陰ですよ。お二人方には感謝してもしきれません」
夜風と栗原は声を揃えて言う。これはお世辞でもなんでもない。本気で感謝している。それに気を良くしたおっさん2人はさらに酒を飲む。
俺が一心不乱に人参を貪っていた時、一緒に食べていたパケットとナイトが話しかけてきた。
「やっぱりシンジ、お前は速いよ。マイルレースで3馬身もつけられちまった。ホントに末恐ろしい」
明るいパケットがそう言う。笑顔には人参の欠片がついていた。そんな顔に、昔の恩師を思い出す。おっと、こんなこと考えてる時じゃなかったな。
「だけどよ、お前らも本当に成長したよ。あの東京の坂を乗り越えて、大人気のナルトさんを抜かしちまったんだからな。誇っていいと思うぜ」
俺がそういうと、2人は嬉しそうな顔を見せた。
「だけどよ、お前に勝つためにはもっともっと強くならないといけないんだよ! あんなんただの通過点だ!」
「そうだよ! シンジくんはもっと大きい…なんだろう、僕の人生をかけて戦わないと勝てない相手なんだ。こんぐらい当たり前だよ!」
なに、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。これがお世辞でも、素直に嬉しいぞ。だけど、ちょっと恥ずいな。
「あ、お前泣いて……」
パケットに言われて俺の頬を見る。そこには、街灯の光に照らされ、透明な宝石のように輝く線が伝っていた。
「違うよ、これはあれだ。人参の汁が飛んだんだ」
2人が大笑いする。ひとまずウケてよかった。誤魔化しが効かないと、目標としての威厳がなくなっちまうからな。
…だけど、やっぱりみんなに必要とされると嬉しいな。これからも勝ち続けて、みんなの前に立ち続ける大きな壁にならないと。
おっちゃんの大笑いが響き渡る、いい夜だった。
「さぁ、シンジ。次のレースは流れ的にG1! ホープフルステークスに出るぞ!」
俺は少し困惑した。だって俺が出てたのは1800mのレースだ。ホープフルは2000mなのだから、順序的には朝日杯フューチュリティステークス (1600m)じゃないのか?
「まぁ、朝日杯に出るって選択肢もあったよ。けど、まこっちゃんの借金を返すっつったら、やっぱり中距離レースだろ。これから、皐月賞、菊花賞、天皇賞・春秋。そして日本ダービーと有馬記念という高額レースが続いていく。それは全部中距離だ。だから、それの前哨戦って訳よ」
その考えを聞いて、俺は納得した。確かに、金を稼ぐなら中長距離レースがメインとなってくる。そして、俺にはそれを実行出来るだけのスタミナがある。
「てなわけで、シンジ! これからは1時間早くターフをあがるぞ!」
「は、え?」
つい本音が出てしまった。普通、あと1ヶ月ちょっとでG1が来るなら、もっと厳しい追い込みするだろ。そう尋ねると、少しニヤッとして俺に意図を説明してくれた。
「何も調教をやめるとは言ってないぞ。これからは、過去のレースを見て勉強してもらう。これは、普通の馬にできない、人間と喋れる特性を活かした練習方法だ。特に、生前お前は製薬会社に勤めていたんだろ? なら飲み込みも速いだろ」
こりゃ調教師に一杯食わされたな。まぁ勉強はできる方だと思う(?)から、飲み込めればいいが。
「ですけど先生、テレビはどうするんです? 部屋から引っ張ってくるのもおかしいし、ましてやシンジさんを中に入れるのも難しい」
至極真っ当な意見だ。だが、そこはやり手調教師。既に対策は取ってある。
「なーに、心配することはねぇよ。俺のとこに、まだ使ってない、キレーな馬房がひとつあってさ。そこから近くにコンセントもあるし、シンジが入っても違和感がない。それに、入る前に身体を洗えば、きれいさっぱり! 常に清潔な馬房を保てるってわけだ。許可は俺が取る。ここじゃ顔が利くんでね」
それを聞いて林も了承する。それから3日後、調教師に連れられて、行ってみると、そこには立派なプロジェクターと、再生機器が揃えられていた。
「すげーな東海さん! で、この費用は?」
自分でもつまらないことを聞いたと思う。だけど、調教師は嫌な顔せず笑って答えた。
「そんなん俺持ちだ。俺は、お前が活躍するレースが見たいだけだ。それに金は惜しまない」
俺の体に熱がこもる。調教師の期待を無下にはできない。絶対に、ここでなにか掴んでやる!そうして、俺の超特別特訓が開始した。
今回もご閲覧ありがとうございます。
この作品が面白いと感じたら、評価ブックマーク等よろしくお願いします。
誤字脱字等受け付けておりますので、ご協力よろしくお願いします。




