16.地方からの刺客
あと1本ぐらい今日は投稿出来そうです。
勉強?今日は休みます。これが国語の勉強です。
「やっぱりシンジくんは強いね。あんな不利な状況でも、確実に1歩ずつ近づいてきて、最後には持っていっちゃう。さすがだよ」
ナイトは笑っていた。その笑顔は決して満面の笑みではなく、相手への尊敬と、自分への戒めがあったようが混ざり合っているように思える。
「ああ、でもお前らも十分成長したよ。ここまで仕上げてくるとは驚いた。もう俺とあまり差はないだろう」
これはお世辞でもなんでもない、俺の本心だ。あの頃のままなら、俺はここまで手こずらなかった。俺と同じ、もしくは俺以上の成長を確実に見せている。
「そうだな。俺達はほんとに見違えたと自分でも思うよ。俺、東スポ杯に出るよ。シンジとナイトの2人に、本気の勝負で勝ちたい!」
「きっと出れるさ。でもまず未勝利戦勝たないとな」
3人の中に笑いの渦が出来る。だが、特別特訓はみんなが勝つまで終われない。ナイト、パケットが苦戦し、結局1ヶ月かかったのはさすがに笑えなかったが。
特別特訓が終わった後は、基本トレーニングを重ねながら、たまに2人との併せをやっていた。その間に、ナイトは2000mの未勝利戦を、パケットは1600mの未勝利戦を勝ち抜き、何とか東スポ杯へと駒を進めた。みんなで勝利へ向かってひたむきに努力していた10月のある日、この三浦トレセンに電撃が走った。
「なぁ、今日雰囲気がおかしくないか?」
基本的にトレセンはいつも勝利に向けた調教が行われているため、かなり張りつめた空気が漂っている。それは分かる。だが、今日は何かがおかしい。張り詰め方が違うというか、何かに脅えているというか……気になった俺は林に聞いてみた。
「多分セトウチナルトのせいでしょうね。元々高知競馬場に所属していましたが、閃光のような速さで駆け抜け、遂に中央のレースで勝ったため、地方から移籍してきたのでしょう」
その言葉を聞いた俺は、期待半分不安半分だった。「期待」は、いいライバルになれる可能性があるから。「不安」は、俺よりももっと強く、追いつけないほどの馬かもしれないからだ。
「あ、ちょうど来ましたね。あれです、あの栗毛がセトウチナルトです」
調教師の指さす方向には、確かに栗毛の馬がいた。だが、その完成度は群を抜いて違かった。鍛えられた身体、整えられた毛並み、艶の輝く馬体。俺が今まで見てきた馬とは全く違かった。
「せっかくだから話してみたらどうです。私は人間なので無理ですが……シンジさんならできますよね」
林の言葉通り、俺は栗毛の馬に話しかけた。
「やぁどうも。俺はシンジスカイブルー。俺も2歳馬なんだ。とりあえず挨拶でもと思ってね」
ここの答え方で大体のタイプが分かる。1つは今のパケットみたいな明るいタイプ。2つ目はナイトのような暗いタイプ。3つ目はただ単に嫌なタイプ。だが、セトウチナルトはこのどれにも属さなかった。
「ほう、面白い。この俺様に話しかける奴がこんなに沢山いるとはな。ついてこい!」
「お、飛ばすかナルト!」
そう言うと、ナルトはスピードを上げた。俺はそれについて行く。
(こいつ、只者じゃないな)
ペースが速い。俺みたいな逃げ馬なのか? そう俺は思っていた。多分林もそうタカをくくっていたと思う。それなら終盤に差してやる。
だが、彼の場合は違かった。先に進むにつれ、比例するように速度を上げていく。そう、ナルトは逃げ馬でもなく、先行馬でもなく、差し馬だった。俺は何とか食らいつこうとしたが、ダメだった。ほぼ1周したところで、ナルトはペースを落とした。俺もようやくそこで追いついた。
「やはり、この程度か。少し期待したが、俺様を満足させる馬はここにも居ないか」
俺はムッとする気持ちを抑える。
「でも、努力があれば、そのうちお前に追いつける。必ず、お前を認めさせる馬になれるんだ!」
そう俺が熱く語ったのを聞いて、ナルト小馬鹿にするように笑う。
「やめな、無駄だから。凡馬がいくら努力した所で、意味が無い。馬は、生まれとセンスで決まるのよ」
「でも、それでも努力さえすれば……」
俺の熱を、冷たい言葉で遮る。目は既に笑っていなかった。
「誰だったかな。後2人ほど、俺に挑んだ馬鹿がいたんだよ。名前は確か…スーパーパケットとナイトオルフェンズだったか。そいつらもこんなこといってたな。努力がどうとかな。だけど、結果は惨敗。正直俺は、ガッカリしたよ。ここのレベルの低さに」
俺は何とか我慢しようとした。我慢できなかった。俺を馬鹿にするのはまだ許される。だが、頑張っている友達を馬鹿にするのは許されない。
「貴様ぁぁ! 俺の友達と努力を愚弄するのだけは、絶対に許さん! パケットもなぁ、最初はお前みたいなやつだったよ! だけど! 変わったんだよ! ナイトも! 最初は気弱なやつだった。けど!それが努力であそこまで変われたんだ! そんな奴らをバカにするお前こそ大馬鹿者だ! 恥を知れ!」
ナルトは一瞬キョトンとした顔を見せたが、その後、俺を心底バカにしたような笑いを見せた。
「ならいいよ、お前も出るだろ?東スポ杯。そこで戦おうよ」
「ああ、いいよ!お前をそこで完膚なきまでに叩きのめす!3人揃って、3フィニッシュ決めてやるよ!」
「やってみろ」
そう言い残し、奴は芝へと消えていった。気がつくと、俺の頬が濡れていた。それに気づいた林が俺に話しかけた。
「大丈夫ですか!? 怪我でもしましたか!?」
俺は林に全てを話した。ナルトのこと、2人のこと、東スポ杯で相対すること。そして、絶対にこの勝負はまけられないこと。
林は納得したような表情をして、調教師と話をしに行った。その日は普通のトレーニングをして終えた。翌日、通例として俺は呼び出された。
「お前の話は、林からよーく聞いたぞ。じゃあシンジ。後お前に足りないものはなんだと思う?」
俺は答えられなかった。正直、ほぼ鍛え抜いた気がしていたからだ。強いて言うならスピードをもう少し鍛えたい感じがしたが。
「まあこれはしょうがないな。目に見えて分かるものではないし。じゃ、林」
「やはり心臓の弱さでしょうね。単純な瞬間的な速さならセトウチの何倍も速いでしょう。だが、心臓の弱さでそれが上手く出し切れていない。だから、プール調教をしよう、ってことですよね」
さすが林。全く知らない俺でも素直に納得できた。調教師も笑顔で答える。
「そうだ、その通り!調教内容まで言っちゃうのは百点通り越して百億万点ってところだ。じゃ、行くぞ、プールへ!」
調教師はプールへ駆け出そうとしていた。だが、その間林はどうするのか。素朴な疑問だが気になった。俺は呼び止めて聞いてみた。
「あ、それは心配しないでください。他の馬に乗ってきますよ。そこで何か掴んできます。さすがにシンジさん単体じゃ生活できないですよ」
そうだった。いくら林が若いといっても社会人。生活するためには稼がないと。
「そういうこった。じゃ、行くぞ!」
「ま、シンジさんに乗ってしまったらもう他の馬乗りたくないですけどね」
一同総ズッコケ。騎手がそれでいいのか。
そこから俺のプール調教が始まった。正直坂路なんかよりも百倍マシだ。また、普段とは違う環境でやったからか、いつもより面白かった。
本番2週間前となり、プールでの調教の追い込みをしていた時のこと、俺はばったりパケットとナイトに会った。あんな事があったから話しずらい。だけど、俺は勇気を振り絞り話しかけた。
「よォ2人とも。大丈夫か?その、セトウチナルトの事だが……」
俺はよそよそしく言った。だが、ナイトはそんなこと気にもしていないような感じで、俺に答えた。
「ああ、あいつか。さすがに努力をバカにしやがった時は少しキレそうになったが、言葉が薄っぺらかったからな。お前に教えて貰ったことに比べれば、気にもとめてないぜ」
パケットは元気に答える。とりあえず2人とも元気そうでよかった。
「逆に僕はあいつなんか踏み台にしてやるさ。あんなんに負けたら末代の恥だよ!」
「そうだな。俺達なら勝てる! 絶対に勝つぞ!」
俺達は顔を合わせて満面の笑みを浮かべた。その日の調教はいつもより身が入った。
その後もいつもより追い切りを頑張った。無我夢中で調教を頑張っていると、時間感覚がなくなっていく。まだ3日くらいしか経っていないと思っていたのに、気がつけば前日になっていた。最終日もいつも通り頑張り、レース前最後の調教を終えた。馬運車に乗り込む時、遂に林が帰ってきた。
「ただいま皆さん。沢山学んできましたよ。今ならあんな奴に負けません」
「林ィ!」
俺達は顔を合わせた。男に難しい言葉は必要なかった。
「絶対勝ちましょう、明日のレース」
「ああ、絶対だ!」
俺は馬運車に乗り込んだ。そこにはナイトとパケットもいたため、朝まで語り明かした。そして、徐々に意識は東スポ杯へと向かっていく。宿敵は、すぐそこだ。
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