14.祝勝、そして新たな好敵手
今日は2本投稿です。
休日はこれをスタンダードにしていきたいと思います。
用語解説
ステップレース
大きなレースの前哨戦
G2
競馬のレースのグレードの中でも2番目の大きなレース
シンジスカイブルー圧勝!各騎手唖然
鳥谷騎手「あいつだけレベルが違う。速くG1行って欲しい」 騎手の林勇 クールな回答
翌朝の新刊は俺の話で持ち切りだった。最大馬身差が7馬身、ゴール時が6½馬身差だったというから驚きだ。まさかここまで大差だとは、思ってもいなかった。
「初勝利おめでとう! シンジスカイブルー!」
朝、何気なく調教していたら、おっちゃんが美浦トレセンにお祝いに来た。俺のレースを見て、いてもたってもいられなくなったという。
「まぁな。こんぐらい当然よ。俺が目指してる所はダービーだからな」
おっちゃんはうんうんと頷いた。やはり、俺の親であり、生前の愛馬であったシンジストライプと同じレースで勝ちたい。その気持ちはおっちゃんにも伝わっているようだった。
「ダービーもそうだが、まずは目先のレースのことを考えろよ。次のレースは……東京スポーツ杯2歳ステークスにでも出るか」
東京スポーツ杯2歳ステークス。東京競馬場で行われるG2レースで、ホープフルステークスのステップ競走でもある。なるほど、出れるレースは逃さず勝って、賞金を取ろうと言うことだな。
「それはそうとまこっちゃん。クラシック登録は大丈夫か?金がなかったら、シンジの出世払いで、俺が貸してやってもいいが」
そうだった。おっちゃんの経営する晴空牧場は経営難で、少しの銭も惜しいはず。大丈夫なのか?
「ああ、その心配は要らねぇ。シンジが勝った新馬戦の賞金で、難なく事足りるよ。シンジが負けると不味かったけどな。結果論的には問題ねぇ」
俺はホッとした。おっちゃんの借金の返済には、複数のG1を勝ち抜く必要がある。何しろ、牧場経営には金がかかる。種付け料(種牡馬に牧場が所有する牝馬に種付けしてもらうための金額。ただでやってくれるなんて、そんな世の中甘くねーぜ)は、スーパーパケットの父、キングディオミスも約50万、それで受精しないなんてこともざらだ。そもそも牧場経営なんでできたんだろ?
「とりあえず、今日は7月19日。東京スポーツ杯2歳ステークスは11月20日に行われる。時間はまだまだある。とりあえず今日はまこっちゃんの差し入れの人参を食え。明日から特殊トレーニングを開始する」
にんじん!俺がまだしがない社会人だった頃は、野菜なんて食べずに肉肉肉!ビールビールビール!だったが、馬になってからはやけに人参が好きになった。今もヨダレが止まらない。
「ほら、人参だ。沢山食えよ」
おっちゃんは人参の入った箱をトラックから降ろし、俺の前に出した。抑えられずかぶりつく。やはり人参は美味い。アルコールに似た中毒性がある。そんな俺を見て3人は笑う。いくら滑稽だからって、そんな笑わなくてもいいじゃんな。
その日は直ぐに寝てしまった。多分疲れが溜まってたんだろうな。輸送は何かとストレスがかかるもんだ。翌日、俺と林はいつもの流れで調教師に呼ばれた。
「とりあえずレースお疲れ様な。だが、このレースを通して、課題が見つかった。シンジ、分かるか?」
この切り替えの早さ!これこそ幾多の戦場を勝ち抜く馬を育ててきた調教師だ。俺は感心した。だが、俺の課題は分からなかった。スピードも、スタミナも申し分ないと思ったが。
「わからんか、じゃあ林!」
「そうですね。スピードもスタミナもこの歳の馬にしてはずば抜けています。だけど、あのまま競り合いが続いていたらと思うと、恐ろしいですね。一瞬のうちにキングオブサガの間を抜けたから良かったものの、自ら道を開く力は弱いと思います。これがただの逃げ馬ならいいですが、シンジさんは「逃げて差す」競馬ですからね。パワーは必要ですよ」
林の完璧すぎる感想に、俺と調教師は顔を合わせた。さすがエリートなだけあるぜ。調教師もここまでは予想できてなかっただろうな。
「そ、そうだな。とにかく、パワーをあげなきゃいけない。今回のレースで物足りなかったのは、競り合いの練習をさせなかった俺の責任だ。だから、この夏は併せを多くやるぞ!まこっちゃんの紹介で、既に美浦トレセンに移籍した、晴空牧場出身の奴を手配して貰えた。紹介しよう」
その言葉を聞いて、俺は嬉しくもあり、少し鬱陶しくもあった。嬉しい点は、久しぶりにナイトに会えるの可能性があること。鬱陶しい点は、またあのキザなスーパーパケットに会う可能性があること。その俺の予想は見事的中した。
「こちら、スーパーパケットと、ナイトオルフェンズさんだ!」
久しぶりに会った彼らは、見違えるほどに成長していた。スーパーパケットのたるんでいた腹は見事に引き締まり、あの細身のナイトは筋骨隆々になっていた。
「2人とも……変わったな。久しぶり」
俺は困惑交じりの言葉を吐いた。ナイトは察していた様子だが、パケットは気にせず話しかけた。
「俺、お前のおかげで変われたんだ!お前にコテンパンにやられてから、俺の情けなさにようやく気づけた。それを後押ししてくれたのが騎手の倉原太一さんだ。次に戦えるレースを、楽しみにしている」
俺は本当に驚いた。あの陰気で乱暴だったパケットが、こんな好青年に変わるなんて、誰が予想出来たのだろうか。一方、ナイトはあまり喋らない。
「なぁ、ナイト。どうしたのか? 具合でも悪くなったのか?」
そういうとパケットは顔を上げた。その顔は泣いていた。だけど、そこには笑顔もあった。所謂嬉し泣きだ。
「僕、やっとシンジくんと同じ所に立てたんだ、やっと目標と同じ存在になれたんだって思うと、僕、僕……」
以前の俺だったら、ここで中途半端に返して、中途半端に終わっただろう。だが、俺はあの夜を越して、心が成長した。こういう時の答え方というのを、ようやくわかったんだ。俺はナイトに優しく答える。
「俺を、目標としてくれていたのか。嬉しいぞ。だが、俺はお前をライバルと思っていた。あの努力量は、誇ってもいいと思う。これからも、共に高めあっていこう!」
「……うん!」
俺はパケットとナイトの変化に驚きながら、コースに向かった。俺の背中に、新しい風が吹いたのを感じた。
今回もご閲覧ありがとうございます。この作品が面白いと感じたら、評価ブックマーク等よろしくお願いします。誤字脱字等も受け付けておりますので、ご協力よろしくお願いします。




