1.葦毛の雄王、生誕
失踪せんと思う
用語解説
日本ダービー
3歳馬しか出走することが出来ない、クラシックレースの中でも最高峰のレース
その世代の頂点を決めるレースとして、競馬関係者の目標となっている。
厩務員
馬の世話をする人
「さぁ2025年の日本ダービーも大詰め! 先頭はこれまで無敗、前人未到のランニングスター、芦毛が煌めく1番人気、スプリングスターです!」
(逃げろ、逃げ切れ!俺の生活費がかかってるだ!お前が勝たんと生活できんて!)
「おおっと! 外から凄い脚で上がってくる尾花栗毛のサラブレッド、3枠5番8番人気レイワカエサルだー!その差を2馬身、1馬身と詰めていくぞ!」
(頼む、粘れ! 粘ってくれ!)
「ここでレイワカエサルがスピニングスターを抜き去った! そのまま後続を突き放し、ゴールイン! スプリングスターは5着!」
「終わった……」
反射的に馬券を宙に投げ捨てた。そんな俺は青空慎二。趣味が競馬で無職の35歳。公立校から有名私立大学に進学し、大手に就職したまではよかった。が、勤めてた会社が倒産しやがった! そのせいで俺はこのザマだ。なけなしの金(貯金なんてしてないぜこんちくしょう)をスプリングに単勝で突っ込んだんだ。そしたらこうなった。もう1文無しだ。おしまいだよ、俺の人生。
宙に舞う馬券、阿鼻叫喚する人達。この世の混沌を鍋で煮込んで茹でたような地獄、人の夢を幾度となく奪ってきた競馬場。この男も例外ではなかった。金をチラつかせられ、冷静な判断をせず自分の人生を動物と個人に任せ、負けたら発狂する。彼はそれを理解しているつもりだった。だが、彼は知らなかった。本当の恐怖を。それがこのように体験する羽目になるとは、思ってもなかっただろう。彼が地獄の鍋を後にする時、このように呟いた。
「「ああ、俺が走れば*絶対*に勝てるのに」」
ドタッ
失意のうちに俺は倒れた。まぁやることがなかったし、こんな最期もしょうがないと思う。だが、まだ俺何も残せなかったなぁ
「競走馬なら、きっとなにか残せただろうな」
「誠さん、産まれました! 彼がきっと、この静岡を、いや、日本を揺るがす大サラブレッドになるはずですよ!」
(やけに暖かいな。しかもなんか立てないぞ。これが死後の世界とか言うやつか?)
体制を立て直して立ち、周りを見渡した。そこには…
牧草が広がり、前には自分の体を優に超える巨大な馬がいた。
(え、ちょ、は? は? 何この状況。てかここどこだよ。絶対ろくなとこじゃないだろ)
「おお! こいつが伝説のダービー馬、シンジストライプ産駒か! こりゃあいい!」
何やら厩務員らしきお兄さんと、汗がしみたシャツをきた変なちょび髭をつけたおっさんがこっちを見ていた。ようやく自分以外の人に会えた事に安心するとともに、競馬ファンの血が安堵からかみなぎってしまった。俺はこのおっさんに話しかけた。
「おい、シンジストライプを知ってるとはなかなかやるじゃないか。で、ここはどこなんだ? 」
「う、馬が喋った!?!?!?」
何を言っているんだこの男は。俺はどこからどう見ても人間じゃないか。そう思い自分の体に目を向けた。が、そこに映っていたのは、人間でもなく、ましては霊長類でもない、子馬だった。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
「こっちが聞きたいよ!」