落ちた歯車の世界線
運命の歯車という言葉を作った人間はなかなか面白いと思った。
実際に私の目の前には数えきれないほどの歯車が今もグルグルと回り続けている。この一つ一つが人間の命だとは普通思わないだろう。
一度回り始めると壊れるまで動き出す。それは人間が誕生してから死までを表現している。
運命の赤い糸……という表現は嫌いではないけど、歯車との相性は悪い。絡まれば歯車は止まる。つまりその歯車の人間は死んでしまうのだ。
私としては運命の歯車という言葉を使う。運命は最初から決まっており、誕生してから一緒に回り始めるのだ。
運命の神とは言われているけど、目の前の歯車にいたずらすることはあっても、あえて壊したりなどはしない。歯車はいくつもつながっていて、一つ壊れれば二つ三つと壊れてしまう。
一つ二つなら人間達なら何とかするだろう。しかし、例えば地球の半数の人類が突然消えてしまったらさすがに大変だろう。
というか、私が地球の神に怒られてしまう。私も神だけど……。
「フォルトナ。歯車を見て何苦笑いをしているのじゃ?」
「うわあ!」
突然後ろから話しかけられて変な声が出てしまった。
目の前には地球の日本という土地の神『ヒルメ』様がニコニコと立っていた。
「いえ、今日も歯車達は元気に回っているなーと思っただけです」
「そうかのう。しかし良い加減この床に落ちた歯車の掃除もせぬか?」
「うっ」
そう。
壊れた歯車……つまり死んだ人間はつながった歯車たちからぽろっと落ちて床に落ちる。一日に数千と落ちるため、掃除をしてもまた明日には元通り。
「ヒルメ様も手伝ってくれるなら」
「儂はこれでも忙しいのじゃぞ? これから会議があるでの」
「ちなみに会議内容を聞いても?」
「うーむ、儂も難しい言葉はわからぬのじゃが、『並行世界』の在り方とか時間軸に関する今後の方針だとか。とにかく『時間の神』クロノが気合を入れててのう」
うん。聞いても全く理解できない領域だね。
神の中でも序列はあって、私の場合はちょうどど真ん中。面倒な会議をギリギリ回避できる立ち位置だから楽だけど、その代わりに落ちた歯車の掃除をしないといけない。
目の前のヒルメ様は神の中でも頂点。確か日本という土地では『アマテラス』様って呼ばれているんだっけ。
「儂も人間観察の時間を増やしたいものじゃ。まあ、儂らからすれば人間の時間なんぞあっという間じゃがな」
「そうですねー。この落ちた歯車たちはたった八十年で落ちました。こっちは六十年だったかしら?」
二つの歯車をひょいっと拾い上げる。
「せっかく生まれた人間。その一生が良かったと言えるものじゃったら良いのだがな」
「そうですね。一度きりの人生ですから。二度目は無いですからね」
神も一度きりではあるが、そこに終わりという文字は無い。生まれたことを幸運に思うべきか不運に思うべきか。
いや、『運命の神フォルトナ』として生まれた私がそんなことを考えてはいけないだろう。
「そういえば地球では前世とか生まれ変わりという言葉もありますよね。どこでその情報を得たのでしょうか?」
「む? どこかの神が口を滑らしたのじゃろう。上位の神ですら意図的に前世の記憶を保持させて誕生させることは難しいのじゃが……フォルトナならできるのかのう?」
「まさか。一度壊れた歯車をもう一度動かすなんてできませんよ。例えばこの壊れた歯車をつなげて無理やり回してーとかしないと」
くるくるくるくる。
「……ね? できないですよね」
「うむ? めっちゃ回っておるな」
……あれ、いや、そんな?
大きな歯車の塊りとは別に、私が適当につなげた歯車二つが空中でくるくると回り始めている?
「む? フォルトナ! 屈め!」
「!」
急に忠告され反射的に屈んだ。すると後ろから凄い勢いで一つの歯車が通り過ぎてきた。
そしてその歯車は先ほど宙に浮かんだ二つの歯車と合体した。
「え? え?」
「この反応……一応聞くが、歯車が止まった後に動き出すという前例はあるかのう?」
「えっと、人間の心臓が一時的に止まった時、衝撃を与えれば……とか?」
そんな話をしていると、次々と凄い勢いで落ちていた歯車が吸い寄せられるように小さな歯車の塊りへ向かって、そして合体していく。
「本来あるべき群衆から外れて新たな塊りとなる。お主はどうなるか予想できるかのう?」
「あーえー、宇宙に突如人間が放り込まれて、そして全員がそこで息絶えて……この小さな歯車は一気に弾けるーかな?」
「かな? じゃ無いわ! 急ぎ『創造神』に星でも大陸でも作ってもらうぞ! こやつらを死なせるわけにはいかぬわ!」
「は、はいい!」
☆
一生の不覚。運命の神として生まれて初めての大失敗をしてしまった。
まさか二つの歯車をつなげた瞬間動き出すとは思わなかった。
さらに三つ四つと次々とつながり始めて、一つの塊になるとは……。
「というかさすがは創造の神ね。流石に一番偉い人には頼めなかったからその使徒にお願いしたけど、それでも人が住める大陸を作るなんて」
取り急ぎ作ってもらった大陸にはすでに文明もできて、地球で言うところの戦国時代くらいである。
ただし、そこに生まれた人間の半数が前世……死ぬ前の記憶を保持しているため、すぐに戦争とかは起こらなかった。
「すごーい。もう電気関連の技術を見つけたのね。これは電灯も間もなくという感じかしら?」
と、のんきなことを言っていたら後ろから声が聞こえた。
「今回の騒動の主犯は貴女ね。一発殴っても?」
「会って早々怖い事を言うわね! というか誰!」
右手をグーにして迫ってくる。いや、神様がグーパンってどうよ?
「ちなみに私のパンチは次元を超えるから『痛い』わよ?」
「痛いって話じゃないわよね! というか思い出した! 『時間の神』クロノ様じゃない……ですか!」
ヒルメ様同様神の中でも上位の神。うわあ、確か会議直前に騒動を起こしたから、クロノ様の会議を中断させちゃったんだっけ。
「貴女の所為で並行世界の概念については保留。代わりにこの『死後の世界』についての会議が始まって大変だったのよ?」
「死後の世界……?」
まあ、間違っては無いわね。一度死んだ人間の歯車が動き出した世界だし。
「そんなことよりもこの世界には行ったの?」
「え、行くって、降臨するってことですか?」
「当り前じゃない。その目で見たのかって聞いているのよ」
ここから見えるし、別にその必要は……。
「一つ気になるのよ。この世界ってどういう人間の集まりなのか」
「どういうって……亡くなった人間の歯車で構成された大陸で」
「それって、どこの星の人間?」
何を言っているのだろうか。そんなの地球に決まって……。
ふと、私は少し上空に飛んだ。
歯車の塊りは『一つ』だけでは無い。
人類が存在する星の数だけ存在する。星の数はすさまじいけれど、人類が存在する星はかなり限られている。
確かあの騒動の直前、私は『地球』の歯車を合わせた。
しかし、その後ヒルメ様は迫ってくる歯車を見つけて注意をして、私は屈んだ。その時間は数秒……。
ヒルメ様が気配を察知して注意して屈むまではそれなりの時間があった。
「少し消えてる……」
そして『死後の世界』と言われた歯車の塊りを見ると、いくつか不自然な歯車が揃っていた。
「わ……わー。この世界って『地球』の文明以外にも『魔術』や『精霊』という概念がそろった欲張りセットの世界になったのね」
「歯を食いしばる? その世界の所為で並行世界を管理する私の部下が一人過労で倒れたのよ」
「わー! ごめんなさい! 今すぐ様子を見に行きますから!」
そう言って私は逃げるようにその場を立ち去り、『死後の世界』へ向かった。
☆
神らしく神々しく降臨! っていうシチュエーションも考えたけど、その後の対応や『フォルトナ様がこの世界の神様なんだ!』なんて思われたくもなかったから、森の中にこっそり降臨。
さすがに人間の姿にならないと怪しまれるし、少し術を使って姿を変える。
金色の髪に白いローブ。ところどころ汚れっぽい模様も入れて、目は丸く……でもできるだけ目立たないほどの普通の目にしてっと。
魔力で手鏡を出して自分の顔を見てとりあえずこの世界の人間と相違ない感じなのを確かめる。
「うん。よし、これで大丈夫ね」
「ようこそいらっしゃいました。フォルトナ様」
「ぎゃあああああ!」
背中から声がした。え! もうバレた!?
「驚かせてすみません。私は『ミリアム』と言います」
「何故私の名前を?」
「心を読む『心情読破』という術を使い名前を拝見させていただきました。突然現れて怪しいと思ったので、警戒のために使ったのですが……まさか神様ご本人がいらっしゃるとは……」
青い短髪の小さな女の子。目もアイコンタクトを入れているようなきれいな青い目に白い肌。
この森にはこんな幼い子供も住んでいるのかしら……。
「って、『心情読破』って魔力の類よね? もしかして別な世界の人間かしら?」
「今のフォルトナ様の言葉で確証しました。やはりこの世界には複数の世界の人間がいるのですね。しかも共通して全員が一度死んでいる。死因に関しては老衰や事故など色々ですが、低い確率で何かしら選ばれた人間が集まった……と言ったところでしょうか?」
何この人間! なんか全部知っちゃった感じなんだけど!
「えっと、ミリアムさんはこの世界ではどういう立ち位置の人かしら?」
「私は地球と呼ばれる星の人間と地球外の人間の間を取り持つ立場です。今は野草を取りに来たのですが……偶然とは時に恐ろしいですね」
運命の神が偶然で出会った人間に色々と負かされているんだけど……。
「ま、まあ、貴女のように地球とそれ以外の世界を取り持ってくれる存在がいるなら一安心ね。正直この世界は間違って作っちゃった感じだったから、争いがあったら少々手荒なことをしてでも抑えないとって思ったのよ」
「いえ、結構大変でしたよ。最初は言葉も通じず、地球外の土地出身者は魔術を使えるために上下関係がすぐにできてしまいました」
「そうなの?」
「ですが、一年経たずに地球の方たちがありえない速度で町を建設し、魔術を使わずに武器を作り出したのです。そこからは『まずお互い何故ここにいるのかを考えよう』という形になったのです」
なるほど。そもそも死後の世界みたいなこの場所でもう一度命を落とすなんてもったいないことはしないだろう。
「てことはやっぱりこの世界は魔術も存在するけど、地球の文明もある世界ということかしら? 凄い世界になりそうね」
「そうですね。地球の学者と呼ばれる方々から色々と原理を教えてもらいましたが、正直恐れ入りました。逆に地球の方には魔術について一切理解されませんでしたが」
「それって、完全に魔術が使える世界の人たちが有利になるんじゃ?」
「地球の技術を理解できるのは限られています。知る限りでは私くらいかと。この世界にいるかはわかりませんが私の妹も話を聞けば理解できるかなという難易度と思いました」
「へえ。妹さんがいるのね。いるかわからないという事は、まだ見つかってないのかしら?」
「学者で同じ名前の方はいたのですが……男性でした」
まあ地球では同じ名前なんて沢山いるし、そうなるわね。というか歴史的学者までもが生き返ったってことは結構文明が大変な事になりそうね。
「ところでフォルトナ様はどうしてここへ?」
「え? ああ、ちょっと視察よ。色々な世界が混ざり合うと大変なのよ」
「そうでしたか。でしたら私の村まで来ますか? そこは文明も発達していないので、フォルトナ様を見てもきれいな方としか思えないでしょう」
褒められているのかどうかわからないわね。まあ、ついて行くしか無いわね。
☆
到着した村は田舎……と少し都会の中間?
服や金属はそれなりに加工されているのに、家はレンガ作りの電気が無い文明がゴチャゴチャに混ざり合った状態である。
「ミリアムさん、お帰りなさいませ」
「良い肉が取れましたぜ!」
「おや、そちらは?」
「遠方のお客様です。ちょっと大事な話をするので緊急時以外は控えてくださいね」
「へい!」
そう言って村の人たちは去っていった。
「あ、大丈夫です。フォルトナ様は美しいですよ」
「いや、誰も見向きもしなかったことに対して気にしてないから! 普通に慕われているんだーって感心してただけだから!」
人間の感情なんて正直どうでも良いけど……このミリアムって子だけは底がわからない。
「入ってください。外には『認識阻害』という人を避ける術を使いますので、密談も可能ですよ」
「一応言うけど私は神だから『認識阻害』くらいわかるわよ。人間の魔術や精霊の精霊術も把握はしているわ」
「失礼しました。なんせ神様は初めてなので、どう反応して良いのか」
「まあ良いわ。それで、この世界では争いや異変は起こってないのかしら?」
「今のところ……というべきでしょうか。私もここに来て一年。おそらくこの世界についてある程度の人間が慣れ始めた頃から戦争や略奪は出てくるでしょう」
「どうしてそう思うのかしら?」
「私の前世の死因は老衰です。ですが今の姿は十代後半。町の人間を見ると年齢はバラバラで、間もなく亡くなる方も出てきます。ここは人間の考える『あの世』とは異なり、別の世界へ転生したと考えるのが自然でしょう」
「続けて」
「そして地球には歴史に名を遺す殺人鬼や、私の世界でも有名な悪魔使いなどが存在します。もしこの世界の時間も有限だとわかれば、前世でのやり残したことをやるのが人間です」
ふむ。クロノが心配しているのはこの辺りなのだろうか?
「いえ、おそらくそのクロノ様という人が心配しているのはもっと他の事だと思いますよ?」
また心を読んだのかしら。というか神の心を読むってこの子……本当に何者なの?
「どういうこと?」
「少なくともこの世界に来た人たち全員は『転生』という体験をしました。つまり、地球の学者と魔術の学者が手を取って転生を発見し、元の世界に帰った場合、どうなるでしょう?」
……どうなるの?
「地球にとって魔術は禁忌です。怪しい術を使えば『魔女狩り』という死刑すら行われる世界だそうです。しかしあくまで『怪しい』だけで実際は仕掛けがあるだけ。ですがこれが本当に手から火を出せばその人は本物の兵器となり争いの種になるでしょう」
「……」
「そして私の世界『ミルダ大陸』という世界なのですが、ここでは数学や化学の知識は乏しい。しかしそこへ地球の学者が行けば、文明が超加速してしまいます」
すさまじい事を考えているわね。と言ってもそうなる可能性は高そうだけど。
「唯一の救いが『言葉』。地球の方々は私の世界の言葉を話せないので、簡単には広まりにくいということで留まっています」
魔術を使う世界の人間は地球の人間に魔術を使って意思疎通をしているという事かしら。魔術がない世界というのも不便そうだけど、地球はそれを差し引いて凄い技術があるのかしら。
「おおよそ理解したわ。一番危険と思われる状況も把握できて、それにこの世界では一番理解している人とお話ができて、良かったと思う」
「力になれたなら良かったです」
「最後に良いかしら?」
「なんでしょう?」
「この世界で一番危険な人は、多分貴女ね」
「っ!」
私は躊躇いもなく右手から炎を放った。普通の人間なら間違いなく跡形も無くなるだろう。
が。
「……さすがに……神様の力は一発が限界です」
「そうかしら? そもそも一発でも耐えれた貴女はやはり脅威ね」
「お願いです」
「ん?」
体中の色々な部分から血を出しながら膝を地につけて頭を下げた。
「どうか、妹と……フーリエに会うまでは生かしてください。一生監視しても構いません。この場で死ぬわけにはいきません!」
抵抗する意思が感じられなかった。
「一生監視って……まあ地上に目は欲しかったけど……」
少し悩んだ。
しかし、この世界で一番脅威と思った人物を配下に置けば、私も少しは楽ができるかしら?
クロノ様の怒りの鉄拳もこの子を配下に置けば幾分落ち着くだろう。
「わかった」
その瞬間だった。
足元が突如光り始めた。これは……悪魔と契約するための術式!?
何かを対価に自分を配下にするという人間が作り出した最悪の術!
「ふう、良かったです。とても素直で……『馬鹿な神様』で」
「なっ! 何を!?」
「『悪魔契約』です。相手を悪魔に見立てて対価を示し、それに同意させた後自分の配下に置くものです」
「何を……配下は貴女じゃ」
「『妹と会うまでは生かしてください。一生監視しても構いません』。一生監視されるという対価の代わりに私を生かす。この条件に貴女は同意しました」
むくりと起き上がった少女。よく見たらその地面には血で文字が書かれていた。
「『悪魔契約』の文字……」
「驚きの世界です。この世界では神を悪魔に置き換えて契約を行える。調べることが増えました」
「くっ、使いたくはなかったけど!」
一応私は『運命の神』。さっきの契約を捻じ曲げることくらい……。
できない?
「私は前世で世界の理を知りました。仕組みも調べました。人の一生についての『歯車』についても知っています」
この人間……一体どこまでの領域まで達して!
「すでに勝ちは見えていましたよ。一度壊れ落ちた『歯車』が再構築された場合、それはもう貴女の管轄ではない!」
なっ!
「安心してください。私はただ妹に会うために生きるだけです。無駄な争いはしません。ですが」
そう言うと、地面から大きな翼の生えた目玉が現れた。これは……悪魔?
「妹との再会を邪魔するものは人間や精霊、神だとしても立ち向かいますよ」
拝啓ヒルメ様。
お元気でしょうか。
私は元気ではありません。
運命の神が運命を狂わされ、あげく神が悪魔契約で人間の配下に陥ってしまいました。
この世界の運命は歯車では言い表せない何かで作られています。
どうかこの世界から他の世界へ何か影響が出ないことを祈ります。
追伸。
クロノ様、ごめん。
こんにちは。いとです。
本作をご覧くださり本当にありがとうございます。
いつも短編に関しては何かしら自分の中で一つの柱を決めており、今作に関しては『普通の転生ではなく、理由がある転生』という形で書かせていただきました。
運命を何か別のものに例えること自体は色々な作者様の作品でも見かけますね。恋愛でしたらやはり『運命の赤い糸』が定番ですよね。ご縁という漢字に「糸へん」がついているので、この言葉や漢字を考えた人は凄いなーと思いました。
今作では糸ではなく『歯車』をメインに書いてみました。世界線を糸で表した場合、どうしても『転生』の表現ができなかったので、今作では歯車となりました。
歯車は壊れたら付け替えることでまた回り始める。そういう意味でも色々と想像が膨らむかなーという考えから描き始めましたが、付け加える要素を入れずに物語が終わっちゃいましたね汗
少しでも楽しいと感じて下さればうれしいです!
また、活動報告や現在執筆している物語もご覧に頂ければと思います!