【極悪令嬢を拾いました】 プロローグ
僕のご主人様は怪物だ。
なんて、本人を前にしては決して口にできないけれど。
町からお屋敷への帰り道、ふとそんなことを思った。
木々が風に揺れる音と川のせせらぎを聞きながら、森の中を歩く。木立が密生していて、昼間とはいえ薄暗い。湿った空気が立ち込めている。
「日が暮れる前に帰れないと」
この森は夕方になれば上級の魔物が現れる。魔法も剣も扱えない、ただの庭師である僕はすぐに殺されてしまう。嫌な未来を想像したら寒気がした。想像が現実にならないように僕は足を速める。片手に握るバケツの中の硬貨がジャラジャラと音をたてた。バケツの中には、さっきまでたっぷりの水とお屋敷で採れた花や薬草が入っていた。今は花や薬草に代わって硬貨が入っている。
「ん?」
キラリと川のほとりで何かが光ったのが見えた。金目になるものだったら嬉しいな。僕はソレのそばに近づいた。
ただ美しい、と思った。ソレ――いや彼女は岩場に引っかかっていた。年は10代後半、僕と同じくらいだろうか。陽の光に照らされて、残雪のように輝く銀髪が特徴的だ。病的なほど白い肌をしている。意識を失っているようで、目をつぶっていても彼女が人間離れした容姿をしていると分かる。
ここに来るまで何があったのか、彼女の服はびりびりに破け豊満な胸がちらりと見えている。見えそうで見えない乳首にドキリとして僕は反射的に彼女から目をそらした。
彼女は一見すると「人間」のように見えた。
彼女の各関節は球体で、つなぎ目に切れ込みが入っていた。また、左胸の中央部分には10センチくらいの歯車が埋め込まれていた。
「ねぇ、あなた。聞いた? 極悪令嬢の噂。なんでも王都で人喰い事件があったんだって。殺されたのはある伯爵様で、殺したのは彼の娘らしいわ。恐ろしい話ね」
町に商品を売りに行った時、噂好きの町娘が話していたことが頭をよぎった。
伯爵様を殺した娘は輝くような銀髪に異様に白い肌を持つ、人間とは思えない見た目の持ち主らしい。
「まさか……ね」
僕は彼女をじっくりと見た。
噂には続きがある。伯爵様を殺した後、娘はぺろりと彼を食べてしまったらしい。
「あい……て、ます…………はく、しゃ……ま」
愛しています、伯爵様。
彼女の口から漏れ出た言葉だった。
愛していた人をなぜ殺したのだろう。まして食べるだなんて。愛ゆえに、だろうか。いや、噂は尾ひれがついたでまかせで真実は違うのかもしれない。僕には分からない。
奇妙な女だ。恐ろしい女だ。何故か不思議な魅力のある女だ。
「彼女なら、もしかしたら。きっとご主人様の呪いを……」
――一抹の望みを胸に、僕は極悪令嬢をお屋敷に持ち帰ることに決めた。