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3

 

 足を止めた瓦礫の道の両側、ビルにすると二階建てくらいの石造の建物はまるでコンクリートブロックを積み上げた様な簡素な造りをしている。

 片方の外壁は崩れ、もう片方の外壁には火事にでもあったのか、黒い煤が這っていた。

 まるで人家の並びとは呼べない灰色の風景の中、吊るされた洗濯物だけが色を放つ。


 アルコは二つの建物を見比べる様に顔を左右に振る。同時にピクピクと小さな鼻と耳を動かし気配を探っていた。

「ぎにゃっ⁉︎」

 ——が急に背中を撫でられ跳び上がった。バタバタと空中を掻くように手足を暴れさせ、ビアの頭上へと逃げる。

 

 その犯人・・はクカカと笑い、毛を逆立てるアルコの前で指を振った。その仕草はアルコに「まだまだだな」と言っている様だ。

 

プラス(・・・)二人、子供だな」

 

 そう言ったヴァインの指差す先に子供の顔が見えた。ドアの代わりに張られたカーテンの隙間、積み重なる様に顔が並んでいる。灰色の髪をした少年と、まだ幼さの残る栗毛のポニーテールの少女。その表情には警戒と怯えが色濃く出ている。

 

「……子供は苦手なんだ」

 五人と言った自分の読みが外れ、アルコは少し悔しそうにそっぽを向いた。両の建物には実際、七人いるらしい。


「まあ子供でよかったじゃねえか。害はなさそうだ。他のやつらは知らねえがな」

 

 ヴァインは「兄妹かな」と子供達に小さく手を振る。その眼から剣呑な輝きは消えている。元々下がり気味の目尻を更に下げ、笑顔を作ってみせるが、兄妹と思しき二人はびくりと顔を引っ込めた。

「んだよ可愛くねえっ」

 

「こんにちは」

 ザッと地面を蹴り上げたヴァインに代わり、ビアはアルコを胸に抱き、その手を振った。ピンクの肉球をぐっと開き、アルコは抵抗する様に身悶えする。犬歯を剥き出しにしたその口からは「ニャー」ではなく「やめろやめろ」と人語が溢れていた。


「猫ちゃん!」

 

 その効果あってか、少女が飛び出す様にしてカーテンを開けた。「あっ」と少年が止める様に手を伸ばしたが走り出した少女には届かない。

 

「ミシェールっ!」

 

 少女を追い、走ってきた少年が奪うようにして少女——ミシェールの手を取る。少年のもう一方の手にはひしゃげた鉄の棒が握られていた。

 引っ張られるように少年の背に回されたミシェールは瞳を潤ませ、少年の肩口からアルコを見ている。

「に、ニャア」

 自分なりの気遣いか、ミシェールに向け、ぎこちなく猫が鳴く。

 

「あんたら、ファミリーの人間じゃないな。何しに来た」


 歳の頃は十三、四。背丈の程はアルコと変わらない。痩せた身体、乱雑に切られた灰色の髪。前髪に隠れる様にしている片眼は傷によって塞がれていた。

 隻眼の少年は刀の鋒を向けるようにヴァインの顎先に鉄の棒を向ける。


「ここはそういう感じ(・・・・・・)か」

 

「僕たちはっ——」

 何かを言おうとしたビアを遮る様にヴァインは両手を上げた。突き付けられている棒が、まるで銃であるかの様だ。

 

「おい第一街人。初対面の人間に鉄の棒を向けてはいけません。そう習わなかったか?」

 

 言うや否や、鉄の棒を掴み自分の方へ引き上げた。その思わぬ膂力に少年の身体は握り締めていた棒ごと浮きそうになる。

 すっぽ抜ける様に鉄の棒が手から離れ、少年が両膝を突いた。

 

「こうなる可能性がある。これが銃じゃなくてよかったな」

 

 少年が顔を上げた時には既に状況は逆転していた。ピタリと額を狙う鉄の棒は、まるで微動だにしていない。その奥にある男の顔は、悔しさと恐怖で滲み、表情までは分からなかった。

 

「悔しかったら強くなれ。弱いんだったら隠れてろ。ただ、守りたいもんの手は離すな」

 

 厳しくも優しい言葉。強い。誰だ? 目的は? 敵じゃない? ——と少年の思考はぐるぐると廻る。

「ほれ」と返ってきた鉄の棒を気が抜けた様に受け取った。

 

「ミシェールも、猫なんかに釣られる様じゃレディとしてまだまだだ」

「……うん」

 

 ヴァインは視線を合わせる様にしゃがみ、落ち着いた声色で言う。その言葉にミシェールは素直に頷いた。そして小声で続ける。

 

「あいつはとんでもない化け猫なんだぞ。ミシェールなんか一口でペロリだ」

「おいこら聞こえてるぞモジャモジャ」

「ほらみろ、人の言葉を喋った!」

 

 戯けて言うヴァインにミシェールが悲鳴を上げる。だがその顔は笑顔だ。猫が喋ることにはそれほど驚きはないらしい。

 膝を突く少年は「は?」と眼を丸くしていたが。


「おっと……」

 色濃くなった気配にヴァインが立ち上がる。騒がしくしていたことが原因か、建物の窓から覗いている顔が幾つかあった。皆一様に怯えと不安を浮かべ、歓迎している様な顔は一つもない。

 まるで言外に出ていけと言っている様だ。

 

「俺らは捜し物の途中なんだ。見つかったら出ていくよ。出来るだけトラブルは——」

 

「おいおい! 誰だテメェらァ!」

 

「——避けられそうにもないが」

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