鳥のいる風景 5
「ほら、武が座っているよ」
サイドブレーキを引きながら聡がさりげなく言う。見れば縁側に一人、若い男が所在無げに座ってお茶を飲んでいる。若さと言うものを感じさせないほどにやつれ果てていることを除けば、あれは確かに武以外の何者でもなかった。かつて祖母がそうしていたように、車から降りる俺を軽く一瞥して、頭を下げて申し訳程度の笑顔を浮かべると、また自分の前に置いてある湯飲みをまじまじと見つめ、何事も起こらなかったかのようにそれを啜った。
「いつもああなのか、武の奴」
「武の奴、お婆ちゃん子だったから。帰ってきてから、いつだってあんな感じで座って、周りの人が何を言っても知らないふりをしているんだ。まあ、大人しくしていてくれるだけ、こっちも助かるけどね」
そう言って笑う聡の表情に尋常ならざるものを感じながら、俺は聡の差し出す荷物を受け取ると引き戸を開けて家に上がりこんだ。
家の中は閑散としていた。たぶん昔のこの家の有様を知っているだけにそう思えるのだろう。玄関に置かれた鷹の剥製。かつてこれは武の悪戯の格好の標的だった。俺が最後に見た時には、紫色の鉢巻と、おもちゃのサングラスが取り付けられていたが、今ではただ聡の虚栄の象徴以外の何の意味も持っていないようだった。真っ直ぐに延びる廊下も、塵一つなく、壁一面に貼り付けられていた車とバイクのポスターもすべて剥がされたばかりでなく、画鋲の跡までみごとに消えていた。
そして何よりも、家中あくまで静まり返っていることが妙に不自然に感じられた。かつてなら三番目のドアの向こうから、不必要な音量で流れていた筈のロックのビートも聞こえない。聡はまさにその扉の前に来たところで俺を追い抜き、ドアを軽く押し開けた。
「ここを使ってくれ。しばらく使ってなかったから汚いかもしれないけど、まあ自由にしていいから」
そう言った聡の言葉が自信を持っているように感じられたので、俺はすばやくその部屋の中に入り込んで、聡が入り込む前にドアを思い切り閉めた。
抜け殻のように閑散としているはずの部屋が、不思議に息苦しく狭苦しく見える。壁はすっかり塗り替えられ、ありふれた応接セットと巨大なベッドが置かれたその部屋も、俺にしてみればきわめて場違いで不釣合いなものに感じられた。あの武が使っていた頃の垢抜けた野生というものはそこには微塵も残ってはいなかった。
ドアが開いて、若い女が入ってきた。真っ直ぐにテーブルのところまで来て頭を軽く下げ、盆の上の茶をそっと置いた時、初めてそれが今の聡の妻となった真由美だとわかって少しばかり気恥ずかしく思った。俺が三十三だからもう三十になるわけだ。昔と比べると少し痩せたように見えるが、細く切れ込んだ眦と、その意志の強さとやさしさを無理もなく表現してみせる口元は少しも変わることはなく、俺が「若い女」と思い込んだのも無理もないようにそのきめの細かい肌は蒸し暑い空気の中、淡く反射しながら俺の視界の奥底にある甘い思い出を緩やかに解凍し始めた。
「そんな気を使わなくてもいいよ、それほど長くいるわけにはいかないけど。それとこれがお土産、時間がなかったから地元の駅で買ったんだけど、見本を見たら、こいつがなかなかうまそうに見えたから・・・」
「そうですか・・・、それはまた結構な物を・・・」
馬鹿話をして間を持たそうとする俺の安っぽい視線が真由美の黒い瞳と初めてであったとき、まるで下女でも見るような突き放された気分だけがそこに残っていた。彼女は俺の手にあるカステラの入った箱を持つと、入ってきた時と同じように音もたてずに木目調のドアに消えていった。俺はそのまま用意されていた馬鹿話を飲み込みつつ荷物を部屋の隅に押しのけた。
久しぶりの墓参りがこんなことになるとは思わなかっただけに、俺は少なからず動揺する自分をあざ笑ってみた。狭苦しい部屋に一人で座っていることは今の俺にとって、あの駅を降りてからの俺にとって、また、あの奇妙な鳥を見た後の俺にとっては苦痛以外の何者でもない。俺はドアを開け、廊下をゆっくりと下り、裏口の通路まで来た。




