鳥のいる風景 4
それはまるで団子かなにかのように大木に開かれた深淵の中に供えられていた。俺の足音に驚いたのか軽くその身を震わせたとき、俺は狸かなにかが木の中で眠っているのかと思って、足を忍ばせ近づいてみた。そいつはその気配を察してはいるがどうしたのもかと思案しているのか、同じ様な調子で体を揺すりながらじっとその場に蹲っていた。近づくに従って、その洞穴に住む毛玉の黒褐色の光が獣の毛皮の光とは違う何処かしら乾燥した雰囲気をたたえていることに気付いて俺は足を止めた。俺は何気なく近づく速度を速めた。まさにその時だった。
その毛玉の中央部が真っ二つに裂け、その中央に真っ赤な口が開かれた。人面鳥の叫びにも似た背筋の凍るような叫び声が俺の耳に向かって突進してきた。俺はそのまま足を滑らせ、ふくらはぎを木の根に嫌と言うほど打ち付けた。その音に気をよくしたようにもう一度、その悲鳴は俺の耳元を掠めて後ろの森へとばら撒かれ、鳥は勢いにまかせて洞穴から転がり落ちる。逃げるのか、俺を誘っているのか、判断に迷うような足どりでそいつは草むらに消えていこうとする。俺はその後をつけようと足に力を入れるのだが、踏ん張った調子に靴の踵が木の根の間に挟まっている事に気付いてようやく思いとどまる。
そいつは聖域の果てまで来て何を思ったのか一度だけこちらを振り向いた。
視線が合った。なぜかそう感じたのは、それまで気がつかづにいたがま口の上の澄んだ目を見つけたせいかもしれない。それはこれまで見たどんな人間の目とも違う、それだけはその時にははっきりとわかるような目だった。人を動物の位置まで引き釣り降ろすような目としか表現のしようが無い。ほんの数秒の間のことだったろう、しかし、その間俺は動く事もままならず、思いもかけない不気味な生き物の登場に気が動転しているにもかかわらず、じっとその目を見つめてそらすことはなかった。
一声、あの耳を切り裂くような叫び声を上げると鳥は木の陰を縫うように消えた。ようやく気付いたように、俺はその消え去った草むらに目をやったが、何処に行ったものか、草一つ動くことも無く、生き物の気配と呼べるようなものはみじんも残っていなかった。諦めて俺は車の方に向かって歩き出した。
車のそばまで来て軽くあたりを見回すと、相変わらず聡がご神体の前に座ってなにやら一心にその前に積み上げられた小石をいじくっている有様が目に入った。俺は無言で車の中に乗り込んで、わざと聞こえるような大きな音をたててドアを閉めた。その音に驚いたかのように急に飛び上がる聡を少し滑稽に思いながら、何事も無かったような表情を作って、目を丸くして俺を見つめて来る聡の濁った目を冷たく見返してやった。聡はそんな俺の目にあわせるかのように情けなさそうな笑いを浮かべながら車に乗り込んだ。黙りこんでいる俺を聡は不思議そうに見つめている。昔なら俺の蹴りが後頭部に飛んでもおかしくない。きっとそんなことを考えているのだろう。
車は狭い広場をゆっくりと一回転するとまたあのガタガタ道へと入り込んだ。たまに俺がバックミラーを覗こうとすると、聡の恐怖に歪んだ目が視線から消えていくようなことが何度と無くあった。そうしてだらだら坂も終わり、右手に初めてタバコ屋が視界に入ってきた。道は林道のときよりもさらに細くなり、さらにあちらこちらに止められた軽トラックのために何度と無く俺の乗った大型車の車体が大きく傾くようになった。そしてその傾く頻度が多くなるにつれて、背中にまで浮かんでいた聡の俺に対する恐怖心が少しづつ和らいでいくのがわかった。そして俺も、少しづつこのありふれた田舎の空気に体が慣れてきたのか、次第次第に昔の俺のように珍しげに朽ちかけた土蔵の白壁や、その隣にそびえる二階建てのコンクリートの住宅や、派手に塗装されたバンの後ろに貼り付けられた人気歌手のステッカーと言ったものを眺めるだけの余裕が生まれてきた。
そんな俺の視線も、大きな長屋門をくぐったところでようやく現実世界に引きずり下ろされた。隣の養鶏場から響いてくる悲しいほどに滑稽な雌鳥の声、アメリカシロヒトリの巣を幾つと無く釣り下げた桜の木、何一つ変わることの無い俺の親父の生家。




