鳥のいる風景 2
「お客さん、何か待ってらっしゃるんですか」
マスクをしていない方の駅員が後ろからそう訊ねる。二人は相変わらずお互いに牽制をしながら突っ立っている。
「いや、たぶんバスぐらいあるかと思ってね。十年前に来た時は確か走っていたような・・・」
「いやだな、お客さん。この駅にバスが走っていたことはただの一度もありませんよ。少なくともあたし達がこの駅の駅員になってから近くの小学校の遠足のためのバスが止まるくらいでそんな路線バスなんか一度だって来た事はないですよ」
俺はその奇妙なほどに親切ぶった視線を逃れるべく残忍な日差しの照りつける広場に出た。二人は一度戸惑ったようにお互いの顔を見合わせたままその場に突っ立っていた。
照りつける日差しにどうにも耐えられなくなって日陰に後ずさりを始めたとき、駅前のロータリーに一台の黒い大型車が止まった。俺は一人、公衆電話すらない駅の改札の前でこの暑さにはふさわしくない深紅のネクタイを締めた男をぼんやりと見つめていた。ちらちらと俺のほうを見つめ、軽く右足を踏み出して俺のほうに向かおうとするが、少し気が変わったと言う様に一度首を傾げて、そのまま立ち止まる。かつて俺を同じようにして迎えた事が何度と無くあった時そのままに目を伏せてようやく決心がついたかのようにして向かってくる。変わらない七三わけの脂ぎった髪の下にある顔が、少しだけ昔より太っているように見えた。
「いやあ、待たせたね」
相変わらず消え入るような小さな声、そのくせ語感は一つ一つはっきりとしている。決して俺と視線を合わせようとはせず、ただうつむいたまま俺がゆっくりと車に向かって歩き始めるのを待っている。
「荷物、持とうか」
俺は一語一語、間違えることを恐れるかのようにゆっくりと話す聡に、俺は持ってきた荷物を差し出した。奴はようやく安心したようにそれまでの不安げな足どりが少しだけ軽快になっているように見えた。聡は車のトランクを開け、まるで貴重品でも扱うように丁寧に俺の荷物をその中に入れる。俺はオートロックによって解除された後部座席のドアーを開き、昔のように無造作に座る。
「一応、禁煙だから・・・」
遠慮がちにそう呟いて聡は運転席に座った。俺は取り出しかけた煙草を胸のポケットにしまうと開け放たれた窓から顔を出して生暖かい風を思い切り吸い込んでは吐き出した。
「さっき、健一が話してたの・・・、あの二人、双子なんだよ」
俺は何気なく頷いた。気の利いたことを言ったつもりが、とうに見透かされていたことを恥じるように、聡はかつての卑屈な笑い声をもらして道なりにハンドルを切った。道は舗装されてはいるものの、予算が足りないのか、路面はかなりの部分がひび割れていて、時折、タイヤが大きめの石を踏みつけるたびに前輪が軽く跳ね上がる。俺は振動を受けるたびに足を踏ん張って自分の体を支えていた。左右に広がる畑には生える草も無く、表面の砂が弱々しく山から吹き降ろす風と車の起こす衝撃波によって巻き上げられ、開け放たれた窓ガラスから入り込んでくる。
「名札を見たから知っていると思うけど、さっきの双子は鈴木っていう苗字で、兄貴が亮二、弟が敬一っていうんだ」
名札を見ていなかった俺はそのまま黙って空を見上げていた。七月末、悪意のこもった夏の日差しが、汗をかくのをやめた俺の肌を咎めるように突き刺さってくる。聡にも同じように日差しは照りつけているはずだというのに、奴はまるで真冬の冷気に耐えているかのように首をすぼめ、ハンドルに覆いかぶさるようにして車を走らせていく。
「そういえば武はどうしたんだ。高校出てすぐ家出したって聞いたけど、あれから何も言ってこないのか」
ふと無意識にこぼれ出た言葉が、妙に厭らしい香りを持って俺の口の中で反響する。聡の丸められていた背中が一瞬垂直に伸び、バックミラーに曇りきった奴の目玉が落ち着きも無くさまよっている様が映し出される。俺は少しばかり後悔しながら、それでもかすかに残った好奇心を顔一杯に引き延ばして、奴の一見冷酷そうにも見える薄すぎる唇からこぼれだすであろう言葉を待ち受けた。




