第一の試練①
彰がユーフィリアに連れられて転移したのは、周囲を緑に覆われた森林のような場所だった。ここで何をさせられるのかと思い、少し不安になる彰であったがとりあえずユーフィリアに話を聞こうと尋ねる。
「あ、あの、ユーフィリアさん、俺はここで何をすればいいんですか?」
「あらあら、我が主には敬語を使わないのに私には使うのですね。面白い子です。」
そう言いながらユーフィリアはクスクスと笑う。
「い、いや、なんか神様は最初神様に見えなくて馬鹿にされてるのかと思ってたから敬語を使おうと思えなくて…敬語に直す余裕もなかったんでそのまま喋っちゃってました…あ、主をそんな風に扱われたらそりゃ嫌でしたよね…機嫌を悪くしてたらすいません…」
「いえいえ、いいんですよ。あの方も敬語じゃない方が嬉しいでしょうから。それに私にも敬語じゃなくていいんですよ?むしろその方が嬉しいです。」
そう言いながら微笑むユーフィリアは、やはり慈愛に満ちた雰囲気を漂わせ、どこか母性を感じさせる。
「う…善処します…今まで指名手配されててあまり女性と接することが無かったので女の人にも慣れてなくて…今すぐはちょっと…」
「ふふ、ではいつか敬語を外してくれれば大丈夫です。その時を楽しみにしていますね?
おっと話が逸れてしまいました、第一の試練の内容でしたね。」
ユーフィリアに猶予が与えられてホッとする彰。だが試練の内容を聴き逃してはいけないと身構える。
「この場所で半年生き残ってもらうこと。それが第一の試練です。私は手助けできませんので頑張ってくださいね?」
「ここで……半年……?」
手元には食料も無ければ水も無い。今まで指名手配されていたとはいえ、義盛の残したお金を使い、節約しながらも食べる物には不自由せずに過ごしてきた彰には衝撃的すぎる一言であった。
「ここにはモンスターも出ますが、神堂様なら大丈夫でしょう。では私は見守っていますが、会うのは半年後になります。我が主も仰っていましたが手助けはできません。ではお元気で。半年後を楽しみにしております。」
「ちょ、モンスターって……」
彰が全てを言い終わる前にユーフィリアはニッコリと笑顔を作り、ここに来たときのように宙を指でなぞりその姿を消した。
「嘘……だろ……俺ならモンスターが出ても大丈夫って、なんの根拠があって言ってるんだ……?ってか普通にモンスターって言ってたけどモンスターって何?ゲームに出てくるようなやつ……?」
神になるための試練と聞いて、ある程度は覚悟をしていたが、神様は第一の試練は修行的な側面もあると言っていたのでもう少し面倒を見てもらえるものだと侮っていた。
「修行ってそういうことかよ…とりあえず当面の住む場所の確保、水と食料をどうするか。ってのを考えなきゃか……」
「ガサッ」
「っ!?」
近くの茂みが揺れる音が聞こえビクリとそちらを見るとそこには皮膚が赤く、鼻の近くから大きく上に反った黒い牙を持つ、彰の2倍くらいの高さがある猪が顔を覗かせていた。
(こいつが……モンスター……?いやいや無理だろどうやってこいつをなんとかするってんだよ……)
「ブルルルルルゥ」
そうやって唸る猪がこちらに対して威嚇をしていることが彰には何となく分かってしまった。
(どうすればいい?死んだフリ?いやいや無理だろ…だとすれば…)
「逃げるが勝ち!!!」
そう言って駆け出す彰。だがそれにつられて猪も追いかけてくる。
「こっち来んなああああああああぁぁぁ!」
バキバキと木をなぎ倒しながら走ってくる猪から逃げ続ける。速度的には向こうが上なのだが、猪は直線的にしか動けないのか一々こちらを向いてから走ってくるのでなんとか逃げ続けることができる。
(くそ!足場が悪くて思ったより走るのがキツい!このままだと先にこっちが体力切れて捕まる!嗅覚で分かる可能性はあるけど、体力切れて捕まるくらいなら隠れられる可能性にかけるしかない!)
走り続けて酸素が足りなくなっていく頭で必死に次の行動を考えつつ走る。だがそんなことを考えながら足場の悪い中を走っていたことが災いし木の根に躓く。
「いったあああああ……ってやべえ!立ち止まってる場合じゃねえ!!」
だがそんなことを考えているときにはもう既に遅い。猪が近づく音が聞こえてそちらを見ると眼前にまで迫る猪に身が竦む。
「がっ!?」
そのまま猪に弾きとばされた。そのまま地面を何回かバウンドし、感じたことのない痛みが身体を襲う。
「ぐうっ!?んだこれ……」
そのまま死んでしまうのではないかと思う痛みであったが、そのままではまた猪の餌食であることは先程身に染みて知らされた彰は痛みを何とか堪えながら動く。
何メートル飛ばされたのか分からないが、彰が飛ばされた場所は先ほどの森林とは違い木は生えておらず、硬い地面とその先にはそびえ立つ高い崖が見えた。そしてその崖には彰1人がなんとか通れそうな洞窟があることに気付く。
(あそこなら……!)
そう思い急いで洞窟の中に入ると、そのまま猪が洞窟へ突っ込んでくる。
「おわっ!?」
もう無理かと思ったが、彰1人くらいの高さしか無い洞窟に猪は頭を突っ込ませることしかできず何度もそこに体当たりをする。
「ブルァ!ブルァ!」
逃げるな!とお怒りなのだろう。ここにいたらヤバいと思い洞窟の中へと進もうとする。
「悪いな猪、今回は俺の逃げ勝ちってことで」
痛む身体を何とか動かしながら奥へと進もうとすると、諦めたのか猪もその場から離れていく。
「諦めたか……」
この洞窟がどこに続いているのかは分からないが、出口が入ってきたところにしか無かった場合は猪がそこにいる間は籠城しなくてはならない。猪がさっさと諦めてくれたのは彰にとっては僥倖であった。
「まだ近くにはいるだろうし、少し休んだらこの洞窟がどこまで続くのかを見に行くか……」
誰に聞かせる訳でもなくそう独り言を言い、とりあえず壁に寄りかかる体制で座って猪がぶつかった身体の状態を確認する。
「あれ喰らって痛いだけか……頑丈に産んでくれた両親に感謝だな…顔も名前も知らんけど。」
痛みもなんとか収まり、洞窟の奥を目指し歩き出す。
「これが崖の反対に繋がっててくれたりするとあの猪と会わずに済んでありがたいんだけど……」
そんな彰の願いも叶わず、少し行ったところで洞窟は行き止まりになっていた。
「はぁ……やっぱこうなるよな……」
とりあえずここを寝床にしようと考え、未だ見ぬ食料と水に考えを巡らす。
(硬い地面だし、猪より小さいモンスターが入ってこない確証は無いけど寝床は確保できた。でも食べたり飲んだりしなきゃいずれ死ぬ。まだ出会った生物はあの猪だけだし、アイツは殺して食料にできるような相手じゃない。少なくとも武器とか罠が無ければ無理だ。そもそもモンスターって食えんのか?)
そう考えていると、ふと首筋に痛みが走る。
猪に飛ばされたときに捻ったのかとでも思い首を回すと。ソレは視界映った。今まで暗くて見えていなかった大きくただただ黒いヘビがそこにいた。
「シュルルルルルルルル」
「え?あ……」
驚く暇も無く彰の身体から力が抜ける。
神経毒か何かなのだろう。身体がピクリとも動かない。声も出なくなった。
神堂彰はまた死んだ。