公務執行妨害
「はっ、はっ、はっ……」
銭旗から逃げ続けて小一時間、ようやく銭旗の姿が見えない所まで逃げた彰は、路地裏で息を整えていた。
「ようやく撒いた……体力には自信あったんだが、あのじいさんしつこすぎるぞ……」
大ベテランといった風格を持つ銭旗は、見た目はお世辞にも若いとは言えず、もうすぐ定年なんじゃないのか。といった風貌をしていたにも関わらず、小一時間も体力に自信があった彰を追い続けたのだ。
「ああ、クソ。もうこの街にはいられねえな……とりあえず1度アパートに帰ろう。」
元々彰はネギを買いに行くためだけに外に出てきたために、外に出るための必要最低限のものと袋に入ったネギしか持っていなかった。この街から出ていこうにも準備が必要だ。
「それに、出て行くなら伝えておかなきゃいけない人もいるしな……」
13歳の時に1人になった彰であったが、13歳の子どもが1人で住む場所を確保できるほど社会は甘くない。この田舎には、彰の身の上を知った上で1人で住む手助けをしてくれた人がいるのだ。その人には出ていくことを伝えねばならない。
「よし、考えるのは移動しながらでもできる。とりあえず行こう。」
アパートの近くまで来た彰ではあったが、そこには信じたくない光景があった。
「なんでここにあのじいさんがいる……?」
彰が見たのはアパートの前で辺りを見回す銭旗の姿。
この田舎には1人暮らしできるようなアパートはここ1つしかない。銭旗はそれを考慮してこのアパートにアタリをつけた。結果的に正解だったわけだが、彰にとっては悪夢でしかない。
「あのじいさんがいなくなるまで待っても捜査の手が広くなるだけ……か。とりあえずどうにかしてアパートの中に入るしかない」
だが普通のアパートだったとしても、入るには鍵を開けてドアを開けなければならない。
「なら、あのじいさんにはちょっと悪いけど……」
その頃、銭旗は彰を見つけられず、イライラを募らせていた。
「クッソ、奴がこの街から逃げるにも1度荷物を取りに行く必要がある。身寄りもない奴が住むにはここしかないと思ったんだが間違えたか……俺も耄碌したってことか……信じたくはないんだが……」
「prrrrrrrrrrrrrrr」
そのとき、アパートの先の路地から携帯の着信音が聞こえた。誰かの携帯がなっているだけと考えたがいくら待っても鳴り止まない。不審に思った銭旗だったが、誰かが落とした携帯に連絡をしてるのかと思い、おまわりさんとしての矜持が銭旗を動かした。
「やれやれ、それどころじゃないってのに。」
そう言って銭旗は路地へと歩く。さっきまでの緊張感が突然な出来事と、自分が探すべき場所を間違えたかもしれないと思っていたことが相まって緩む。
銭旗が落ちていた携帯へと手を伸ばそうとしたそのときだった。
「っ!?」
「すまんなじいさん!」
路地の影から飛び出してきた彰が銭旗の後ろからヘッドロックの形を取る。
「ク……ソ……お前……こんなことをして……」
「悪いな……ここで捕まるわけにはいかなくてな……」
しっかりと頚動脈を押さえた彰のヘッドロックが銭旗の意識を刈り取った。
「俺の冤罪を証明できたときは土下座でもなんでもして謝る。だからそこで寝ててくれ。……あ、これって公務執行妨害ってやつか……?やべえな、これで名実ともに犯罪者かよ……」
そう言いながら銭旗を静かに壁に寄りかからせるように置き、アパートへと向かった。