第九話 天使様と悪魔様でゴーストバスターズ。
「あ、来た来た、遅いよ天ちゃん輝乱ちゃんんんんっ!?」
図書室に着いたわたしたち四人を迎えたのは、同じ図書委員、廻ちゃんの声にならない絶叫だった。
「て、ててて天ちゃんが三人!」
わたしたちを順に指さしつつ、体が震えている。
指されなかった輝乱ちゃんが、ちょっぴり寂しそうだ。
「えっとね、廻ちゃん、紹介するね」
「こっちの白い羽が生えたのがヘブンちんで、黒革の服の方がヴィズちんだよ」
なぜかわたしをさえぎり、紹介してくれた輝乱ちゃん。
紹介された二人が前にでる。
「やほー! ヘブンちゃんだよ! ヘブンちゃんって呼んでね!」
「悪魔っ子のヴィズです。今日は女子高生にちゅーちゅー出来ると聞いてやってきました」
ヴィズちゃんは、ヘブンちゃんが呼んだんだけど、何て言って誘ったんだ?字面だけだとすっごいえっちく聞こえるが。
「えーと、図書委員の廻ですよろしく。なんか話が見えないんだけど……」
「あー驚かしちゃってごめんなさい。いろいろ細かいところは飛ばすけど、この二人はわたしの心の天使と悪魔の具現化したものなの」
「はぁ……」
気のない返事をする廻ちゃん。
まあ、むちゃくちゃな説明だなとは自分でも思う。
「そう!わたくし天使様たる天竺ヘブンちゃんは、地球のコアから成層圏にかけて、ありとあらゆる存在の認知の上で、愛香ラブなのである」
ヘブンちゃんには、まず日本語の正しい文法を覚えて欲しい。
「えっとぉ、わたし悪魔っ子のメルヴィズは、女子高生の体液が飲めればいいです」
「ヴィズちゃんは、ヘブンちゃんに合わせて変な自己紹介しなくていいから。ヘブンちゃんもちょい待ってて。話が進まない」
二人とも元気に、はーいっと返事をして黙る。
「そう、今この学園を揺るがす大事件、図書室ポルターガイスト、通称、知識の盆踊り! それを鎮めるために選ばれたわたしたち!」
輝乱ちゃんが謎のまとめをしだす。
「知識の盆踊りって、そんな変な名前が付いてるの?」
「変とは心外な。わたしが付けた」
心外とは言われても、やっぱり変だ。
「つまりは、みんなで集まってポルターガイストの肝試しってこと?」
廻ちゃんはすごい読解力で、内容を理解してくれたようだ。
「まーそーいうこと」
「違うわ廻。肝試しの一つ上、悪霊退治よ」
肝試しの一個上が、もう除霊になるのか、けっこう段差あるな。
「一般ピーポーだけでは不安ということで、わたしたちが来たのであります」
「えっ? わたし、血を吸えるから来いとしか聞かされてない」
とりあえず話を収集させるため、ヴィズに手を合わせる。
「ごめんねヴィズ。おばけ退治に協力して、終わったら輝乱ちゃんの血を飲んでいいから」
「オーケーわかった」
「なんでわたしの血を!」
突然振られた輝乱ちゃんからの驚きの声。
「えっとー、ほら輝乱ちゃん、悪魔っ子に血を吸われるとかレア体験じゃん! 超常現象マニアの血が騒がない?」
血というフレーズに反応したか、ヴィズが息を荒げてよだれ垂らしそうな顔で、わたしと輝乱ちゃんを交互に見る。
「うーん、まあ、貴重な体験、かな?」
「そーよそーよ、マジズゲーよ輝乱ちゃん」
輝乱ちゃんはまだちょっと釈然としないようであるが、これでヴィズへの報酬ゲットである。
五人でカウンターの中に入り、今まであった出来事とか、図書室の片付け毎日は大変だよねーとかを話したり、話し声がすごくうるさいです特に羽の子の声がでかい、とか他の生徒に説教されたり。
いろいろあって、時刻が問題の六時に差し掛かろうとしていた。
「そいえば廻ちゃんって、魔法研究会ってのに入ってるのよね」
ふと思い出し、廻ちゃんに聞いてみる。
「うん、担当の先生もいなくて、部活認定されてなくて、同好会?みたいな感じかな?」
「どんな活動してるの?」
「黒魔術とかの本とか持ち込んで読んだりとか、降霊会ごっことか召喚の儀式ごっことか。輝乱ちゃんのお姉ちゃんが結構熱心にやってたりするよ」
なんというか、なんか暗い同好会だな。
「姉ちゃん、ここ3日くらい家に帰ってないんだ。学校に泊まり込みでなんかやってるみたい」
「すごい熱心なんだねえ、輝乱ちゃんのお姉ちゃん」
何となく手持無沙汰なので、近くにあったヘブンちゃんの羽を撫でてみる。
「ふにゃああ」
変な声をあげて気持ちよさそうにするヘブンちゃん。羽をなでられると気持ちいいようだ。
わたしの様子を見て真似したくなったのか、ヴィズちゃんもなで始める。
「なでるならもっと優しくー」
「優しくって、こう?」
手で撫でているのを、指でかき回す動きに変えていた。
「ちょっ! やっ! にゃははぁ、くすぐ……ったい! にゃは、ちょっ、まっ……ぷくくっふ……」
「こら、ヘブンちゃん、ここ狭いんだから暴れないの」
激しく動き回るヘブンちゃんを押さえ付ける。
「ちがっ……くくふっ、わたしやない、にゃふっ、ヴィズが……」
「敏感過ぎるなヘブン」
言いながらも指の動きを止めないヴィズちゃん。ヘブンちゃんの反応がおもしろいのだろうか。顔が思いっきり笑ってる。
「へえぇ、ヴィズっちは強いのかな?」
輝乱ちゃんが唐突に、ヴィズのわき腹をくすぐり出した。
「ひゃっ、ぅくっ……やっ、やめ、れええぇぇ……はぅんっ! それ、わぁあ、くすぐりっはぅ、わあぁぁ、反則……あんっ!」
「天ちゃんも、こちょこちょこちょ」
「ちょあっ! 廻ちっぁん、ひゃははぁ、やめっ……」
なんだこれ。
なぜか始まったくすぐり大会。誰が制するのか。
――――ドサドサ。
突然、誰もいないはずの図書室奥から、本が何冊か落ちる音が聞こえた。……聞こえてしまった。
その音に全員気付き、動きを止める。
しばしの沈黙。
だが、それ以上音は続かない。
「なに、か、落ちた音したよね」
廻ちゃんが小さく声を漏らす。
「うん」
わたしも小さく答える。
最近、天使や悪魔や怪獣の亡霊とか見てたけど、それらは最初から姿も見えてたからか、あまり恐怖は感じなかった。
しかしこれは、音だけしか聞こえず、姿形も正体もまるで不明で、要するに……すごく怖い。
思わず、ヘブンちゃんの背中にしがみ付く。
「いやー、胸の感触が心地いいですなー」
この子は恐怖心が無いようだ。
「ヴィズちゃん、一緒に音のした方に行ってくれない?」
チャレンジャーな輝乱ちゃんが突然言い出す。
「ヘブンちゃんは、天ちゃんたち守ってね」
「任された!」
すごく軽いヘブンちゃんの返答。
ヴィズちゃんと手を繋ぎながら、ゆっくりとカウンターから出ていく輝乱ちゃん。
がんばれー。
二人はカウンターを抜け、閲覧用のテーブルと椅子の脇を抜けていく。
すると、テーブルと椅子が、一斉に振動を始めた。
「やあああっなにあれなにあれ怖っ」
思わずヘブンちゃんにしがみ付いてしまった。
廻ちゃんは、そこまではいかず、ヘブンちゃんとわたしの手を握ってる。
「あれが、ポルターガイスト?」
廻ちゃんがポツリとつぶやいた瞬間、それらが宙に浮いた。
「ヴィズちゃん守って!」
「わたしの後ろにいてね」
輝乱ちゃんをかばうヴィズちゃん。
その二人の上空をゆっくりと回転しながら漂っていたテーブルと椅子。
それらが一斉に、ヴィズちゃんと輝乱ちゃんめがけて飛んで行った!
「輝乱ちゃん!」
わたしは思わず叫び声を上げた。