第八話 天使様と図書館戦争。
火曜日。
校門と校長先生の彫像が壊れてることが、ちょっとした話題となった。
まるで爆弾でも爆発したかのような大きなクレーターもあり、何が起きたのか? 粉塵爆発? テロ攻撃? UFOの襲来? などなど。
実際にはそんなことはなく、ただ単に、天使様と怪獣の幽霊が戦った痕なのだが、誰もそんな予想はしなかった。
たとえ目の前にその天使様がいても。
「天竺ヘブンちゃんって言うんだ! 羽ふわふわー」
ヘブンちゃんに群がる子たちが、羽をなでまくって喜んでいる。
ヘブンちゃんが暇だーって言うから、思い切って教室に連れてきたが、うちのクラスは天使という存在を普通に受け入れてくれた。
簡単に信じてくれてありがたいというか、抵抗無さ過ぎだな。
ヘブンちゃんも、まんざらでもないのか、へらへら笑って受け答えてる。
なんとなく、その姿を見てると、人におもちゃ取られた感じで、あんまし面白く無かったり。
「ねね、天ちゃん知ってる? 昨日夜のうわさ」
昨日の怪獣さん改め、わたしの友人輝乱ちゃんが、わたしの元にやってきた。
「うわさも何も、わたしたちが当事者じゃん」
あの日、体操着を着せた後に、すべての事情を話した。
お姉ちゃんが何か知ってるかもしれない、と言ってたが、当のお姉ちゃんが昨晩は用事があるとかで家に帰ってないようで、真相は謎のままである。
「そっちじゃなくて、昨日の夜に幽霊騒動があったのよ」
「幽霊騒動?」
校長校門ぶっ壊れ騒動の方が大きなニュースな気もするのだが。
「そう、場所は図書室、時刻は昨日の夜6時。最後の生徒が出て行ったことを確認した図書委員が、戸締りをしようとしたとき、それは起きたのよ」
声をひそめ、しかし悪巧みというか背徳感漂う笑みを浮かべ、楽しそうに語ってくる。
そいえば輝乱ちゃんは怪奇現象大好きっ子だったな。
「突然、バサバサっと、本が落ちる音が聞こえたの。ただ単に入れ方の悪い本が落ちちゃっただけなのかと思い、その図書委員が棚に向かっていったのよ。そうしたら……」
「ごくり」
「彼女が通り過ぎた瞬間、椅子がガタガタっと鳴る音が聞こえ、振り向いたそこには、宙を浮く椅子が!」
「ひっ!」
話の内容というより、話にのめり込み過ぎた輝乱ちゃんが近くの椅子を持ち上げてきたのでビックリしてしまった。
「宙を浮いた椅子は、こう、空中を彷徨いながら」
振り回される椅子。こっちにぶつからないかと冷や汗ものである。
「彼女を中心に回り、気が付くと、他の椅子も、テーブルも、本棚の本さえも宙に舞っていたのだ。」
振り回していた椅子をわたしの前に置き、それにまたがって話は続く。
「怖くなった彼女は、悲鳴を上げて逃げたしたのだ。これが昨夜起きた異変、ポルターガイスト現象である。という訳で……」
両手の平を上に向け頭を振りながら、輝乱ちゃんは衝撃の事実を伝える。
「めちゃくちゃになった図書室の片付けのため、今日のお昼休み、図書委員全員に召集が掛かったという訳よ」
「えええ~っ、なにその迷惑な幽霊さんは」
――――盛大に散らかった図書室の片付けのため、昼休みが完全に潰れてしまった。疲れた~。
「お疲れさま~」
「今日はホント疲れたわ~」
帰宅してから、ベッドに飛び込んだわたしに、ヘブンちゃんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
「おなかすいたね~」
「晩ご飯、チョコフレークでいい?」
疲れたので、準備するのもメンドくさい。
「晩ご飯にそれはキツいです」
抗議の声を上げられてもしょうがない。
悩んでいるヘブンちゃん、何か思い付いたようだ。
「スマホ貸して」
「誰に電話するの?」
渡すと、さっそく電話を掛けだした。
「もしもし、ヴィズちゃん?」
ヘブンちゃんの片割れこと、悪魔のメルヴィズちゃんだ。
いつの間に携帯番号聞き出したのか、というか、あの子持ってるのか。
「うん、元気だよ~。そっちはあんま元気無さそうだね、また貧血?」
大丈夫かなあの悪魔。
「うちに来て。ごはん食べさせてあげるから……うん……食材も適当に買ってきて。グッバイ」
こちらにスマホを返すヘブンちゃんが悪い笑みを浮かべる。
「ヴィズちゃんになんとかしてもらおう」
「なんとか?」
「うん、作ってもらおうかと」
「食材買わせて、調理までさせるのか」
「皿洗いまでさせます」
この子は本当に天使様なのだろうか?
――――うちに来たヴィズちゃんに状況を説明すると、意外とあっさりと納得してくれて、晩ご飯にありつくことができた。
メニューは鳥のハツに赤貝、ほうれん草など、非常に鉄分豊富で貧血に良いものとなった。
翌日。
「天ちゃん! また出たみたいだよ! ポルターガイスト!」
輝乱ちゃんの大声に、周りからの視線が集まる。
「お、落ち着きなよ輝乱ちゃん。もしかして、また図書館?」
「そーなのよ、また図書館で、同じ時間帯に起きたみたいなの」
「えええ~」
わたしは机に突っ伏した。
つまりは、今日も大片付けとなるということだ。
どんな幽霊だか知らないが、散らかしたら片付けていって欲しいものである。
「今日も片付けだけど、いよいよね」
「いよいよ?」
「ほら、今日は水曜日! つまりはわたしたちが目撃者になる番よ! おおっ! 今から燃えてくる!」
テンション上げまくる輝乱ちゃん。
やる気スイッチがまったく押されないわたし。
「どったの? 輝乱」
クラスメイトから解放されたヘブンちゃんが寄ってきた。
「ヘブンちゃんも図書室でポルターガイスト体験しない?」
「おお、面白そう」
おもしろいのかー。
「ヘブンちゃん、あのね」
「元気ないね、愛香」
出るわけがない。
「ポルターガイストがあると、翌日は図書委員みんなでお片付けしなくちゃなんなくて、大変なのよ」
「大変だね~がんばって」
人ごとのように手を振ってくる。
「お片付けある日は、晩ご飯作らないよ」
「えええ~っ、ポルターガイスト最低だ」
「なら、こういうのはどう?」
輝乱ちゃんが、わたしたち二人を交互に見た。
「わたしたちで、原因の幽霊を見つけ出して、とっちめるの」
「おお、面白いねやろう!」
わたしはあまりテンション上がらないが、片付けが無くなるなら協力的にならなくもない。
「お~、がんばろ~」
「愛香、テンション低い~」
そこはもーしょうがない。
「逆に、なんでそんなにやる気出まくるのか聞きたいですよ」
「天ちゃん、もしや幽霊怖い?」
輝乱ちゃんの指摘。
「まあ、怖いと言えば怖いかな~」
「なら、参加者を増やせばいいかな? ちょっとスマホ貸して」
手を差し出してくるヘブンちゃん。
このパターンって。
「ヴィズちゃん呼ぶの?」
「そだよ」
「ヴィズちゃんって?」
輝乱ちゃんは知らないのか。
「ヘブンちゃんはわたしの心の中の天使みたいだけど、ヴィズ……メルヴィズちゃんは悪魔らしいのよ」
「へええぇ、天ちゃん人以外の知り合い多いね」
それは褒められてるのか、けなされてるのか。
「とりあえず、ヴィズちゃんはいい子だから」
「いい子の悪魔か。そっちに会うのも楽しみ!」
わたしはヘブンちゃんにスマホを渡す。
「もしもし、わたしヘブンちゃん。今ね~学校」
さっそくアポを取り出したようだ。
「あ、後で廻ちゃんにも天使と悪魔が来ること教えとかないとね」
弦月廻、別のクラスの子で、同じ水曜担当の図書委員さんである。
「うちの姉ちゃんと同じ、魔法研究会所属だし、連れていったらきっと喜ぶよ」
ほんと何なんだろ、魔法研究会って。
待ち合わせ場所にやってきたヴィズちゃんの、いかにもな黒い革製ベルト大量ルックに歓喜した輝乱ちゃん。
今日のヴィズちゃんは血色良くて万全だ!どんと来い超常現象!