第七話 天使様は悪霊と対決するようです。
「ヘブンちゃんいる~?」
夕暮れ色の屋上。青春な雰囲気だな~とか思ってしまう。
そこに大の字に寝転がってる物体は青春っぽくも哀愁も何も無いのだけど。
「あーっ、やっと来た~。屋上に居るだけじゃあヒマでヒマでしょうがないよ」
大の字が起き上がってきた。
羽と両腕をめいいっぱい広げ、伸びをする。
「おはよう、ヘブンちゃん」
「うん、おはよう愛香」
向こうが動こうとしないので、こっちから近付いていく。
すると、こちらを迎えるヘブンちゃんが両手を広げて目を閉じた。
「おはようのキス」
「もー、甘えんぼさんだな」
額にキスしてやる。
「えーっ、口がよかったよ」
「これでガマンなさいな」
頭をなでてやると、ヘブンちゃんはようやく立ち上がった。
「よし、帰ってからたくさん甘えてやる」
ヘブンちゃんが、小さく声を漏らす。
帰ったら、覚悟しないといけないな。
「ちょっと待ってね。輝乱がお姉ちゃん連れて来るって言ってたから」
「輝乱? お昼ごはんの子か。お姉ちゃんってどんな人?」
「わたしも、一度しか会ってないけど、ロングな髪で身長の高い人だった」
輝乱ちゃんと違って、おとなしそうな人だったなと思い出す。
「おっぱいは?」
「なんで胸が気になる。えっとー、ヘブンちゃんくらいでない?」
「わたしくらいか」
言って、自分の両胸を揉みだす。
そんなに好きなのかおっぱい。柔らかいからかな。
――――しばらく待ったが、輝乱ちゃんとそのお姉ちゃんは、屋上に現れなかった。
「輝乱ちゃん、どうしたのかな?」
携帯も繋がらなかったし、教室に戻っても誰もいなかった。
仕方ないので、そのまま帰ることにしたのだ。
「お昼寝してるとか」
「このタイミングで寝る人は、いないと思うよ」
明日、事情を聞けばいいだろう。
下駄箱で探してみると、輝乱ちゃんの靴が無い。もう、帰っちゃってたのか。ひとこと言ってくれればいいのに。
「あ、輝乱見つけたー」
ヘブンちゃんの指さす先。
校門の前に輝乱ちゃんがいた。
「あ、ほんとだ。こっちで待ってたんだ」
急いで靴を履き替え、校門まで急ぐ。
ヘブンちゃんも、ゆっくりと飛行しながら付いてくる。
「輝乱ちゃん、お待たせ―。こっちで待ってるとは思わなかったから」
声を掛けるも、返事が無い。あれ?
「おーい、輝乱ちゃん、天ちゃんだよー」
手を振ってみるが無反応。
ぼーっと立っていて、目が死んだように明後日の方を向いている。
「様子が変だね~」
ヘブンちゃんが近付く。
突然、輝乱ちゃんの目が動き、ヘブンちゃんに向く。
「愛香!」
ヘブンちゃんがわたしの手を引き、背後にかばう。
弾けるような、高い音が響き渡る。周囲の空気が激しく動き、突風のような衝撃波が、わたしの体を包みこむ。
輝乱ちゃんの繰り出した右ストレートを、ヘブンちゃんが手のひらで受けたのだ。
驚いて、一瞬言葉が詰まる。
「すごーい、衝撃波が出るほどのパワーとか」
ヘブンちゃんがにこやかに答えるも、輝乱ちゃんは相変わらず無言の無表情だ。
「ど、どどどーなってるの?」
「分からないけど、わたしに攻撃したいみたい。愛香ちゃんはちょっと下がって」
何が起きてるのか分からないが、言われた通りに距離を取る。
ヘブンちゃんも数歩下がり……瞬間、輝乱ちゃんが一気に飛んで距離を詰める。
速い!
またも繰り出される拳を、ヘブンちゃんが受けるも、受けたままの状態でふっ飛ばされた!
ふっ飛ばされた先には、校長先生の彫像が~。
轟音と土煙とともに、砕け散る校長先生。生徒たちから、位置的に微妙に邪魔だと言われてた代物だし、まあ、いいかな。
土煙の中、起き上がったヘブンちゃんは、服の埃を払い落とした。
なんとも無さそうである。
「すっごいパワー。次は、わたしだね」
可愛く言って、土煙を巻き上げながら衝撃波となり突き進み、輝乱ちゃんへと突き刺さる。
吹き飛ばされた体がガードレールを引き裂き、向かいの壁が瓦礫と化す。
「ちょっと、輝乱ちゃん死んじゃわない?」
「大丈夫。わたしで彫像壊したときに、指の皮一つ剥けてなかったし、頑丈なんだと思うよ」
指の皮の状態とか、よく確認できたものだ。
「けど、今の何なの?輝乱ちゃん、そんなに強くなかったはずだけど」
近寄ろうとしたわたしを、ヘブンちゃんが手で制する。
「まだ終わってないから、そこで待っててね」
その言葉を受けるように、瓦礫の中から起き上がってくる人影。
道に止めてある車に手をかけ……そのまま持ち上げた。
「えええ、車って片手で持ち上げられたっけ?」
「どんなに鍛えても、片手は無理だと思うよー」
ヘブンちゃんの方に視線を、照準を合わせ、持ってる車を投げ付けてきた。
金属とガラスが砕ける音を受けながら、その場で微動だにせず、片手で受け止めるヘブンちゃん。
「わたしだったら可能だけど」
「ヘブンちゃん、怪力だね」
潰れた車を持ったまま、平然としてるヘブンちゃんを見て、凄いと思た。
「輝乱、何かに憑かれてるっぽい」
「憑かれるって、幽霊的な何か?」
「そそ、そいつに体が操られてるみたい」
「なんとかならない?」
「うーん、除霊は分かんないけど、強い衝撃を与えれば元に戻るのかも」
ショック療法か、適当だな。
ゆっくりと近付いてくる輝乱ちゃんを指さす。
「よし、やっちゃえ」
「オーケー、いっくよー!」
持ってた車を全力で投げ付けた!
「愛香、最初に言ったよね。わたしに出来ることって」
「うん、聞いた」
たしか、触れた物を、爆弾に変える能力って。
「今からそれを見せましょう」
手のひらを投げた車に向けた。
それを輝乱ちゃんが受け止めようとした瞬間。
「ボンバー・ドン」
巨大な衝撃波と周囲を覆いつくす煙。遅れてやってきた、ように感じた音、大地そのものが砕け落ちるかのようなそれが、耳の奥でこだまする。
煙を吸わないように口と鼻を手で覆いながら、周囲を見渡す。
だんだんとハッキリしてくる視界の先には……校門が無かった。
「校門が無いと、やたらと開けた印象になるんだね~」
どーするんだろこれ? どーにもならないか。
地面にもクレーターが出来ている。そのクレーターの際あたりに、倒れた輝乱ちゃんがいた。
「輝乱ちゃん、どう?」
その場にしゃがみこんで様子を見ていたヘブンちゃんに聞いてみる。
「意識も呼吸も問題無いみたい。ただ一つ……」
「え? 何か問題があるの?」
恐る恐る聞いてみる。
「いやー、体は無事だけど、制服がふっ飛んじゃったみたいね~。わたしや愛香よりもおっぱいあるなーボリューミーって思って」
「あああっ、このままじゃあまずいよねえ。わたしの体操着でも着せるか」
「おお、じぇーけーの生着替えですか」
「じぇーけーとか言うな」
ヘブンちゃんが手際よく服を脱がせていると、輝乱ちゃんがうっすらと目を開けた。
「あ、輝乱ちゃんおはよう。気分はどう?」
どうも、状況が理解出来ていないのか、ゆっくりと周囲を見回し、次いで自分の姿というか全裸に剥かれてる最中の体を見てから、口を開いた。
「やだ、わたし愛香にイケナイいたずらされちゃったんだ」
「してないしてない、変な誤解しないで。ちょっと事故があって、輝乱ちゃんの服が剥けちゃっただけだから気にしないで」
「外で二人がかりで脱がされてるだけの状況にしか見えない。まさか!?」
胸を隠しつつ後ずさる。
「愛香、そんな趣味?」
「違うから、安心して。ほら、裸じゃまずいから体操着着てよ」
「愛香は全裸より体操着の方が萌えるのか」
「萌えるとか言うな~」
ただでさえ、他人にどう説明すればいいのか分からない状況だというのに。
「そだ、輝乱ちゃん。放課後の記憶ってある?」
「うーん、そいえば、夢の中のような、そんなふわふわな感覚しかない」
あんまりハッキリとは覚えてないのか。
「ねえ、愛香、わたしが着せていい?お着替えプレイとか萌えるわ」
突然、頭の沸いた発言をしだす天使様。
「あーもーいいわよ何でもしてちょうだい。けど、ヘブンちゃんはわたし以外でもいいのね」
「ああぁぁ、愛香が嫉妬した! 大丈夫! 全身舐めまわしたいのは愛香だけよ!」
「変態なのか」
「わたしも天ちゃん舐めまわしたいな」
「輝乱ちゃんは安静にしてて」
まるで話が進まない。
「えっとー、輝乱ちゃん、夢見心地だったのよね」
「そーそー、夢の中でなんというか、ゴ○ラになってた」
「はい?」
「怪獣のゴ○ラ。そんで暴れまわってた」
つまりさっきのは、大怪獣ゴ○ラVS天使ヘブンちゃん、だったのか。
「なんで怪獣になってたのよ」
「うーん、お姉ちゃんに会いに行ったとき、新しい降霊術が完成したと言ってたから、それかもしれない」
恐るべしお姉ちゃん。
「そのお姉ちゃんはどうしたの?」
「分かんない。けっこう謎な人だから」
謎な人か~、ヘブンちゃんに興味持ってあれこれしてこなきゃいいけど。
なんか嫌な予感はしたが、とりあえず、校門回りの惨状は、わたしたちは関わってないし何も知らない、ということにして、その場を去った。
大怪獣ゴ○ラより強いことを証明したヘブンちゃん。次は何と戦うのか。