第六話 天使様と学友はおっぱいに興味があるようです。
黒板に書かれる、「宗教革命」とか「ルター」。
チョークが打ち付ける音だけが響く空間に、ゆるやかに入り込む風。
ヘブンちゃんって天使だよね。キリスト教的なものなのかな? けど、心の天使と悪魔って概念はそれとは別なのかなー。
今はたぶん、屋上でヒマしてるであろう天使のことを、ふと思う。
この授業が終わればお昼休みだ。相手しに行ってやるか。
左隣に視線を向ける。
向こうは気付いたようだ。
「天ちゃ~ん」
小さくささやいて手を振ってきた。
輝乱ちゃん、めっちゃ嬉しそうだな。
いつもごはんを一緒に食べてるのだ、ヘブンちゃんのところに行くなら、事情を説明して付いて来てもらわないとならない。
問題は、天使とか信じてくれるかな~ということ。
――――キーンコーンカーンコーン♪
「終わったー、天ちゃん購買行こ」
わたしと輝乱ちゃんは、二人ともいつも購買でお昼を買っているのだ。
「う、うん。行こうか」
行く道すがら、どう話を切り出そうかと悩む。
「天ちゃん、どうしたの?」
「へっ? どうって?」
「むつかしい顔してるから」
そんな顔になってるのか。
「えっと~ね。ちょっと、輝乱ちゃんに話したいことがあって……」
「話したいこと?」
「うん、一緒に屋上まで来てくれないかなって……」
「ええええええっ!?」
わたしの言葉に、驚く輝乱。
「話って……まっまさか、ついにわたしに!? だっだめよ天ちゃん! わたしたち女の子同士だし……けど、天ちゃんならいい、かな」
「ちょっと! 何想像してるの」
思わず頬が熱くなるのを感じる。
「屋上、話がある、友達以上の関係の二人。なら答えは一つじゃない!」
どうだとばかりに、人差し指を突き付けてくる。
「友達以上の関係って何よ」
「言わせないでよ恥ずかしい」
「恥ずかしがらないでよ」
「天ちゃんって、だいたーん」
「ちがうー」
輝乱ちゃんがわたしに抱き付いてきた。
「もー天ちゃん、困ってる顔も可愛い!」
ちゅっ。
ほっぺたに濡れた感触。
「ひゃう、いきなりほっぺにキスするな~」
「キスして欲しそうな顔してたから」
「してないもん。お返しだ」
ちゅっ。
「ほわああ、天ちゃん、素敵~目覚めちゃう」
「目覚めるな~、手を握ってあげるから、それでガマンしなさい」
輝乱ちゃんの掌に自分のを重ねる。
「て、天ちゃん。自覚あってやってないか?」
顔を赤くしながらも、わたしの手をしっかりと握り返してくる。
「あーもー、いいわ。さっさとパン買って屋上行くわよ」
「屋上で何されるのか期待でいっぱいだわ」
「変なこと想像しないで~」
「すっごい! 天使様って本当にいるんだ」
快晴の屋上。日差しが真上から照り付けるが、決して不快にはならない暖かさ。
屋上に出ると、お昼寝しているヘブンちゃんを見かけ、さっそく輝乱ちゃんに紹介したのだ。
「ねね、羽広げてみて」
目の奥を輝かせながら、よだれを垂らしそうな顔で、ヘブンちゃんに詰め寄る輝乱ちゃん。
「よいぞよいぞ」
好奇の視線を注がれてるのが嬉しいのか、鼻息荒くふんぞり返ったヘブンちゃんが羽をゆっくりと広げる。
「うわーっ! すっごい! まじだ~」
想像以上にはしゃぐ輝乱ちゃん。気に入ってくれて何よりだ。
前から、超常現象とか異世界とか、そーいうものに興味があるのは知ってたが、これだけ食い付くとは。
「さ、触ってもいい? ちょっとだけだから」
「いくらでも触ってよいぞよ」
ヘブンちゃんも、気持ちよさそうに羽を触らせている。
朝、登校時の姿を見られ、輝乱ちゃんに小石爆撃攻撃仕掛けてたので、ちょっと心配だったけど、あんま執念深くないみたいで良かったわ。
「は~っ、絹みたいで手触り良いわ~。天ちゃんはいつも触れてるのよね。いいなー」
「いつもは触ってないわよ」
「そーなのよ輝乱。愛香、いつもいっしょに寝てるのに、あんまり触ってこないんだわ」
「え!? いっしょに寝てるの! いいなーわたしも天ちゃんと寝たい」
ふと想像する。うちのベッドに三人は狭そうだ。
「ふふふふぅ、それだけではないのだよ。今朝なんか一緒にお風呂に入ったのだ」
「どーいうこと、天ちゃん! わたしとは入ったこと無いのに!」
「ちょっ! やめっ、ゆするなあああ」
胸ぐら掴んで前後に揺すられたので、頭が回る~。
「おっぱいは、ちょうど両手のひらに包まれるくらいだわ」
「どれどれ」
輝乱ちゃんはおもむろに、ヘブンちゃんの胸をつかんだ。
「ひゃわあああ、ちょっ、くすぐったい」
「天使様も敏感なのか」
「あなたも、愛香のを触ったことあるの?」
「前に、制服越しだけど。ねー、天ちゃん」
「わたしに同意を求めないで」
「反応もそっくりだった」
なんというか、苦手なのだ。
「天ちゃんは、天使様のおっぱい触ったことある?」
「無いよ」
何の話だこれ。
「天使様のが大きかった」
え?
「ヘブンちゃん、ちょっと触らせて」
「もーなぶるように触りまくっていいよ」
とりあえず、ヘブンちゃんの言葉は無視して、そっと優しく触ってみる。
自分のも触ってみると、うーん、若干、ヘブンちゃんの方が大きい?
「わたしたちって、完全に瓜二つじゃないの?」
「わたしは愛香の心から具現されたものよ」
片手を胸に、片手を天に挙げ、空を仰ぎ見ながら祈るように言ってくる。
「つまり、願望が少し出ちゃったのね」
「えええええっ。わたし、そんな願望抱いてないよー」
心外である。
「ちょっとだけ思ってたんじゃないの? だからちょっとだけ、さっき触った感触だと二センチくらいの差かな」
よく二センチってわかるなあ。輝乱のことちょっと尊敬。
「さっき、一緒にお風呂入ったって言ってたけど、その時は気付かなかったの?」
「だって、人の裸見るのとか恥ずかしいし、それに、たぶん、見ても二センチとか分かんないかと」
「愛香ったら恥ずかしがらなくてもいいのに。なんなら今見せる?」
「見せようとするな!」
いきなり脱ぎ出そうとしたヘブンちゃんを、なんとか制す。
「よし、ならば今度はわたしも含めて三人で入ろう」
「なんでそーなるの」
超展開である。
「むむ、つまりは今度の休みにお泊り会ですな、輝乱様」
「そうですね天使様」
ニヤニヤと笑い合う二人。初対面なのに仲いいな。
「後で姉ちゃんにも報告しとこう」
輝乱ちゃんのお姉さんは、この学校の三年生である。
「まさかお姉さんも呼ぶの?」
「いやいや、姉ちゃんは忙しいから」
「三年生だもんね、忙しいよね」
受験勉強かな? 二年後の自分もそーなるのかと思い、ちょっと怖くなる。
「いやいや、交霊会とか黒魔術シンポニウムとか」
「何それ」
いきなり明後日の方向の回答が返ってきた。
「うちの姉ちゃんは霊媒師というか、霊を降臨させたりするのにハマってて。ほら、わたしたちと同じ図書委員の廻ちゃんも一緒に黒魔術とか召喚術とかやってたりするよ、放課後に」
わたしと輝乱と廻ちゃんは、同じ図書委員で、毎週水曜日に図書室のカウンターに籠ってるのだ。
いやいや、それよりも。
「黒魔術とか霊媒とか、うちの学校でやってるのか。初めて聞いたわ」
「わたしは姉ちゃんから聞かされて知ってたけどね。かなーり本格的らしいよ。この前も姉ちゃんが興奮しながら帰ってきて、樋○一葉の降臨に成功したとか言ってた」
「誰それ?」
「知らないの? 五千円札の人」
「あー、その人か。なんでその人が降りてきたって分かったの?」
「降臨させた相手が、樋○一葉そっくりのしゃべり方したから分かったって」
そっくりなしゃべり方って、分かる人いるのか?
「それで姉ちゃんに、お泊りのこともだけど、天使様のこと話したらきっと興味持つんじゃないかなって。ねえ天ちゃん、姉ちゃんに天使様会わせてあげてよ」
「いいの、かな?ヘブンちゃん」
「いいわよ、わたしのファンならいくらでも歓迎するわ」
非常に肝要である、いいことだ。
ヘブンちゃんに、放課後にまた来るからねと言い残し、わたしたちは教室へと戻っていった。
授業が終わり、屋上へ行くわたしに、
「あ、今から姉ちゃん呼んでくるわ」
と、言い残し、輝乱ちゃんは教室から出て行った。
その後姿を見送ったわたしはその時、あんなことになろうとは夢にも思わなかったのだった。
輝乱ちゃんとのお泊り会という愛香がどうなるか不安なフラグは立ったが、それはしばし先のこと。
そのお姉さんとの出会いが、全ての始まりとなる。霊媒師恐ろしや。