第四話 天使様と悪魔様がお食事会を始めたようです。
――――薄暗がりの路地裏。
わたしたちの前に立ちはだかるは、一人の少女。
わたしたち二人は同じ容姿。そして対する相手も同じ容姿。
なんだか一人っ子からいきなり三姉妹に昇格したみたいな、変な気分に襲われる。
「おい、悪魔っ子」
相手に向けて指さすヘブンちゃん。
「ここで何してるのだ。返答次第では、目の前で愛香ちゃんとイチャコラしてやる!」
「なんでそーなるの」
「誰だって愛香ちゃんとイチャラブしたいものよ! 目の前でイチャイチャされたら、お預けを食らった相手は相当なダメージを受けるのよ」
どーだ参ったか、というドヤ顔で言ってくる。
「相手がヘブンちゃんだったら有効だったかもねえ」
わたしはどんだけ愛されているのだろうか。
「……まな……か……?」
黒い衣装をまとった、わたしのそっくりさんが、小さく震える声を漏らす。
「えっ? はいはい、わたしが愛香です。あなたは、わたしの悪魔さんなのですか?」
わたしの問いには答えず、悪魔(仮)さんは、震える両腕を前に突き出し、力なくゆっくりとわたしの方に歩み出してきた。
「……まなか……愛香、ちゃん……お願い……」
「え、えっと、大丈夫?」
見るからに弱っている姿を見て、支えてやろうかと手を差し伸べる。
その手が悪魔さんの手に触れそうになった瞬間、一気にわたし目掛けて倒れ込んできた。
「わわっ!」
わたしも一緒に倒れそうになるのを、なんとか足を踏ん張って耐える。
「だっ、だいじょぶ!?」
「わあぁぁぁぁぁ!? わたしも愛香に抱き付いてスリスリしたいぃぃぃぃっ!」
「スリスリしなくていいって」
騒ぐ天使に突っ込みを入れておく。
「……おねが、い……」
耳にささやき声が入り込む。
「ど、どんな、お願い?」
具合悪そうだな。
そう思った矢先、突然、
はむっ。
悪魔さんがわたしの首筋にしゃぶりついてきた。
「愛香がああぁぁぁぁぁっ! わたしの愛香がああぁぁぁぁぁっ!」
「ちょっ! 突然何をっくすぐった、……いや、いたいたいたいいいぃぃぃぃっ!」
しゃぶりつくどころか噛みついてきた。
目を閉じて至福の笑顔でちゅーちゅーしてる悪魔さん。絶叫して天を仰ぐ天使ちゃん。何とか振りほどこうともがくが、相手の力が強過ぎて脱出できないわたし。
まさに阿鼻叫喚の図である。
だんだんと痛みは収まっていくが、それと同時に脱力感が襲ってきた。このままだとまずいかも。
必死になってみるが、やっぱりビクともしない。
「やめ、離して……」
「バカ悪魔! 死ねーっ!」
ヘブンちゃんの全力アッパーがこめかみに決まった悪魔さんは、そのまま吹っ飛び、ビルの壁にめりこんだ。
あ、動かなくなった。
「いらっしゃいませー」
明るい店内に、店員さんの明るい声が響く。
「えーっと、三名様、でよろしいでしょうか? えっと、そちらの子は大丈夫?」
「いえいえいえいえ、ほっとけば復活しますから、お構いなく」
愛想笑いなどを向けながら、後ろの二人、悪魔さんを背負ったヘブンちゃんを引き連れ、案内された席へと向かう。
わたしはそそくさと席に着き、
どさっ!
無造作に向かいの席に悪魔さんを放り出し、そのままわたしの横に座るヘブンちゃん。
「悪魔さん、大丈夫かな?」
「ただ壁に頭がめり込んだだけです。大丈夫でしょう」
すまし顔で言ってくる。
「普通の人間なら、コンクリの壁にめり込むほどの衝撃を頭に受けたら、死んじゃうと思うんだけど」
頭から血とか流れてないから、本当に問題無いのかもしれないが。
「それより、愛香は大丈夫? 首の傷とか」
心配そうに、わたしの首。絆創膏を貼ったあたりを、不安げに見た。
あの時感じた痛みと脱力感、あれは首筋を牙で噛まれ、血を吸われたもののようだった。悪魔というより吸血鬼みたいな子である。
「あまり痛みもないし、もう脱力感も無いから大丈夫よ」
「あああっ、愛香ちゃん! あとでわたしがペロペロしてあげるね」
「ペロペロは遠慮しときます」
えーっと不満そうに眉を寄せるヘブンちゃん。そういう表情されると、可愛いなと思っちゃうが、自分と同じ顔の子が可愛いとか、自己愛過ぎるだろうか。なんか変な気分である。
「……さっきは、あまり吸えてなかったから……」
向かいの席から、か細い震え声が語りかけてきた。
ゆっくりと、上体を起こしてくる。
「貧血のような症状は、出ていないはずよ」
明るいところで改めて顔を見ると、容姿はわたしとそっくりだが、顔色が悪い。少し息も荒い。言ってる本人が貧血みたいな症状である。
なお、息が荒いと言っても、わたしに抱き付いてハァーハァーしているヘブンちゃんのそれとは、意味が違うだろう。
「えっと、悪魔さんっで、いいのかな?」
「わたしは、あなた――――愛香の心の中の悪魔、メルヴィズ。ヴィズって呼んでくれて構わないわ」
ヴィズと名乗った悪魔さんは、こちらをボーッと見つめている。
「こんにちは、ヴィズちゃん」
右手を差し出すと、上目遣いにこちらを伺いながら、ゆっくりと握ってくれた。
それを見たヘブンちゃんが、笑顔で両手を差し出してくる。
わたしはその左手を、ヴィズは右手を、三人で握手を交わす。
なんという友情の誕生であろうか。
「さっきは、ごめんね愛香。緊急事態だったの」
しょぼくれた表情をするヴィズ。なんだかんだあったけど、根は良い人そうだ。良い人な悪魔。
「うん、まーいいよ。それで、緊急事態ってどうしたの?」
そういえば、あの不良さんたちのこととか探れずに、うやむやになっちゃったな。
「……血が、足りなくなったの」
「血?」
血が足りないって、どーいうことだろ?
「おそらくですね、」
体を乗り出してくるヘブンちゃん。
「わたしの、ボンバー・ドンみたいな、何か特殊性癖が関係しているのかと」
「それは性癖なのか」
たまにヘブンちゃんは思考がふっ飛ぶ。
「まーそんな感じ」
ヴィズちゃんが、うなずいているのを見て、なんかこの人も変な性格なのかなと、ちょっと警戒してしまう。
「わたしは、血を操る能力を持っている」
「えっ!? 血って、そんなグロな」
聞いただけで、結構エグそうだ。
「わたしが路地裏を徘徊してたら、声を掛けてきた連中がいてな、慣れなれしい態度で近付いてきてな。その態度が気に入らず、思わず、」
口の端をつり上げる。
「自分の血液をハンマーに変えて、片っ端からぶん殴りまくったのだ。そしたらそいつら、土下座して謝り出してな」
あれ、それってもしかして、
「血が足りなくなった、何か食わせろと言ったら、こんなに差し出してきた」
ニコニコと笑顔で語りながら、大量の財布をテーブルに山積みした。
「いやー、大量大量」
「不良さんたち、南無~」
「……それ、カツアゲ……」
ここらで顔を売ってる不良たちをしばき倒して、お金巻き上げたんだ。
相当ボコボコにしたのだろう。あの時の男たちの逃げっぷりを思い出し、自然と、乾いた笑みがこぼれる。
「そこまではいいのだが」
「いいのかな?」
「思った以上に血を使ってしまったようで、貧血でフラフラになったところに、偶然、愛香たちが来たという訳なのだ」
「だからって、問答無用で噛みつかなくても」
「ちなみにわたしの好物は、かわいい女子中高生の血だ」
あ、ヘブンちゃんと同じタイプの人なのか。
ヘブンちゃんを見ると、まさにそうだと言わんばかりの、同士を見る目でうなずいている。
ピンポーン。
変なタイミングで、ヘブンちゃんが店員さんを呼ぶボタンを押した。
「はーい、ご注文はお決まりですか?」
「へ、えっと~」
慌てて、メニューを見る。
「レバニラ炒め三人前」
まず初めに注文したのは、ヴィズ。
「え?わたし、それ食べないよ」
「わたしが食べる。血の補充だ」
そ、そんなものでも補充出来るのか~。うーん、確かに、レバーって血になるからね。
「えっと、ヘブンちゃんはどーするの?」
「愛香と同じもの~」
決めてないのにボタン押したのかこの子。
「う~んっと、……シーフドドリアで」
「それを二つ!」
わたしが言った瞬間、ヘブンちゃんが手を上げ叫ぶ。
注文を聞き終えた店員さんが去ったあと、ヴィズに一つ聞いてみる。
「それで、ヴィズはこれからどうするの?」
泊まるとことかどうするのか?
「自由にしているのが好きなのでね、適当にやっていくわ。お金もたくさんあるし」
カツアゲで生活していく気なのか。
「あんまり人様に迷惑をかけるのは良くないかと」
「大丈夫だ、相手はちゃんと選ぶ、問題無い」
問題しかない発言を、真顔で答えるヴィズを見て思う。
ヴィズがしばき回れば、不良たちは同じ容姿のわたしたちのことも恐れていくのだろう。
「わたしもヘブンちゃんも、この街のボスか~」
これは嬉しいのやら困るのやら。
このとき、まだ愛香は想像もしていなかっただろう。
不可思議な存在は、この天使と悪魔だけでなく、この街にまだまだ存在している、ということを。