第二話 天使様は朝ごはんにご不満なようです。
「うみゅ? これはなんぞ愛香?」
翼を消して行儀よく椅子に座っている天使が、わたしに問いかけてくる。
「チョコフレーク牛乳かけ」
残念な顔をしながら、スプーンでお皿の中をぐるぐるかき回している天竺・ヘブンちゃん。
「朝ごはん、これだけ?」
「量が足りない? もっと欲しいの?」
フレークの袋を向けると、しかしヘブンちゃんは手で制し、
「いあ、そーではなく。パンケーキとかオムレツとかサラダとか。なんかこー彩り豊かな食卓が幸せな家庭の第一歩だと思うの」
そーいうものなんだろーか。
うーんと、冷蔵庫の中を思い出してみる。
「昆布とクルミの和え物ならあるけど」
「チョコフレークにしょうゆ味はきついよー」
諦めたのか、そのまま無言でフレークを口に運びだす。
「最近、チョコフレークに、はまってるの」
「そーなんだ、何で?」
「最近見た映画で、主人公がおいしそうに食べてたのよ」
「唐揚げ食べてくれてたら良かったのに」
ブツブツ言いながらも、フレークを口に運ぶ動きは止まらない。
そんな天使様の様子をなんとなく見ながら、疑問を投げかけた。
「ヘブンちゃんは、これからどうするの?どこか行くところとか?」
スプーンを加えつつ、ふむ、とこちらに視線を向けるヘブンちゃん。
「まず、わたしは愛香のそばから離れられない」
チョコフレークを一すくい、わたしに向けてきた。
それをはむっ、と食べてやる。
「離れられない力とかが働いてるの?」
「その前にこれって」
わたしの口から抜き出したスプーンを、おもむろに口に入れ、真剣な面持ちでググっとこちらに顔を近付けてきた。
「間接キスよね」
「同じ顔だから、なんか変な気分になるわ~。ヘブンちゃんは嬉しいの?」
言われたヘブンちゃんは、スプーンをくわえつつ、ニヤリっと笑みをこぼす。
「すっごい素敵体験」
素敵なのか。
「わたしのこと、好きなの?」
上目遣いに、相手の表情をうかがう様に聞く。
「とーぜん! 愛香可愛いからね! まーわたしと同じ顔なんだから、可愛いのは当たり前なんだけど」
つまり自分の顔が大好きなのか。
「顔だけなの?」
「顔だけだなんてとんでもない! さらさらの髪、すべすべの肌、もっちりとしたお尻、芳しい匂い!」
「寝起きの匂いとか、すっごく恥ずかしいんですけど~」
こちらの抗議の声も聞かず、勢いよく立ち上がり、
「さらにこの間接キスの味はまさに至高の花の蜜!まさに、愛香味の牛乳!」
あ、よだれ垂れてる。
「ヘブンちゃん、朝からテンション高いねー。それと椅子の上に立つのは行儀悪いよー」
こちらの声に、ハッと我に返り、そそくさと席に着く。
「フッ、思わずヒートアップしてしまいましたわね」
前髪をふわさっとかき上げ、こちらに視線を向ける。
「つまり、離れられないというのは、そういうことなのよ」
「そういう?」
「好きな人から離れられないの」
手を胸の前で組み、乙女モードに突入していく。
「なるほど、わかったわ」
わたしも好きな美少女がいたら、離れたくなくなるだろう。うむ、真理である。
「つまり、このまま居候になるわけか」
「不束者ですがよろしくおねがいします。家事は出来ませんが夜伽なら自信あります」
深々と頭を下げてきた。
「家事出来ないのか」
「ちょっと苦手で~、あ、パンツとブラの洗濯なら出来ます! 手洗いでやさしくします!」
何やら力強く言ってくるが、それはまー無視して、
「天使様なら、なんか魔法みたいなことはできないの? 魔法でえいやってやって、部屋が綺麗になっちゃいました、とか」
よくぞ聞いてくれましたと、胸をドンっと叩き、瞳を輝かせる。
「そんな魔法は使えない!」
「できないのか」
ちょっと期待しちゃった。
「しかし、一つだけ力が使えます!」
「どんな?」
思いっきりこちらに顔を近付けてきて……なんか鼻息が荒い。
「ボンバー・ドン! っていう技です!」
「えーと、それって、どんな?」
なんとなーく、名前で想像は付くけど。
「触れたものを爆弾に変える能力です」
「物騒ですね、天使様」
つまり、昨晩夢で見たアレか。爆弾作りが得意な天使様ってなんだろう?
「けど、その技ってなんに使うの?」
「戦いに使えるわ」
不敵な笑みを浮かべてくる。
「戦う相手がいるの?」
「人生は戦いよ!」
「なんか適当なんだね~」
爆弾とか物騒だし、普通の生活では使い道ないな。
わたしが、はぁ~ってため息付いたら、気にしたみたい。
「あっ! ほら他にも、飛べます! わたし!」
慌ててフォローしてきた。
「わたしを乗っけて飛べたりするの?」
「任せて下さい! ロードローラーだって片手で持ち上げながら飛べます!」
「えっ!?」
もしや……
「あのー、力あるの?」
腕をぐっとあげて自信満々に、なぜか残ったチョコフレークを一気に流し込み、一気に飲み込む。
「よく食べよく動く元気な子なので! たぶんゴジ〇と喧嘩しても勝てます!」
なんとまあ。
「つっよいのね~」
「えへへへぇ~、愛香に褒められちゃった」
少し言っただけで、すっごい嬉しそう。そんな顔されるとこちらも悪い気はしない。
「そだ、午後にでも街に行かない? 晩ご飯買っておきたいし」
「おー! デートだ!」
嬉しいのかはしゃぎだす。
「ただ、その白ローブだと目立つから、着替えてね。わたしの服貸してあげるから」
「えっ!?」
ビックリした表情を浮かべてこちらを見て、その顔がだんたんといやらしい笑みに代わる。
「ぐっふぇへへへっ、愛香の生洋服着れるのか~」
「エロいな天使くん」
食事の片づけを終えたわたし達は、部屋の中で着替えを繰り広げていた。
「ヘブンちゃん、服の下何も履いてなかったの?」
「はい、スースーしますが、その感覚もまた良しといいますか」
服だけでなく、下着も貸すことになった。
うーむ、服はともかく、下着はなんとなく背徳的というか、微妙な気持ちがするものだ。
「うへへへへへっ、わたしも愛香も下着姿。下着パーティーだー」
「うむ~、自分の下着姿見てる気がして、変な気分になるなー」
「もーこのままお出かけしちゃおう」
「それはさすがに恥ずかしいよ」
「そーなの?」
じっとわたしを見つめてきて、突然……
ぎゅっ!
「愛香ちゃ~ん」
抱き付いてきた。
「よしよし、ヘブンちゃんも可愛いよー」
懐いてくれるのは、可愛くていいので、頭をなでてやる。
「さてさて、お着替え続けよう」
床に広げた服から、良いのが無いか探す。
「ペアルックとかいいかな」
「さすがに同じ服を二着も持ってないよ」
普段は適当に決めるものだけど、やっぱり二人で決めるとなると違う。
ファッション雑誌は持ってないので、ネットで検索したり、けど検索した結果は活用されず、なんだかんだで無難なスカートスタイルを選ぶこととなった。
「あ、思い出した」
――――午後。これから出かけようとなったとき、ヘブンちゃんが何か思い出したようだ。
「どうしたの?」
いぶかしむわたし。
「朝の会話だけど、一つだけやることがあったんだっけ」
「どんなこと?」
わたしに顔を近付けて、にやりと笑う。
「わたしって、心の中の天使って言ったじゃない」
「うん」
「つまり!」
わたしのほっぺたを両方の掌でぎゅっと挟み込み、
「心の中の悪魔も、どこかに現れてるはずなのよ!」
ぎゅっとされながら、ヘブンちゃんを見つめる。
悪魔。
天使はこんなだけど、わたしの悪魔って、どんななんだろ?
なんとはなく、嫌な予感が頭をよぎった。
まだ日が照っている時刻。
しかし、街の路地裏の道には、その日の光は差し込まず、薄暗い。明け方のように。暮れ方のように。
人の視線もほとんど入り込まないアンダーグラウンドに、
どさっ
何かが倒れる音。
「ひぃっ!? な、なんなんだ? なんだあんたは!?」
誰かの悲鳴。
地面に倒れる複数人。それを囲む、恐怖に顔を引きつらせ、足の震えている複数人。
その中心には、一人の人影。
黒く長い髪に、中学生くらい?の身長。震えた人影たちに向ける強い眼光。
その顔は、愛香そっくりであった。
次回、新キャラ悪魔ちゃんが登場します。