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第十四話 天使様が少女たちのキスを目撃したようです。

 ――――夜叉。鬼神である。

 女性の夜叉は、ヤクシニーと言われている。

 鬼神はその名の通り、人を食らい災いをもたらす存在である。

「――――つまり、その身に宿した神の本能のまま、暴れているのだろう」

「物知りなのね、ヴィズ」

 素直に感心した。目の前に転がる……生首に。

 あれから何度もアタックをかけたが、神を宿した法界ほうかいさんのガードがやたらと固く、さらに反撃は激しく、悪魔のヴィズちゃんは、今はこうして首だけの存在として鎮座することとなっている。

 最初はキモいなーと思っていたが、さすがにもう慣れてきた。自分そっくりの顔の生首を見て動じないって、これは女子高生としていろいろとヤバい境地に達してしまってるのかもしれない。

「……ぁぁあああだぃぃぃいいいいまあああああ!」

 ドップラー効果を発生させつつ、天使のヘブンちゃんがこっちに突っ込んでくる。

 何度も見た光景に、こちらも体が慣れてきたのか、器用にかわすことができた。

 床に思いっきりダイブしたヘブンちゃんが立ち上がる。

「受け止めてほしかったのだ」

「あの勢いを何度も受け止めてたら、腕がもげちゃうよ~」

 上目遣いに抗議してくるヘブンちゃんに合いの手を返す。

 法界さんへと視線を向けると、ただただその場に鎮座するのみ。

 はてさて、どうしようか。

「あそこから動かないし、近付かないでほっとくとか……」

「いつか治るのかな?」

 いつの間にか体を復活させたヴィズちゃんがそう言う。

 ほっといて治るものなのだろうか、神さま降臨って。

「うーむ、法界さんから、神さまがいなくなればいいのよね」

「わたしら、そんなことできないよ?」

「物理的に倒す以外のことはできません」

 この二人も超常的な存在のはずなのに、出来るのは物理攻撃だけとは。

「あ、そだ、遠距離攻撃だけにしようか」

 ヘブンちゃんが名案とばかりに言う。

 有言実行、ヘブンちゃんが手当たり次第に物を投げ込み爆発させ、ヴィズの巨大な無数の槍が降り注ぐ。

 床や天井に亀裂が入ってたりしてるが、もう後のことは気にしないようにした。

「効かないねー」

「そーだねー」

 凶悪な破壊音をまき散らしてる二人が、のんびりと会話を交わす。

 すると突然、ヴィズちゃんが驚きの表情を浮かべた。

「あ、やば」

 コルク栓を抜くような軽い音とともに、ヴィズちゃんの首がふっ飛んだ。

「ぐげえええええっ!」

 ヘブンちゃんも悲鳴を上げてぶっ倒れる。

「首がめっちゃ痛いいいぃぃぃ」

 痛いと言ってはいるが、首には傷一つ付いていない。ヘブンちゃんは、やっぱり頑丈である。

「ヴィズちゃんは、痛かったりするの?」

「痛みは無いよ。あったら、ショックで死んでると思う」

 頭を拾い上げ、首に乗せて位置を調整しているヴィズちゃん。

「なんか、攻撃されたの?」

「例の見えない剣って、かなーり伸縮自在みたい」

 ヴィズちゃんが何度も言っている剣。わたしには見えないんだけど、切っているから刃物系の何かなのだろう。

 ふと、机に寝かせていた魔術師研究会会員の方々三名の姿が、目に留まった。

めぐりちゃんたちなら、神さまを帰らせる方法、何か知ってるかな?」

「おお、知ってるかもですね。なにせ研究してる会なのですから」

「起こして聞いてみる?」

 今のところ、運がいいというか何というか、廻ちゃんたちへは剣の攻撃が向けられてはいない。

 そこへ、軽い足取りのヘブンちゃんが近付いていく。

「ぐげええぇぇぇぇっ!」

 何の前触れも無く、突然、潰れた声を上げながら、ふっ飛ぶヘブンちゃん。

 あ、首から落ちた、痛そう。

「お、おっぱいを思いっきり切られたああ! 女の子にそれ、絶対しちゃダメなやつだぞおおぉぉ!」

 聞くだけで痛そうだ。わたしも思わず、自分の胸を腕で隠してしまう。

「ねえ、愛香まなか! せめて、『大丈夫? ヘブンちゃん』くらい言ってくれてもいいと思うのおおぉぉ」

「いやなんか、ふっ飛ぶの見慣れちゃって……なんか、どーやっても平気なのかなヘブンちゃんって思っちゃって……」

「わたしだってちょっとは痛いわい」

 ちょっとなのか。床が切断される攻撃を受けているのに。

 やっぱり心配はいらなさそうである。

 ヘブンちゃんは、法界さんを睨みつけた。

「えーーい、もーおこったー! バカ―っ! 死ねーっ!」

 言って、手近にあるものを片っ端から投げつけ始めた。なんか子供みたいだ。

 いくつもの爆音が鳴り響く中、また、ヘブンちゃんの変な鳴き声が響き渡るのであった。どっちも頑丈だなぁー。

「愛香、三人を連れてきたよ~」

「えええっ~いつの間に」

 唐突なミッションコンプリートのヴィズちゃん。

 見ると、足元に転がっている三人の姿があった。

「血の糸で三人を引っ掛けて釣ったの」

 ヴィズちゃんの力は応用がきいて、優秀だわ。どこぞの天使と違い。

「えらいぞ、ヴィズちゃん」

「わたしはおとりかー!」

 ヘブンちゃんの心の叫びが聞こえたような気がした。

 それはともかく、三人を起こさなくては。

「ヘブンちゃん、ヴィズちゃん、三人を起こしてる間、法界さんの相手をしててくれない?」

「なんとかやってみる~」

「仕方ないな~」

 二人はわたしたちと法界さんとの間に陣取り、再び攻撃を再開した。

「廻ちゃん~起きてー。朝だよー」

「……う~ん」

 寝返りを打つが、起きる気配がない。

「起きてよー」

 体をゆすったり、ほっぺを伸ばしてみたりするが、起きない。

「起きるのだー」

 最終手段とばかりに、わき腹をくすぐってみる。

 しかし、起きる気配がない。

「うーん、起きないよー」

「起きないときはアレしかないわ」

「アレ?」

 ヘブンちゃんがこちらを向きながら、不敵な笑みを浮かべる。

「乙女のキスよ!」

「アホか」

 百歩譲っても、ヘブンちゃん以外にそれで起きそうな気がしないのだが。

「あーもー、持たせるのがきつい。愛香ちゃん、もーなんでもいいからやっちゃえ!」

 ヴィズちゃんから、緊急のキス押しコールが掛かる。

「やれー、やるのだ愛香ー」

 ヘブンちゃんからは、キスが見たいだけな雰囲気がしてならない。

「あっ……」

 ヴィズちゃんの途切れるような声が聞こえたかと思った瞬間、その体が細切れに四散した。

「あっ……」

 突然の出来事に、見ていたわたしも、思わず小さい声が、口をつく。

 さらに、違う角度から、千切れたような小さい音と、不快な擦り付けるような音が聞こえた。

「うっそ、マジ?」

 ヘブンちゃんの驚きの声が耳に入るが、視界に入った光景の方がはるかに衝撃度が大きかった。

 ヘブンちゃんの右腕のすそがすこし千切れ、白い肌に、一筋の赤い糸……

 背後からは石の擦れる大きな音と、強い風、夕焼けの色が、わたしの肌にわずかな熱を感じさせる。

 教室の壁が切り落とされて、外との境界が無くなったのだろう。

 今まで以上の、強い切断能力が発動したのだろうか……。ヘブンちゃんの一筋の赤、初めて見た負傷に、大きなショックがあった。

「ヘブンちゃん!」

 わたしにしては珍しく、大きな叫び声が口をついて出た。

 そのわたしに笑みを返してくるヘブンちゃん。

「大丈夫、こんなの傷のうちに入らないさ」

 何をカッコつけているのかこの天使は。こっちが散々心配してるというのに。ほんとうに、心配のし甲斐のない連中である。

 ともかく、ヘブンちゃんの防御まで突破されちゃった今、もうのんびりとはしていられない。

 わたしは覚悟を決めて、廻ちゃんに向き合った。

「……廻ちゃん、いくよ」

 自分からするのは初めてだな。

 一息吸い込み、わたしの唇が、廻ちゃんのそれと重なった。

「うっ、ん……」

 小さなうめき声は漏れたのだが、まだ起きてくるような気配がない。もう少し、深い方がいいのかな?

 もう少し、もう少しだけ、強く唇を吸ってみた。

 小さく、小刻みな震えが、廻ちゃんに抱き付いている上半身に感じられた。そして、その目がゆっくりと開かれていく。

「やればできるじゃない、愛香」

「茶化さないでよ、ヘブンちゃん」

 起きたばかりの廻ちゃんは、まだ意識がぼんやりとしているのか、辺りをゆっくりと見まわしていた。

「廻ちゃん、おはよう」

てん、……ちゃん? おはよう。……何が、どうなってるの?」

「愛香が廻に、おはようのディープキスしたの」

「ヴィズちゃん、変な言い回しやめてよ。……って、粉みじんになってたのに、もう復活してるんだね」

 茶化すのはアレだが、めちゃくちゃな再生力だ。

「えっと、廻ちゃん。大雑把に説明すると、神さまの乗り移った法界さんが暴れてて、手が付けられないの。なんとかならないかな?」

「神さま……成功、したんだ」

 まだ、わたしに抱き付かれたままの姿勢で、廻ちゃんが状況整理しだしたようだ。

「そう、成功したけど暴れてて、今、ヘブンちゃんとヴィズちゃんが、わたしたちを守ってくれてるけど、そろそろヤバそうなの。なんとかしないと」

 天使悪魔コンビを見ると、また防衛線を復活させ、がんばってくれていた。

 少し心配だけど、今は頼るしかない。

「うーん、どうにか……」

「法界さんは、魔法陣から動かずに、散発的に遠距離攻撃を仕掛けてくるわ。見えない剣みたいので。それと、こっちの攻撃はまったく効果ないの」

 ざっと、法界さんの特徴を伝える。

「えっとー、たぶん、効果ありそうな方法があるんだけど……」

 自信無げに、苦笑いする廻ちゃんだった。

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