第十三話 天使様が神様相手にカチコミするようです。
明るい蛍光灯の白。
それを黒に塗りつぶす教室内のデコレーション。
黒いチョークで描かれた五芒星の各頂点に、五人が配置する。いや、五人ではなく三人と二匹になるのかな?一人は廻ちゃんで、残り二人は後から入ってきた一年生の会員の方たち。他二匹は、不可思議生物ことヘブンちゃんとヴィズちゃんである。
魔法陣の中央には、長身の黒ローブ。深い藍色の装丁の分厚い本を広げ、呪文かな? 何やらつぶやいている。
それを眺めるわたしは、タケノコの形をしたチョコ菓子をひとつまみし、口に運んだ。
放課後、一部の文化部生徒を除き人がいなくなった校舎。この部屋の近くに部室となってる教室はなく、思いのほか静かな時間が流れている。
黒で覆われた部屋に魔法陣、高いロウソク立て。一種独特な空気が辺りを覆い始める。
音を立てるのが悪いことのような気がして、口に含んだチョコを注意しながらゆっくりと喉へと流し込んだ。こんな食べ方ではあまり美味しくはない。
静かな中、黒ローブを着た長身の人物、星乃法界さんの声だけが静かに紡がれていく。
「神さま~来てくださいまし~神さま~どうか~女子高生の頼み事ですよ~JKですよ~レアですよ~」
これは呪文なのか神さまをバカにしてるのか……これで今まで幽霊や魔女をよく呼び出せていたものである。
「かーみーさーまー」
ヘブンちゃんもつられてか、念じ始める。
「JKとかレアものですーおいしいですー」
ヴィズちゃんも、謎の呪文もどきを紡ぐ。
「かーみーさまー」
廻ちゃんたち人間組も祈り出した。
なんか傍から見てると変な宗教である。
というか、何教のなんて神さまを呼ぼうとしてるのだろう?わたしは神学とか詳しくないから良く分からないけど、神さまってたっくさん存在すると思うのだけど。
誰かに聞こうにも、他のみんなは儀式に参加してるし、それを止められる雰囲気でもない。
仕方なく、黙って様子を見ていることとする。
見ていると、あることに気が付いた。
「ロウソクの火が、揺れている?」
扉も窓も締め切っている。風は室内に吹いていない。
一瞬、みんなの声で揺れてるのかなと思ったが、全員、ロウソクを背にしている。
突然、布ずれの音と何かが当たる乾いた音が聞こえた。
魔法陣の頂点に立っていた一人が、倒れたのだ。
見ると、他二人の体も、小刻みに揺れている。
天使と悪魔は揺れてはいないが、非常に苦いものでも噛んだような、横一文字な口をしている。気分が悪そうだ。
今や呪文の声は、法界さんのものだけになっていた。
さらに、二人目、三人目も倒れていく。
さすがに止めるべきかなと思い、席を立った時、法界さんの声がひときわ大きくなった。
「降臨せよ! ヤクシニー!」
知りたいと思ってた神さまの名前、それがヤクシニーなのか。
呪文が止み、ロウソクの火が消えた。
火が消えても明かりは付いているので、暗くなることはない。けど、暗くなったように錯覚してしまう。
法界さんが、持っていた本をその場に落とす。
落ちた本は、開かれたまま、一部のページが歪に曲がった無残な姿をこちらに向ける。
「うーん、貧血になったよー」
「わたしも、なんか吸われたみたいでフラフラだよー」
悪魔と天使がふらついた足取りで、こっちに来た。
「血は飲ませてあげないよー」
「えー愛香ちゃんひどーい」
先に言われたヴィズちゃんが、がっかり声を上げる。
「とりあえず、倒れてる三人を見てあげましょう」
わたしとヘブン、それとヴィズで三人を引っ張ってきて、床に寝かせる。
息はしてるし、大丈夫かな?
「愛香、もしや人工呼吸!? わたしにもして!」
「人工呼吸なんてしないから。というか、ヘブンちゃんは意識あるじゃん」
「無くなれ、わたしの意識」
柱に頭をぶつけ始めたヘブンちゃん。柱を壊さなきゃいいけど。
そんな状況の中、未だに法界さんは魔法陣の中心で突っ立っている。
「あのー、法界さん? 大丈夫?」
恐る恐る近付いてみる。
返事は無いし、ただ突っ立ているだけの相手に、何やら嫌な予感がしてくる。
「あぶない愛香!」
ヴィズの声が聞こえたと同時、強い衝撃が全身を襲う。
物凄い速さでわたしに抱き付き、その勢いのまま床へとダイブしたのだ。
「ちょっと、ヴィズちゃん痛いから~」
ヴィズの抱き付きから抜け出る。
さっきまで自分のいた場所が視界に入った瞬間、動きと声が停止する。
床に亀裂が入り、その先、テーブルがきれいに真っ二つに割れていたのだ。あのままそこにいたら、スライスされていたのは、わたしだったのかもしれない。
「めちゃくちゃな切れ味ね、あの剣」
「剣? 何かで切りつけられたの?」
「愛香を庇うとき、血で盾を作ったんだけど、それごと切り裂かれた」
ヴィズの視線が下に向く。
「ひぃっ!」
小さく悲鳴を上げてしまう。
ヴィズの左足、膝から下が無いのだ。
「大丈夫、すぐ治るから」
言ってるうちに、血が噴き出し、それが固まり足となった。
「首がもげようが、心臓が潰れようが、血さえあればすぐ復活するから」
「あなたも、大概無茶苦茶な体してるのね」
心配のし甲斐のない子たちである。
「ボンバー、ドン!」
ヘブンちゃんの声が鳴り響く。
「プリーヴァ」
法界さんがかざす手に光がともる。
爆音が轟き、煙で視界が遮られる。
「愛香ちゃん」
「うん?」
真剣なまなざしでこちらを向くヴィズ。
「血を、吸わせて」
「……こ、こんなときに、ブレ無いわね」
「ちがうって、たくさん使いそうな状況になりそうだから、今のうちに補充したいの」
たしかに、ただ事では無さそうだ。
「う、うん。ちょっとだけね。貧血にならないように」
「加減するね」
言って、わたしの制服の胸元が開かれる。うう、なんか恥ずかしい。
ヴィズの口が、わたしの首元を蹂躙する。
「ふわああああぁぁぁっ……」
飛んできたヘブンちゃんにぶつかり、ふっ飛ばされるわたしたち。
「ちょっ! ヘブンちゃんなにするの」
「しょうがないよおお、わたしだって好きでふっ飛ばされてきたわけじゃあないし」
法界さんというか、それに乗り移った神さまにふっ飛ばされてきたようだ。
「愛香ちゃんの血で充電満タン! いっくよー」
今度はヴィズちゃんが突っ込んでいく。
煙が晴れたため、その姿がハッキリと見えるが、法界さんは最初の場所から動かず、立っているだけだ。
ヴィズちゃんの血の糸がその体を縛り上げていく。
「全身貫く!」
言った瞬間、糸から無数の針が出て、それらが砕け散った。
糸も細切れになり、ヴィズちゃんの体も……その、なんだ……血しぶきをあげて粉々になった。
「やっぱり、あの刃が天敵だなー」
一瞬で復活したヴィズちゃんが、そうつぶやく。
治ってはいるけど、見てるこっちとしては、はなはだキモイ。
ヘブンちゃんが近くにあった椅子を持ち上げる。
「ふっ飛べー!」
あり得ない速度で投げつける。
「ボンバー、ドン!」
本日二度目の爆発業だ。
煙立ち込める中、構わず突っ込むヘブンちゃん。
拳が法界さんに当たる直前、またもこっちにふっ飛んできた。ちょっとやめてほしい!
再度ぶつかる衝撃に、全身が悲鳴を上げる。わたしは、この二人と違ってデタラメ性能じゃあないんだから、勘弁してほしい。
「ヘブンちゃんは、なんか念力みたいなもので飛ばされてるの?」
「たぶん、ヴィズにしたのと同じ、切る力だと思う。ほら、わたしって頑丈だから切れないのよ」
ヴィズちゃんが細切れになる力を受けて、かすり傷一つないとか、どんだけ頑丈なんだろう。
勘違いしないでもらいたいが、いくらヘブンちゃんがわたしとソックリだからと言って、決してわたしの肌が固いとかいうわけではないのだ。わたしは至って乙女な柔肌なのである。
「なんか手はある? 二人の攻撃がまったく効いてないようだけど」
「向こうの攻撃だって、こっちに効いてないし。なんというか、メタルスラ〇ム同士の戦い、みたいな?」
途中で投げ出しそうだな、それ。
ヴィズは、今度は無数の矢を生み出していた。
ヘブンちゃんは、今度は近くに落ちてた花瓶を握りしめる。
三人の戦いは、まだまだ決着しそうにはなかった。




