蝙蝠さんはデカい事をやらされるようです。
その頃デルフォール家の廊下をドタドタと足早に歩く男がいた。
「父上!父上はご在宅かぁぁぁ!」
語気を荒げながら歩いて来たのは如何にも貴族らしい豪華の身なりにこれまた豪華な装飾品を身に着けたグリクス・デルフォールである。
「父上!ここにおられましたか!少々聞きづてならぬ話を耳にし真偽のほどを確かめに参りました!」
焦りを滲み出させた顔をしながらも平穏を装うとした態度に些かの哀れみを持ちつつブレイビッド・デルフォールが答える。
「何事だ!騒々しい!貴様の声を聞いていると頭が痛くなる。さっさと要件を言うがいい!」
そう言うとブレイビッドは机に置かれている書類に目を落とした。
グリクスが何を聞きに日頃寄り付きもしない父の屋敷に来たかは想像がついている。
今日はデルフォール家にとって大事な日だ。その件に関してしかない・・・
「父上!我が屋敷の者が話しておりましたが新たに転生した男を息子に迎えるとは誠でございますか?しかも!・・・しかもあまつさえそれを後継者として襲名させると!」
やはりな・・こやつの言動は手に取るように予測できる・・・我が息子ながらつまらぬ男だ・・・
ブレイビッドは最早グリクスに見込みがないと判断していた。故に久しぶりに転生によって選ばれた者を後継者として据えようと根回しをしていたのだ。
「だからどうだと言うのだ!あくまでも現当主の私が決めた事だ!お前にとやかく言われる筋合いはない!分かったらお前も早急に準備をしろ!」
そうグリクスを窘めたが流石にその言葉だけではグリクスを納得させるには至らなった。
いや・・むしろ火に油を注いだと言っていいだろう。
グリクスはまるで茹でたタコのように顔を真っ赤にしこう言い返してきた。
「父上は気でも触れましたか?後継者ならば僕が居るではありませんか!そんなどのような経緯で転生したかも分からない若輩者よりは僕の方が優れているに違いありません!お考え直し下さい!父上!」
確かに代々デルフォル家は長男が家を継いできている。グリクスも当然自分が跡を継ぐものだと思い込んでいたのだ。
そこに急に父親が新しく子供を迎え、しかもそのどこの馬の骨とも分からない男に跡目を譲ると言い出したのだからグリクスにしてみればたまったものではない。
百数十年も待ち焦がれていた物をぽっと出の悪魔に奪われたとあっては強欲に属する悪魔とってはとても耐えられるものではない・・・
何が何でもその転生悪魔を父上に会わせる前に葬らなければ!いくら転生悪魔には強い能力を持つ者が多いとはいえ奴はまだ転生したてだ!今ならば殺せるはず・・そうすればまた僕が・・・・
グリクスは話しながらもそう思考を巡らせていた。
「グリクスよ・・今までは確かにそうであった。だがしかし!私はこのままこのデルフォール家を五賢老家の4位で置くにはもう耐えられぬのだ!確かに貴様は優秀だ・・しかし貴様からは私を超える野心を感じぬ・・簡潔に言うとつまらぬのだ。」
ブレイビッドは心底つまらない物を見る目でグリクスを見下ろした・・・
「つまら・・つまらないとはどういう意味ですか? 父上!」
グリクスは未だかつてない怒りに見舞われ無意識に擬態を解き真の姿をが露わとする。
その姿は銀色の体毛に覆われ2mは優に超える大きな蝙蝠・・・種族は吸血貴族蝙蝠である。
貴族と呼ぶにふさわしい美しい姿ではあるがその本質は一度暴れ出すと敵味方関係なく攻撃し相手の血が一滴もなくなるまで貪る残酷な種族である。
「グリクス!!貴様今何をしているのか分かっておるのか!私の前でその姿を見せたと言う事がどういう意味を持つかを!」
ブレイビッドは怒りを込めグリクスを恫喝した。
悪魔が擬態を解き相手に真の姿を見せるという行為は服従の証か殺意の現れのどちらかである。
しかもグリクスが父親に向けたのは明らかに後者であった。
「貴様ごときが私と戦うとでも言いたいのか?・・・もうよい・・貴様に跡目を譲らん本当の理由を話してやる・・・・」
ブレイビッドがそう切り出すし語り始めた。
「グリクスよ。確かに貴様は頭も切れ人当たりも良い。だが貴様は私の跡を継いだ時点で現状に満足してしまうだろう・・・それが強欲に属する悪魔にとってどれほど恐ろしい事かわかるであろう。」
ブレイビッドがそう言うとグリクスは一瞬で何かを悟り擬態の姿に戻る。
それを見届けるとブレイビッドは話を続けた。
「貴様はそんな事はないと思うかもしれんが現に私もそうであった。父の跡を継ぐと言う事に固執し、いざ継いだ時私はこのデルフォール家を守らねばと思ってしまったのだ。」
ブレイビッド懐かしむように窓の外を見ながら話しを続けた。
「分かるかグリクス?強欲の悪魔が安定を望んだのだ・・・もはやそれは強欲ではない。私は必死にそれを否定したが一度安定を考えてしまうと最早止めようがない。それは私の血を分けた息子であるお前も例外ではない。何しろ私がそう教育してきたのだから・・・」
父親の懺悔にも思える話にグリクスは困惑していた。なぜ父はそんな事を悔やみ後悔している。貴族として家を守るのは当たり前ではないか!・・・と。
グリクスが困惑していると廊下の方から何とも間延びした声が聞こえてきた。
「ブ~レイビッドさ~ま~・・お連れしましたよ~。転生者のクロク様をお連れしましたよ~」
声の主はサポート悪魔のラヴィだった。
「あ!いたいた~ ブレイビッド様 クロク様を連れてきました。すぐ会われますか?一応今はアスクさんがご案内した部屋でお待ち頂いてますが~」
それを聞いてブレイビッドは慌てて従者達に宴の準備を急ぐように指示を出す。
グリクスはしまった!と思うがもう遅いと悟りすぐさま新たな手を考えていた。
「すまんなラヴィ。少々身内の話で立て込んでいてな。もう大丈夫だ 転生者をつれてきてくれるか。一刻も早く話がしたい。」
「・・・わかりました~ でも大丈夫なんですか?いきなり襲われたりはありませんよね?」
ラヴィはそう言うとグリクスの方をチラッと見てニヤリと笑った。それはまるでグリクスが考えてる事を見抜いてるかのように的確だった。
「グリクスよ。今日はとりあえず帰るがよい。後日詳しい話をしよう。それとも今この場で全員を敵に回したいか?」
ブレイビッドがそう言うと悔しそうに部屋を後にした。
ラヴィはグリクスが屋敷から去るのを確認しブレイビッド様も大変ですね。と言いクロクを迎えに向かった。
「ブレイビッド様 グリクス様に監視の者をお付けしましょうか?」
メイド長のレシアがブレイビッドに進言してきた。
「当主襲名式まで双方に何かあっては困る。頼めるか?」
その言葉を聞きレシアは数名の部下に指示を出し部屋を後にした。
数分後扉がノックされ執事長のアスクがクロクを連れやってきた。
「ようこそ!我がデルフォール家へ!当主として歓迎する。」
ブレイビッドの威厳に満ちた声が部屋に響き渡る。並みの悪魔なら即座に膝を落としひれ伏すだろう。だがクロクは違っていた。
「歓迎痛み入ります・・・が!いまいち今の現状がわかりません。ご説明頂けますよね?」
その様子を見ていたラヴィは慌ててクロクに諭す。
「クロク様 その態度はマズイです。ひじょ~にマズイです!・・ブレイビッド様!クロク様はまだ転生されたばかりでですね・・・そのなんと言うか・・」
ラヴィが必死に弁解しようとする横でクロクは我関せずと話を続けた。
「ラヴィから一通り話を聞いたがどう考えても話が美味すぎる。美味い話とお世辞しか言わない奴には気を付けろが俺のモットーでしてね。その辺を腹を割って話しませんか?」
そう話した直後部屋の空気が一変した!
従者達は一斉に戦闘態勢に入り部屋の入り口にはメイド長のレシア 窓際には執事長のアスクが退路を断つ形で陣を取った。
横ではラヴィが顔を真っ青にして慌てていた。
そして執事長のアスクが優しくそれでいて殺気を込めて話しかけてきた。
「クロク様 その態度は些か不遜が過ぎるかと・・・」
アスクが全てを言い終わろうとした時豪快な笑い声が響きそれまでの部屋の緊張が嘘のようにかき消された。
「フフフ・・フフ・・フハハハハ・・皆そう構えずにも良い。私はこんなに面白いと感じたのは数百年振りだ。いいだろう!腹を割って私から話そう。」
そう言うとブレイビッドは椅子から降りクロクの前に胡坐をかいて座り話し始めた。
「単刀直入に言おう。クロク!お前は俺の跡を継ぎ五賢老家の全てを手に入れこのアウァリティア商国初の魔王になってもらう。手段は問わんが期間を3年と決める。それまでにお前が五賢老家を手中に収められなかったり国民をお前が魔王であると認めさせられない場合は私の息子のグリクスの従者として一生仕えてもらう。これが私の本心だ。どうだ?できるか?」
クロクはポカーンと口を開けこいつ・・なにいってんだよ・・・と思った。
しかし直ぐに気を持ち直し考え出した。
従者達はこんな若輩者にそんな事ができるはずがない。どうせ直ぐに断るだろう。見ろ!あの呆けた顔を。考える振りなどして浅ましい。などとコソコソと話をしている。
だがクロクはこの瞬間に既に何通りかの案を思いついていた。
「おもしろい・・どんな手を使ってもいいのか?例えばこのデルフォール家の資産を全て使っても。」
それを聞いてブレイビッドは再び笑い出し答えた。
「いいだろう。この家の資産・従者全て自由に使うがいい。しかし3年でできるのならばな。」
「ああ!そのことなんだが3年は無理だ。」
クロクがそう答えると従者達はやはり奴には無理だ。あんな学のなさそうな奴には何年掛かってもできるわけがないと笑い出した。
しかしクロクが次に言い放った言葉で従者達どころかブレイビッドも驚くことになる。
「どう計算しても3年は掛からない。1年半・・・いや1年でやってやるよ。」