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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
Welcome to FANTAGOZMA
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灯火

りんごをちょうど食べ終えたタイミングで、部屋に老人が戻って来た。その手には煌々ときらめく碧色の石がはまった指輪を手にしている。


俺の前まで来ると、近くにあった椅子に座り、持っていた指輪をはめた。


「どうじゃ。これでわしの言う事が分かるか」


「!?」


俺は自分の耳を疑った。さっきまで全く話が通じなかった老人が、いきなり流暢な日本語をしゃべったからだ。だが、すぐにそれが何の仕業か気づく。


「…その指輪はマジックアイテムみたいなものなんですか?」


「ほう。そなたらの故郷にもマジックアイテムは存在したか。いかにも。これは『交流の指輪』。これをはめとれば例え相手がオーガだろうと会話ができるじゃろう」


「翻訳機の上位互換みたいなものか…」


言葉が通じないことはなかなか厄介な懸案ではあった。それが解消されたのは、かなりの前進だ。


「それはこの世界の人達はみんな持っているのですか?」


「いや。これはなかなか珍しいものでな。この指輪は一部の魔法使いか勇者しか持っておらん。かくいうわしも、昔はけっこう名の知れた魔法使いだったのじゃぞ?」


「そうなのですか…」


ではやはり、言葉の問題というのは残るらしい。俺もどこかであの指輪を手に入れないとこの先あの女を見つけることもできないだろう。


『このじいさんから隙を見て奪っちまえばいいだろう。このじいさんもお前が憎むこの世界の住人の一人なんだぞ?』


心に巣くう、憎しみの感情がそんな事を言った気がした。一瞬出たそんな感情を、自己嫌悪の念と共に飲み下す。


(この世界への復讐はもちろん果たす。だが、それに関係のない人達を巻き込むのは道理に反する)


「改めて御老人。瀕死の所を助けていただき、本当にありがとうございました」


「わはは。さっきも多分そう言ってたんじゃろうな。よいよい。困ったときは助け合う。それが人間の道理じゃ」


そう言っておじいさんは柔らかく笑った。笑うととても若々しく見えたが、目尻に浮かぶ幾数の皺は、この人がどれだけ長い年月を生きてきたのかが分かる。


「それにしてもお前さん。またなんであんな辺境の荒野で倒れておったんじゃ。偶然わしが通りかかったからよいものを、そうでもしなけりゃ確実に死んでおったぞ」


「…」


俺はどういったものかと迷う。無論、馬鹿正直にこの世界をぶっ壊しにきましたなどと言うつもりはないし、だからといって上手い言い訳を思いつかない。


俺が黙っていると、おじいさんは何か察してくれたのか、まあそれは別にいいじゃろう、と椅子から腰を上げた。


「見れば一文無しで、そのうえかなり弱っておると見える。何やら身に着けている衣だけは変わった生地のものじゃが、それでもそこまで汚れておればあまり高くは売れまい。しばらくはここに泊まっていくといいぞ」


(…このじいさん、俺を警戒しないのか?)


いくら弱っているとはいえ、明らかに不審な男だぞ。俺は。俺が悪い人だったらどうするつもりだ。まあ、実際いい人ではないわけだけど。


「…お心遣い、感謝します」


しかし結局俺は、申し出をありがたく応じることにした。事実今の俺はこの世界に対してあまりにも無知すぎる。ここにしばらく泊まって、この世界についていろいろ教えてもらうことにしよう。


老人はにっこりと笑い、うむと頷くと、部屋のドアをガチャリと引いた。


「うわわわーー!」


するとドアの奥から少女が転がり込んできた。びたーんと床に頭を押し付けると、イタタという風におでこをさすった。


老人はあきれたようにため息をついた。


「シーナ。やはり覗いておったか。気になるのなら直接部屋にはいればいいじゃろうてあれほど言ったのに…」


「サーセコマイスルジャキンネ!」


少女と老人はなおも何か言い合っている。俺はその間、部屋に転がり込んだ少女を眺めていた。


俺より2つ3つくらい下に見えるから13~14歳くらいだろうか。やや薄い茶髪にまんまるな栗色の瞳。150センチに満たないであろう身長にあどけない表情は、まだ幼さとを残しているが、同時に将来はかなりの美人になり、多くの男性を魅了するだろう予感を思わせる。


その少女は俺が見ているのに気づくと、慌てて老人の背中に隠れた。


「こら、挨拶くらいせんか。すまんな若いの。この娘は14になるんじゃがいかんせん、ここらへんにはわししか住んでる者がいないもんじゃからかなり人見知りするようになってしまってな。ほれ、これを貸してやるからちゃんと挨拶せい」


老人から指輪を借りた少女はそれを人差し指にはめると(指輪はその少女には大きかったようで、すぐ指の付け根までストンと落ちてしまった)、おずおずとこちらに挨拶してきた。


「私はシーナ。アセムの、娘です」


「…俺は立花集だ」


「タチバナシュウ?変わった名前ですね」


「いや、タチバナは苗字って言って、シュウのとこだけが名前なんだ」


「へえー…。そうなんですか…」


「…しばらくの間、ここで厄介になる。よろしくな、シーナ」


「…(コクリ)」


指輪を老人――アセムに渡すとシーナはとててと奥の部屋に行ってしまった。本当に人見知りな少女のようだ。


アセムさんは、やれやれと肩をすくめると俺に向き直る。


「すまんが、よろしくしてやってくれ。将来のためにもな。――夜ごはんを作ろう。悪いが、手伝ってもらえるかね?」


「あまり料理はしたことが無いのですが…、分かりました」


「わはは。助かるわい」


そうして俺は、アセムさんに付き従い、部屋を後にした。


無人になった部屋では、未だ暖炉がパチパチと音を立てていた。


ついに(主人公以外の)メインキャラクター登場です。

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