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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
分かたれた袂、振り返る恋慕
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終止符

「……どういうことだ?」


俺は訊き返しながらも、どこか確信に近い不安を覚えていた。これを聞いたら、今までの自分のアイデンティティが崩壊してしまう。そんな、どうしようもない不安を持ちながらも、俺は彼女の言葉の続きを求めずにはいられない。


「シュウ、あなたは無関係な人は巻き込まない、そう言ったわよね。多分、それがあなたがいつも言う『道理に反する事』なのだと思うのだけれど、じゃあ、今ここに横たわる無数の死体は何なの? これは無関係な人ではないの?」


セシリアが仲間の無残な死体を指さし言う。


「無関係な人は『出来るだけ』巻き込まないと言ったはずだ。第一、お前らだっていつかこんなことになることも覚悟して、デイティクラウドに入隊したはずだ。それは、いついかなるとき、任務で命を落とす覚悟を持って敵とみなした連中と闘うということ。それをシーナみたいな一般市民と同じ全くの無関係な人とは捉えられないな」


「いいえ、彼らは無関係よ」


セシリアはすくりと立ち上がる。俺とセシリアは目と鼻の先の距離。後ろで楓が刀を構える音が聞こえたが、俺は片手を挙げて制す。

セシリアは続ける。


「だって、この一連の騒動はあなたの街を救うこととは関係ないもの。シュウだって今そういったばかりでしょう。ララ達を殺すのには意味がないと。今のこの騒動はね、シュウ、――あなたの只の一人よがりな復讐劇よ」


「――ッ!」


セシリアの言葉に、頭がガツンと殴られたような衝撃を覚える。

全身に鳥肌が立ち、寒気まで覚えるような、それほどの衝撃が俺を襲う。

今までも既に分かっていた真実。ただ、それによって巻き込まれた人達の死体を目の前にさらされ、改めてその事実を突きつけられた時、自分が絶対的に誤った選択をしていたと確信させられる。


突然目の前に姿写しが現れた妄想を視る。その鏡の中の俺は、全身を返り血に染め、俺を見て狂気に口元を歪める。

いや、これは本当に妄想なのか? この鏡に映る俺は、今そのままの俺を写しているのではないか。


直後、後ろに引っ張られる感覚の後、我に返る。

何者かが襟を引っ張られ、後ろに放り投げられる。

そこには、入れ替わるようにして、楓が日本刀を振りかぶっていた。


「それ以上――集を惑わせません!」


「――ッ! ララ、退がってて!」


刃がまじりあい、火花が散る。

楓の一撃はセシリアの双剣で楽々と受け止められている。


「……そう、この膂力。あなたもどうやらシュウと同じ世界の人らしいけど、シュウと同じく、あなたも身勝手な復讐が目的かしら?」


「私怨の何が悪いことだと言うのですかッ!」


楓が『英姿刀浪』で、セシリアの一方の剣を弾き、一回転した後の勢いを乗せて、追撃の一閃を放つが、それはもう片方の剣で弾かれる。


「最初に理不尽に襲ってきたのはお前達ですよ! 私とて目の前で家族や友人を失いました! だからこそわかります。集は、己の復讐心を限界まで抑え込み、出来るだけ最小の被害で、来たる悲劇を阻止しようとしているのです! たった一つの復讐すら否定する資格なんて、誰にもありません!」


「だからと言ってむざむざ親友を殺させるわけないでしょっ!!」


「がっ!」


初めて荒げた声と共に、セシリアの魔剣が輝きを増し、一撃を刀で防いだ楓をそのまま吹っ飛ばした。

仲間を殺させられないのはこちらも同じだ。


「――ッ!」


俺はいつでも発動できるよう用意していた『嵐衣無縫(テンペストヴェール)』を即座に展開。セシリアに殴りかかる。

最大出力の嵐を纏わせた拳と、光り輝く魔剣がぶつかり合う。そのままぎりぎりとせめぎ合う。


「いい、あなたがいくら綺麗ごとを言ったところで、今あなたがしているのは結局は只の復讐よ。それのせいで、一体何人が死んだと思っているの!? それはいつも言ってる道理に合わないんじゃない?」


「黙れよ!」


そのままワンツーのコンビネーション、全て防がれると同時に旋風脚でセシリアの顔面を狙う。


「フルンディング!!」


神速の蹴りが顔に触れる直前、セシリアの双剣から魔力が暴風となって現れ、少しばかり風圧で体が飛ぶ。蹴りは空を切り、かまいたちを生む。

フルンディング。セシリアが持つ紅い双剣の呼称。地球で血をすすると言われた魔剣と名前がほぼ同じなのはただの偶然か。

フルンディングは今までがまるで遊びだったかのような膨大な魔力を発し、刀身を紅いオーラがユラユラと揺れる。最大出力の『嵐衣無縫(テンペストヴェール)』ですら届かないと確信させるほどの、濃度の高い魔力。


先ほど拳を交えてわかっていたことが再び頭に上がる。俺はセシリアに届かない。カリラや楓と連携しても、今のあいつと闘って勝算は薄いだろう。

しかし、、ここで退けば死ぬだけだ。俺は覚悟を決め、一歩踏み出そうとした時だった。今まで、それこそ嵐のように渦巻いていたフルンディングの魔力が、次の瞬間に、――全て霧散する。


「ッ! なに!?」


今まで確実な死を予感させていた魔力が消失し、同時にセシリアからどんどん戦意が失われるのを見て、俺は動揺する。

今戦闘態勢を解くのは自殺行為にも等しい。こちらの油断を誘っているのか?

セシリアは、静かに、諭すように言う。その言葉は、まるで今までの喧嘩を水に流そうというような、友達のような穏やかさを持っている。


「私からも、本当の最後に言わせてもらうわ。シュウ、これ以上無意味な戦いはやめましょう。もし将来、この世界が異世界侵攻をするというのなら、私が必ず止めてみせる。それはファンタゴズマの名において……ううん、あなたの友人のセシリアとして、それだけは約束するわ。だから、シュウ――」




「私を、信じて?」




「――ッ!」


その言葉は、今まで俺が散々セシリアに言ってきた言葉。それを言われる側になり、初めて、この言葉の本当の真価を実感した気がした。

確かにセシリアは信用に足る人物だ。異世界侵攻を止めてくれる公言する者の中で、これほど信頼感のある人物はいない。ならばもういっそ全てをセシリアに任せた方がいいのではないか。セシリアなら、俺よりもきっと上手くやってみせる。


先ほどまでの熱が波が引くように冷めていき、段々と冷静に考えられるようになってくる。さっきまで熱くなっていたのは、つまりはセシリアに図星を突かれて否定するのに躍起になっていたからではないか。


「……俺たちは沢山殺した。もう後には退けないとこまで来ちまってる。なのにお前はまだそんなことを言うのか?」


「勿論、私たちは以前のような関係には戻れないわ。それにはあまりにも人が死にすぎた。……でもこれから新しい関係を築くことは出来るわ。大丈夫、きっと罪は償える。本人が心の底から反省し、皆の為に貢献すれば、許されない罪なんて無いと私は信じてる」


その言葉は、体から染み入るように俺の中、心の奥底に響く。

セシリアは、先ほどまでの苛烈さが嘘のように、聖女のように優しく微笑む。それは今まで見てきた何よりも神聖なもののように、俺には思えた。


「……ここでお前の手を払うのは、道理に合わないよな」


「シュウ……じゃあ!」


「だが、言っておくが、俺だってお前に全部任せて異世界侵攻を食い止めさせるつもりはねえ。やるなら……俺も一緒だ」


「はい……はい!」


俺は嘆息し、『嵐衣無縫(テンペストヴェール)』を解く。その行動の意味に気づいたセシリアはぱあっと表情を明るくする。


「シュウ! お前は、それで本当にいいのですか?」


見れば、楓やアレン、アリサ、カリラ、そして今まで身を隠し、成り行きを静観していたシーナも姿を現している。そのどの表情も、俺の最終的な答えを待っている。


「皆、今まで俺に付いてきてくれてありがとう。そして本当に悪いな。どうやら俺たちの闘いはここで終わりにするのが良さそうだ。全て俺の指示で動いてたってことで、お前らにはなるべく罪がかからないようにする。本当に最後まで、行き当たりばったりの終末ですまない」


俺は頭を下げる。彼らには感謝してもしきれないし、同時に俺と同じく覚悟を決め、付いてきてくれた者たちに申し訳ない気持ちもある。


「……頭を上げてください、シュウ。私たちは、あなたを信じて付いてきたことに悔いはありませ――」


そこに、楓の声が頭上からかけられた時だった。








ヒュン、と風を切る音がした。








ドスン、と胸のあたりに重い衝撃。なんだ、と言おうとするが声が出ない。喉から何かがせりあがってきて、思わずえずくと、地面に真っ赤な斑点を生み出した。


顔を上げると、近くで楓が絶句しているのが見える。その視線の先は俺の胸。何を見ているのかと首を下に動かそうとすると、楓がやめて、とか細い声を出す。この光景はどこかで見覚えがある。いつのことだったかと少し記憶をたどると、すぐに思い出した。そうだ、空が割れた日のあの屋上で、佐藤が神崎さんに掛けたときの――。


それを思い出した途端、俺はやっと理解する。楓の静止を振り切り、自分の胸の辺りを見ると、予想通り、長く鋭い切っ先が肋骨を突き破り、顔をのぞかせている。


俺を貫いたそれはガンランス。投げられた方向を見ると、予想通りの人物。


「み…たか…ユーリ……。お前の…兄…は、仇、を……」


満身創痍、焦点も定まっていないスクルドは、うわごとのように呟き片手を天に掲げると、そのまま崩れ落ちる。今度こそ、スクルド・アイギスが息を引き取った瞬間だった。

それを見た俺は自分の状態を他人事のようにして、その事実を理解した。


俺は、死ぬ。


「スクルド!! どうしてっ!」


セシリアの叫びが聞こえる中、地面が急に迫ってきて、やがてずしんと遠くで衝撃。俺が倒れたと理解したのは、女の哄笑が聞こえてきたときだった。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 流石はスク兄! 最期の最期で、正義気取りの糞野郎に天罰を与えたのが自分の兄で、ユーリもきっと天国で喜んでるよ!」


「ララ!?」


突然壊れたように哄笑する親友を見て、セシリアは驚いたような声を上げる。段々と狭まる視界の中、楓やシーナ達が駆け寄ってくるのが見える。


「だって許せるわけがないでしょ!? あいつが、ユーリやスク兄、他にも私たちの仲間を沢山、たーくさん殺したんだよ? 逆にセシリアが何であいつを許そうとしたのか、私には理解できないよ?」


「シュウにもシュウの事情があり、それを自分でも反省し、改めようとしていました! その贖罪(しょくざい)のタイミングを狙って、スクルドに指示を出して殺すなんて!」


そうか、嫌にタイミングが良いと思ったら、ララがスクルドにランスを投擲するタイミングを指示したのか。そんなどうでもいいことを考えているうちに、既に視界は暗転していた。もう、何も視えない。


「集っ、しっかりしてください! 目を閉じてはいけません!」


「兄貴! こんな所で兄貴が終わるタマなわけありません! 気ぃしっかり張ってください!」


「……ッ! あなたの回復魔法でどうにかならないの? このままじゃシュウが……ッ!」


「やってるよ! でも、傷が深すぎて……血が止まらないの!」


まだ聴覚は無事なようで、周りからは、忙しない声が飛び交う。顔を見なくても、その声で誰がどんな表情をしているのか手を取るように分かった。




楓は気丈に振舞ってはいるが、意外と涙もろいからな。多分、今は顔をくしゃくしゃに歪めて怒鳴ってる。泣くな、せっかくの美人が台無しだ。残りを全てお前に任せることになってすまない。後の事、お前に任せるぞ。




アレン、この中で俺以外唯一の男ってことで、必死にこらえてるようだけど、声が震えてるぞ。涙声にもなってるし、お前にはもっと沢山の事を教えたかった。そして、お前は外道には向いてない。これが終わったらバリアハールに帰って妹たちの面倒を見ることに専念するんだな。




アリサ。お前はどこか変わったやつで、不思議とお前には少し惹かれてた。お前とは短い間しか言葉を交わすことは無かったけど、お前だけは、俺を信じて付いてきてくれた。それが、元の仲間たちと袂を分かつことになるって分かったうえで付いてきてくれた。それは一体どうしてだったんだ? 理由を聞いてみたかったがそれはどうやら叶いそうにないようだ。




既に痛いを通り越して、感覚が無くなっているが、胸の辺りに仄かな温かみがあるのは、シーナの回復魔法か。お前が魔法を覚えたいって言った時には頭を痛めたが、回復魔法に適正があるっていうのは、優しいお前にはピッタリの魔法で、正直嬉しかった。俺も、俺の師匠も、共に魔法を破壊の為にしか使えなかった口だしな。お前は芯が強い女だから、将来は沢山男が言い寄ってくるだろう。ちゃんと選別しなきゃ駄目だぞ。




全ての言葉は喉の辺りまでは上がるが、後はヒューヒューと弱い呼気が出るだけ。もう彼女らにこの気持ちを伝える手段は無い。徐々に遠のいていく声。最後に、こんな時でも気品を失わない威厳のある声が聞こえてきた。セシリアだ。


「シュウっ! ああ、なんでこんなことに……。また、やり直せると思ったのに…!」


こいつも大概お節介な女だったな、と俺は思う。思えば、こいつと初めて会ったのも、俺がカリラのマジックリングを没収されそうになった時だった。なんでお前はそんなに優しく出来るんだ?


「……ああ、それにしても…」


俺が最後に声を発せられた奇跡以外何者でもないだろう、周りの声にかき消されそうなほど細く、蚊の鳴くような声だったが、それでも紛れもなく、俺の口からは声が出た。

俺から声が出たことに驚いた周りは、先ほどまでの喧噪が嘘のように止み、一瞬静寂に包まれる。


この機を逃せば言う事はない。おそらくこれが俺の生涯最後の言葉だ。そう思っても、結局俺から出た言葉は思い出を懐かしむでも、これからの皆の身を案じるでも、愛する者へ語る最後の言葉でもない、ただ当たり前の、そう、当たり前すぎる世界の真理だった。




「やっぱり、俺たちが許されるなんて…復讐の連鎖を止めるなんて、あり得なかったんだよ……」




『――――――ッ』


この一言が、いずれ周りにいる者たちのこれからの人生に多大な影響を与えるなんて、当の本人である集は思いもしなかった。しかし、それは今は彼には関係のない話。立花集の劇的な生涯は今、こうして幕を閉じる。


消えゆく意識の中、最後に聞こえたのは、誰の声かは分からない、こんな言葉だった。






「――許さない」


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