加速する終末
向こうでカリラが振るった前足によるスタンプ攻撃を、ララは躱して逆にその前足を斬りつけた。生半可な攻撃では罅すら入らない漆黒の鱗が少しばかり裂け、赤い血しぶきが飛ぶ。
カリラが怒りの咆哮を上げ、離れた所で向かい合う俺とセシリアの骨の髄を震わせる。
「……」
「……」
両者にらみ合ったまま動かない。
二人の間合いは十メートル程度。充分お互いの間合いの範囲内だ。下手に指一本動かすだけで後の先を取られ、次の瞬間には首が飛ぶ。
周りから怒号や悲鳴、剣戟の音が聞こえる中、二人の間にだけは不気味なほどの静寂さが包んでいる。
アレンがデイティクラウドの一人に吹き飛ばされるのが視界の端に映り、無意識に肩がぴくりと跳ねる。
こちらには圧倒的火力と防御力を持つカリラがいるとはいえ、数でいえば圧倒的に劣っている。俺か楓で主戦力を早々に潰し、アレンとカリラの援護に回らねば制圧されるのは時間の問題だ。
「――ッ!」
そんなことを考えていたからだろうか、セシリアがノーモーションから突然間合いを詰めてきた時、一瞬対応が遅れた。
『嵐衣無縫』は間に合わない。『鉄の籠手』で最低限の自己強化を施し、セシリアの一撃をいなす。
「はっ!」
「ぐっ……」
しかしセシリアの返す刀の一閃は素早く、一歩退くのが遅れた俺の胸が浅く裂かれる。
「……『嵐衣無縫』ッ!」
大きく飛びずさり、なんとか『嵐衣無縫』を発動するが、気流が俺の鎧を形作る直前で、追い討ちとばかりに回し蹴りを喰らい吹き飛んだ。
数メートルばかりの所でなんとか踏みとどまる。蹴られた部位をさするが、幸い骨は無事のようだ。
その間に、セシリアは既に自己強化魔術で着々と準備を重ねていた。魔術を掛けながらも、双剣は常に正対に構え、俺をけん制している。
隙が無い。俺に負けないくらい戦闘慣れしている。それもこのような乱戦で。デイティクラウドの隊長として、それだけ修羅場をくぐってきたということか。仲間の時は頼もしかったが、こうして敵として相対すると、本人の強さも相まって、余計な脅威だ。
「……今の一撃で倒れませんか。流石にタフですね」
自己強化を終えたセシリアが声を掛けてくる。無論、こちらも自己強化を施そうとすれば、瞬時に間合いを詰めて襲ってくるだろう。
「デイティクラウドでかなり鍛えられたからな。これくらいで倒れてちゃこの街は護れないだろ」
「……ッ! 憎まれ口は変わらないですねっ…!」
セシリアが表情を歪め、こちらへ向かってくる。自己強化により、その速さは先ほどよりもさらに早く、次の瞬間には俺の前にいた。
「はっ!」
「ッ!」
セシリアの双剣による流れるような連撃を受け、躱す。嵐のような怒涛の攻撃を受け続ける俺に、次第にセシリアの顔には驚きが浮かぶ。
「…旋風脚!」
わずかに出来たセシリアの間隙に、嵐衣無縫で烈風の速度と化した下段蹴りを放つ。
蹴りが炸裂する瞬間、嵐の鎧となっていた気流を暴発させ、爆発力を生む。
山嵐には劣るものの、常人なら木っ端みじんになるほどの威力の技だが、セシリアは自ら蹴りの威力を相殺するように吹き飛ぶ。『嵐衣無縫』中で最速の技なのだが、それを事も無く受け流すとは…。そこで俺は再確認する。やはり現時点では俺よりもセシリアの方が強い。
セシリアは空中で器用に体をコントロールして、体勢を整えようとする。だが、それをみすみす見逃すはずがない。
「山嵐ッ!」
そこに俺は追撃の暴風を放つ。サイクロンにも似たその破壊の嵐は、未だ空中で、回避の出来ないセシリアを蹂躙するはずだった。
「――『自由』」
「なにっ!?」
しかし、そこでセシリアは俺の知らない未知の魔法を発動、なんと何もない空中を走り、山嵐を回避した!
まるでそこに見えない床でもあるかのように空中を疾走し、再びこちらへと迫ってくるセシリアに、動揺した俺は迎撃が遅れる。
「――『無影』」
慌ててもう一度山嵐を撃とうとするが、こちらに疾走していたセシリアが、いきなり影も形もなく消失する。まるで消しゴムで消したかのように存在そのものごと消えたセシリアだが、俺はそのスキルに近いものを、楓のスキルで見覚えがあった。
その名を紅霞と言う。
「――ッ!」
考えるより先に両手を前にクロスさせ、『嵐衣無縫』の出力を強化した瞬間、腕に重い衝撃が走ったかと思うと、そのまま後ろに吹っ飛ばされていた。
「――がっ」
既に俺たちの戦闘によって半壊していた教会の壁を突き破り、俺を隣の家屋に背中から突っ込む。幸い『嵐衣無縫』のおかげで打撲の怪我はないが、腕にはセシリアの魔剣により、黒々とした深い斬撃の傷が残っていた。
「ち……」
腕はまだ問題なく動くが、傷跡からはとめどなく血が滴り落ちている。このまま血を流し続けるのはマズイ。
「『静寂の炎』――ッウウ!」
俺は魔法による炎で、両腕の傷を焼いて塞ぐ。途方もない痛みが俺を襲うが、歯をくいしばり我慢する。早くしなければ、いつセシリアが追撃してくるか分からない。
ようやく血が止まったところで前から驚いたような声がかかる。
「……まさかそんな方法で傷を塞ぐとは…。正気とは思えません」
そう言ってこちらに近づいてきたセシリアは、その顔に驚きと、悲しそうな表情を浮かべている。
「……ねえ、シュウ。今ので分かったでしょ? あなたは強いけど、私には今は及ばない。今投降すれば、私もまだ擁護できるわ。ユーリのことも…今は置いておきましょう。だから、大人しく投降して」
セシリアが悲しそうにそう言う。その表情には覚えがある。今はとても昔に思える俺の入隊試験の時、俺がスクルドと決闘をすると言った時と同じ顔だ。
まだ、俺を友だと言うのか。
俺は小さくそうつぶやいた。
「……シュウ、あなたは最初からどこか不思議な人だった。いつも妙に達観していて、それでも自らの定めた道理には純真で、水面のような心と荒ぶるような苛烈さ両方を持っている人でした。そんな、正義を遵守するあなたになら、私が後任したあとも、デイティクラウドを任せられると思っていたのに……」
「……安心しろ、デイティクラウドはこれからは俺が預かる。『シャドウアイ』掃討作戦で不運な戦死を遂げたお前らの後任として、俺が次のトップを張る予定だ。証言者としてアリサに手伝ってもらう予定だし、この街の治安維持も継続する。どこも不満は無いだろう?」
「……ッ! そんなこと、容認できるわけ――」
「そしてもう一つ訂正しておくが、俺は別に正義を遵守してきたわけじゃない。ただ、通さなきゃいけない筋を通してきただけだ。正義を遵守するなら、今お前と争うような事にはならないだろ」
「……ッ!」
俺の無慈悲に突き放すような言いぶりに、セシリアは悲し気に顔を曇らせる。
俺とて好き好んでこんなことは言いたくない。だが仕方ないじゃないか。これが、これしか俺たちの進むべき道は無かったんだから。決別以外、どこに方法があったと言うんだ。俺の中で未だ色あせない、桐生たちの最期が脳内によぎる。
「……別にこの感情を理解してもらうつもりはない。実際に、体験してみなきゃ、この感情は分からねえ……」
「……そうね……」
セシリアが一度、うつむき、顔を上げたときには、そこにはもう友として接するセシリアの顔は無かった。あるのはただ仲間を、街を護ろうとする正義の執行者がそこにいた。戦乙女。そんなフレーズが頭をよぎる。
「……行きますよ、これで最後です」
セシリアが双剣を構える。確かに彼女の言う通り、このままでは勝ち目がない。
だが、それはあくまで俺と彼女が1対1だったらば、という話だ。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「――ッ!?」
聞こえてきた一際高い咆哮に、セシリアも思わず声の方向である後方を見やる。
「今のは……」
「……どうやら決したみたいだな」
「ッ! どういうこと!」
焦るセシリアに、俺は向こうの戦闘の結果を告げる。
「あれはカリラの勝鬨の方向だ。そしてずっと聞こえてた剣戟の音も止んだ。――俺たちの、勝ちだ」
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