疾風迅雷vs剣鬼
「俺がセシリアをやる。他は任せるぞ」
『分かった』
教会の天井を突き破り、月日に照らされたカリラは獰猛に頷く。確証はないが、その口元は歪んでいる気がした。
そんなカリラの頭で、直後爆炎が爆ぜる。
「どうだ!」
デイティクラウドの一人が勝鬨を上げる。魔法で先制攻撃を仕掛けたのだろう。普通の魔物なら即死レベルの威力だが、生憎カリラに圧倒的な魔法耐性の前には通じない。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「――ぱがっ」
雄たけびを上げたカリラが、前足を薙ぎ、それに巻き込まれた魔法使いはあっけなく肉片と化す。
「貴様ぁ!」
激昂したスクルドがカリラに飛び掛かるが、不意にそれは横合いから出てきた人物に受け止められる。
「ッ! お前は酒場にいた――!」
「……出来ますね。やはりあの酒場で仕留めて置いた方が良かった――ッ!」
楓はそのままスクルドを弾き返す。
「――ッ! 全員散開!」
突然シュウと相対していたセシリアが声を荒げる。
「上空に膨大な魔力――来るわよ!」
その声の直後、圧倒的熱量を秘めた火柱が上がる。
「ぐわぁ!」
「――ッ」
カリラもろとも周辺を焼き尽くす火柱に、デイティクラウドのメンバー二人が一瞬で炭となる。カリラには魔法は効かないため、影響はない。事前に取り決めていた、カリラを囮にしての大規模な上級魔法。
「『獄炎の柱』!? まさかっ!」
「……」
何かに気づいたスクルドが勢いよく振り向いた先には、見慣れた少女が杖を構えている。いつも何を考えているか分からない無機質な目、しかし今はその瞳に強い意志を募らせていた。
「――アリサ! お前、裏切ったのか!?」
「……私も、シュウから全部話は聞いた。そのうえで、私は、シュウについて行く……!」
「――チッ!」
スクルドの位置にまた爆炎。事前にそれを察知したスクルドが持ち前の身の軽さで躱す。
「考え直せ! 奴はララを狙い、……ユーリすらも殺した存在だぞ!」
実の妹の名前を出す際、スクルドが一瞬躊躇する。
「……私だって、家族を殺されたらそうする。シュウは私たちを護るって言ってくれた。だから、私はシュウを信じる…!」
「ちっ……絆されたか」
スクルドにだって、シュウが只の悪人で無いことは分かっている。
要はどちらが大事な者なのかの天秤だ。片方はユーリとララの命、もう片方にシュウの命。
デイティクラウドの大半は、共に過ごした時間も中身も、より濃密なララ達を取るが、仲が悪いわけではなかったが、無口で独特なため、いつも皆から一歩離れて接していたアリサにとっては、作戦を通じ、初めてより親身に寄り添ってくれたシュウに、秤が傾いたのだろう。スクルドにしても、シュウに人として魅力があることは認めるし、アリサの気持ちも分からないわけではない。だが……。
「アリサ、お前の魔法で今、仲間が二人死んだ。……死ぬ覚悟は出来ているだろうな!」
「――ッ!」
スクルドから放たれた本気の闘気に、Aクラスの生徒であるアリサでさえも怯む。
「お前の相手は私です!」
そこに楓が殺到、ランスと日本刀が火花を散らす。
「『颶風火扇!』」
「――『英姿刀浪』」
「なにっ!?」
スクルドのスキルによる魔力を纏った神速の突きは、同じくスキルにより相殺され、双方に距離を作る。
スクルドは油断なく構えるが、その顔には未だ冷めない動揺が見える。
「『英姿刀浪』だと……。貴様、どこでそのスキルを……!」
「なんということはありません。偶然、先ほどこの剣技を使う者を見かけた際、便利そうだったので盗ませてもらいました」
平然と言ってのける楓だが、スクルドには、それがあまりに常識外れなことか分かる。スキルとは、ほんの一握りの修練者が、長く練習を重ね、初めて体得できる技術。それを目の前の少女は、たった一度見ただけで体得したというのか。
「シュウが学園で修行している間、私とて修練は欠かした日はありませんが、私には教えられる者が誰もいませんでしたからね。このような手合わせは、正にいい修練です――!」
「ぐっ……舐めるな!」
突っ込んでくる楓を横跳びで躱し、ガンランスの魔弾で楓を襲うが、それを楓はことごとく躱す。身のこなしに自信のあるスクルドですら、その速さは目で追い切るのに精いっぱいだ。
「スクルド班長! 加勢します!」
「今、ララ班長が邪龍を相手にしています。私たちも《剣鬼》を倒したのちに、そちらへの加勢を――」
「おしゃべりとは余裕ですね――『紅霞』」
瞬間、スクルドの視界から、楓が消えた。
直後、楓に向かっていた班員二人が胸から血を噴き出し、倒れる。
鮮血は宙に舞い、まるで散り行く花弁のよう。
その前で、いつの間にか楓は二人の後ろで片膝を着き、静かに刀を鞘に納めていた。
「ッ!? ッ……まさか、斬ったのか!?」
遅まきながらその事実を理解する。なんてことはない、楓がただ相手に走り込み、斬りかけただけだ。しかし、そのスピードが速すぎる。抜刀から刀を収めるまで、《疾風迅雷》の異名を持つスクルドにすら視認できない速さだった。
「――居合い、という私の国では有名な技ですが、どうやらこちらの世界ではあまり馴染みがないみたいですね」
楓がすらりと刀を抜く。その動作はまさしく相対しているスクルドですら、綺麗だと思えるほどに洗練されている。一体、どれほどの覚悟と意思を持てば、ここまで刀と一体になれるというのか。
「私はシュウほど甘くはありません。慈悲などかけず、一刀の元に斬り捨てます」
「……私とてアイギス家の誇り高き騎士にして、この街を護るデイティクラウドの一員。ここで死ぬわけにはいかない!」
「……」
「……」
両者一瞬のにらみ合い。次の瞬間、二人はぶつかり合う。
リーチではガンランスのスクルドが上。スピードでは楓に軍配が上がる。
二人の闘いは次第に、加勢に入るタイミングを逸したアリサですら、視認できないスピードまでに昇華してゆく。
この激しい剣戟が止んだのは、およそ十分後。立っている者は夜闇色の髪を片手ではね上げた。
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