決断 下
「……それで、話とは一体何なのでしょうか?」
教会の入るなり、セシリアはまずそう切り出した。その瞳は、自分でも分かるほどありありと警戒と敵意とが表れているだろう。
「……そうだな。俺もまわりくどいのはあまり好きじゃない。それはお前も知っているだろう、セシリア?」
「――ッ!」
先ほどから何気なく発せられるシュウの台詞が、あまりにも学園で一緒にいるときのシュウそのもので、その度に今の状況が嘘では無いのだと突きつけられてしまう。
すると、後ろから私の隣に並ぶ者が一人。ララだ。
「――そういうのはいいからさ、さっさと本題に入ろうよ。セシリアは今、あなたが裏切り者だったと知って辛いの。それはシュウ君にも分かってるよね? それを分かったうえでこれ以上そうやってセシリアを虐めるなら――潰すよ?」
ララはそう言って無邪気な笑顔をシュウへと向ける。しかし、それはいつもの笑顔とは異なり、瞳には冷たい殺意を帯びている。特に語尾の迫力は、それが自分に向けられたものでなくても思わず身震いするくらいだ。
スッとシュウの眼が鋭く細められる。
「……そうだな。それじゃあまず、俺の過去についてから話そうか。――実は、俺はこの世界、ファンタゴズマとは違う世界の未来からやってきた」
「……は?」
いきなりシュウが突拍子の無いことを言い始め、セシリアを始め、その場にいた全員が訝し気にシュウを見る。
「未来、から?」
「ああ、何でも『ゲート』だかいう魔法で転移させられてな」
「シュウ、貴様よもやそんな世迷言を私たちが信じると思っているのか?」
「――アリス・バレンシュタイン。セシリアならこの名前を知っているんじゃないか?」
「バレンシュタイン様ですって!?」
「知っているのですか?」
スクルドの問いにセシリアは頷く。
「……王家専属の魔法使い。全ての魔法を使役することが出来る歴代最優の魔法使いと言われている御方よ。けど、王家と一部の者以外彼女の存在は知らないはず……」
「それを俺は知っている。どうだ、これで少しは俺の話を信じる気になったか?」
「……話を続けなさい」
続きを促されたシュウは、再び語り始める。
「俺が『ゲート』を通って十年の月日を遡り、この世界に来た。理由は簡単だ。この世界に俺の故郷を滅ぼされたからだ」
「滅ぼされた? それはどういう――」
「――異世界侵略だよ。お前らは俺たちとは全く関係のない勝手な理由でいきなり侵略を始めて、平和だった俺の街を火の海にしたんだ!」
今まで冷静だったシュウが初めて語尾を荒げる。そこには、隠し切れない怒りと憎悪とがない交ぜになっていた。
「せ、セシリア。そんなことありえるの?」
ララが動揺したようにこちらを振り向く。
「……父上―、現在の王は比較的穏健派よ。無駄な争いは好まない人。けど、王座を狙う者の中には、過激派も存在するわ。にわかには信じがたいけど、もし十年以内に今の王が倒れ、過激派の候補が新しい王になったら……」
自分で話しながら、ありえない話ではないなと思った。ただ、それはあくまで可能性の話であり、シュウの話を鵜呑みする理由にはならない。
セシリアは言う。
「話は理解しました。しかし、それはあくまで可能性の話であり、信憑性はありません。今の話だけでは、あなたの話を信じることは出来ません」
「……だろうな。だからこそ、アリスとやらの存在を認知していること、そしてお前らと一定の関係を築き、俺という人となりを信用してもらおうとしたんだが……」
その言葉にセシリアは思考する。
今までシュウとの思い出を思い返す。初めて出会ったのは、校門でグラム教官に捕まっているのを助けたとき。それから入隊試験、打ち上げ、日々の任務と、短いが濃密な時間がそこにはあった。あの時間を、シュウは全て演じていたとは思えない。
考えてみれば、《黒龍》としてだって彼は非道なことは一切していない。《黒龍》の行動のほとんどは、奴隷ブローカーや、市民を脅かす犯罪者集団を壊滅することだった。町中で許可なく乱闘することには違反しているが、それだって私たちでは手の回らない犯罪者たちを逃さないためにとっていた行動だとも彼自身が言っていたではないか。
「セシリア、――信じてくれるか?」
「――ッ!」
その言葉今使うのは反則だ、と思った。セシリアは桃色の髪を揺らし、首肯する。
「……わかりました。シュウ、あなたの話、信じましょう」
「セシリアならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう」
礼を返される。こういう律儀なところはやっぱりシュウなんだなあ、と少し苦笑してしまう。
「……まあ、それがセシリア様の決定なら仕方ないですか」
「ふふ、シュウ君だからこそ信用したんだよねー」
スクルドもなんだかんだ文句は言わず了承し、ララは意味ありげに流し目を送って来た。それについては、今は無視する。
「じゃあ、信じてもらえたところで本題に入るぞ。俺は、故郷への侵略を阻むためにも、この世界を変えたいと思ってる」
そこですかさず「言っておくが」と付け加える。
「だからといってこの世界を滅ぼそうとかは思っていないから、そこは勘違いしないでほしい。あくまで堅気には迷惑をかけない。それは道理に反するからな」
その言葉にやはりシュウは悪い者ではない、という気持ちが強まる。やはりシュウは、自分が思っていたとおりの人だ。
セシリアが頷き続きを促すと、シュウは話を続ける。
「そこで俺から提案だ。――お前ら、俺と一緒にこのファンタゴズマを変えないか? デイティクラウドとしてこの世界の闇と闘ってきたお前らなら分かるはずだ。この世界には悪が多すぎる。利害は一致しているはずだ。仲間になってくれるなら、本当の意味で俺とお前らは同志になれる。これまでと同じように、俺と組んでくれないか?」
「……」
シュウの提案は半ば予想していた通りの内容だった。セシリアは一度振り向き、周りの者を見返す。
全員が頷きを返してくれる。私の答えに従うと、そう言ってくれているのだ。そんな彼らに、セシリアも一度頷きを返す。
セシリアの中では、既に答えは決まっている。私たちに隠していたとはいえ、シュウが仲間想いなのは確かだ。でなければ、わざわざ自分が黒龍だと明かすメリットが存在しない。これは、セシリア達へ隠し事はしない、というメッセージなのだ。
シュウの提案に乗ろう。これまでのように、またシュウと背中を並べて闘おう。
そう決め、セシリアが口を開いたときだった。その直前で、スクルドが問うた。問うてしまった。
「その前にシュウ。お前、――三班とユーリはどうした?」
「……」
「……シュウ?」
シュウから表情が消える。その反応に、セシリアは嫌な予感を覚える。先ほどシュウが、黒龍として姿を晒そうとしたときと同じ感覚。
いやだ。もうこれ以上真実なんて聞きたくない! セシリアはシュウの次の一言を恐れた。それによって、また元通りになると思えた関係が、今度こそ潰えてしまうように思えたから。
しかし無情にも、シュウの冷徹なその一言は、セシリアの鼓膜にはっきりと届いた。
「そういえば言っていなかったな。ユーリとララ。二人は十年、いや、およそ八年後、俺の親友を殺した張本人なんだ。だから、悪いが二人だけは――ここで死んでもらう」
「――ッッ!」
それは、決定的な一言。私たちの仲を引き裂くと同時に、これからの死闘を知らせる角笛の音色。おそらく、ユーリは、もう。
ふと、後方から膨大な殺気が膨れ上がるのを感じる。見なくても分かる。スクルドだ。ララはまだシュウの言葉に実感が湧かないのだろうが、実の妹を手に掛けられたスクルドがこのまま引き下がるはずはない。例え、セシリアが何を言おうとも。
そして、セシリア自身、それを止めるつもりは無かった。
シュウは悲しそうに目を細める。セシリア達の反応を見て、答えを察したのだろう。
「……やっぱそうなるよな。うん。俺でもそうするし、当たり前だよな」
おそらく、シュウはユーリのこと、ララのことを口にせず、誤魔化してセシリア達と組むことも出来ただろう。しかし、シュウの理念がそれを許さなかった。
本当の同志になった者に嘘を吐くのは道理に反する。つまりはそういうことだろう。
本当に仲間に対して誠実な男だ。そんな所くらいは不誠実であってほしかった。そんな言葉が、気づけば自然に口から漏れ出ていた。
シュウは悲しそうに笑う。
「そうだな……。ほんと、俺もそう思う」
そしてゆっくりと右手を、マジックリングが嵌った手を持ち上げる。
「行くぞ。お前らと最後の闘いだ。生き残った奴が正しい。それがこの世界の道理だろ? ……顕現しろ、カリラ」
「総員、戦闘態勢! 目標はAAランク。――《黒龍》よ!」
『はいっ!』
デイティクラウドのメンバーが、勢いよく返事をした瞬間、目の前に漆黒の暴龍が現れた。
御意見御感想お待ちしております。
次回から遂にデイティクラウド編、最終バトルです!




