決戦の夜
翌日、決戦の時はきた。
デイティクラウドは作戦室に集まっていた。
彼らは既にそれぞれの得物を抱えており、室内は殺伐とした空気が流れている。
壇上でユーリが最後の作戦確認を行う。
「――では、これより作戦の最終ブリーフィングを開始します。デイティクラウドはこれより『シャドウアイ』の掃討、及びその首領とみなされるA+《嗤う影》討伐します。本作戦では四人一組のフォーマンセルを組み、八ヶ所の敵重要拠点を制圧します。その際、《嗤う影》と思われる人物の発見、及び想定外のアクシデントが発生した場合は、班長がそれぞれこの発煙筒を空に放ってください」
リーダーに手渡されたのは元の世界でも車などに付いていたような発煙筒だ。中々高価なマジックアイテムらしく、班長に赤、黄、緑一本ずつ配られた。
「緑は作戦完了時、黄色は班の勢力だけでは危険と判断した時に、そして、その脅威が部隊長を必要とするレベルと判断した際、それぞれ使用してください。分かっているとは思いますが、決して無暗に赤や黄の発煙筒を使用しないこと。戦力はかなり限られており、どこかに戦力を分散すれば必ずしわ寄せが来ます。黄や赤の発煙筒を確認すれば、私が『空間転移』で一度そこへ向かい、逐一指示を出します。皆さんはその指示に従って行動してください」
(流石の自信…いや、覚悟か)
少しの判断ミスが生死を分ける危険な作戦で、自分の指示に必ず従えというのはかなりの自信と覚悟が無ければ出来ないことだ。それは、『黒龍』のリーダーを務めている俺だから分かる重みだ。
判断を下す者が少しでも自信なさそうにするだけで、下の不信を買い、士気は大きく低下する。自分に命を預けろと、堂々と言える胆力が無い者に指揮官は務まらないのだ。
そしてもう一つ驚いたのは、ユーリが最高位の魔法である超級魔法、『空間転移』を扱えることだ。
『空間転移』その名の通り空間転移魔法。その移動できる距離は術者の技量次第であるが、そもそもの会得が難しいうえに、失敗すれば時空の狭間に飛ばされ、二度と出てこれなくなるというかなり危険な魔法だ。
『嵐衣無縫』の比にならない難易度のその魔法を、十代の小娘が使役することが出来るとは…。彼女と相対するときは、空間転移を視野に入れなければならないということを頭に入れておく。
「それでは最後に、部隊長から一言」
前に出てきたのは桃色の少しウェーブかかった髪をたなびかせる少女、セシリアだ。
セシリアは、昨日までの少し蔭が見えた表情ではなく、仲間が心強くなるような自信と威厳を持った表情で告げる。
「遂にこの日がやってきました。シャドウアイは末端を切り捨てていくスタイルで長らく尻尾を掴ませず私たちを悩ませてきた集団の一つです。しかし、それも今日で終わりにしましょう。仲間を失われた者、愛する者を奪われ者。様々いると思いますが、今日ッ!ここで!彼らの根元を断ち!ウィンデルの平和を取り戻しましょうッ!」
『おおぉぉぉおおぉぉぉぉおおおおお!』
教室が揺れるほどの喝采。咆哮。そのとき、彼らはまさしく兵士だった。
俺も気を引き締める。だがその胸に秘める決意は、今周りにいる者とは異なったものだ。
(ここでこいつらを見定める。手下として手元に残すか、それともその価値もなく排除するか。…全てはお前次第だぜ、セシリア)
俺は壇上で喝采を浴びる少女を睨めつける。
双剣を携え堂々と立つ姿は昔教科書で見た民衆を導く自由の女神のよう。
彼女がこの後女神よろしく室内の彼らを導くのか、それともオルレアンの乙女のように夢半ばで破れるのか。
俺はただ静かに、そのときを待っていた。
一方楓たち『黒龍』も、人気の少ない路地裏の空き地で大勢の少年少女を前に最後の確認を取っていた。
「今夜、デイティクラウドは『シャドウアイ』と呼ばれる組織の掃討作戦を行います。『シャドウアイ』はお前達も知っている者は多いでしょう。行く当てもなく路地裏に迷い込んだお前達を我が物顔で蹂躙し、身ぐるみを剥ぎ、時には奴隷商人に売りつけるような下衆共です」
目の前の子供たちはの歳はまちまち。アレン達とあまり変わらない十五歳くらいから、十一歳くらいの子供もいる。共通しているのは、彼らが楓たちが拾い、世話をした元ストリートチルドレンだということだ。
彼らは親に捨てられ、又は売られそうになり、そのどれも『黒龍』で養い、面倒を見ている者たちだ。だがそれは別に慈善活動というわけではない。すべてはこの日の、自分たちの手足となる兵が必要となるときのためにやっていたことだ。
少年達の顔は一様に真剣そのものだ。今まで散々乱暴された奴らへの報復と、命の恩人に対して報いるというただそれだけを胸に、今ここに立っている。
(昔テレビで見たゲリラ集団そのものですね、今の私は)
しかし楓たちが歩むのは修羅の道。世界征服という途方もない夢を実現するには、これくらいのことで自己嫌悪している場合ではない。
楓は言葉を続ける。
「『シャドウアイ』についてはデイティクラウドの奴らに任せます。お前達にはデイティクラウドが取りこぼした残党の始末と、デイティクラウドの動向についてを監視してもらいたいのです。まだ幼い子供であるお前たちならば、さほど怪しまれずに監視できるでしょう」
既にデイティクラウドの構成員については彼らの頭に入れさせてある。あとは大まかな動きさえわかれば襲撃も容易い。
「報告はシーナにお願いします。私は途中で仲間と合流します。いいですか、くれぐれも無茶はしないこと。私たちはお前たちが死ぬのを望んでいません。――これが終わればシーナが暖かいごはんを作って待ってくれているはずです。必ず生きて帰りましょう」
『はいっ!』
まだ声変わりもしていない、高い声の返事。それを最後に子供たちはバラバラに散開する。
「死ぬのを望んでいない、ですか」
自分が今子供たちに言ったことをつぶやく。そして自嘲気味に笑った。
「なら、こんな危険な真似、させるはずないのに…」
楓は一旦上を見上げ、再び顔を戻した時には、既にいつもの凛々しさが宿っていた。
「集はまだ甘さを捨てきれていない所がありますし、私がしっかりしてないといけませんからね…!」
楓は闇夜へ向かって歩き出す。
今日は風が強い。
楓の長い夜色の髪が、意思を持つかのようにばたばたと暴れた。
お待たせして申しわけないです。
遂に次回から、作戦始まります!




