問い
この話から、漫画でいう所の二巻が始まります。
これからもお付き合いお願いします。
まだ日本にいた時、ネットを見ていたらこんな話を見つけたことがある。
一人の女がいた。優れた頭脳で世界の仕組みを知り、持ち合わせた美しい容姿で人々を魅了した彼女は、やがて彼女はその国を統治する女性となった。
天才と国民から持て囃されていた彼女は国にとっては名君であったが、同時に他国にとっては暴君だった。あるとき彼女は国の為、圧倒的な軍事力を以て隣国に攻め入った。そして彼女は戦争に勝利し、結果的にその国は繁栄したが、周りの国々の民を大量に殺戮し、捕虜に対しても家畜並の扱いしか与えなかった。
そしてその国が滅んでからしばらくした後、ある問いが生まれた。――仮にタイムスリップしてその世界に行った時、目の前にまだ少女のその女がいたら、その女を殺すべきだろうか。
殺さなければ、歴史は繰り返される。
しかし殺してしまえば、隣国に対する虐殺は起きないが、彼女がいなくなることによって、その場所とは別の場所で惨劇が行われてしまう。所謂ジレンマ的な問題だ。
初めてそれを見た当時の俺は、今ほどではないにせよ、歳の割には現実的な思考の持ち主で、安易に歴史を変えれば、今の世界にどんな影響を与えるかもわからないと、少女を殺すべきではないと考えた。俺より更に現実的な桐生も同じ意見だった。
「でもさ、悲劇が起こらない選択ってのは無いのかな」
しかし、いつも一緒にいたもう一人の友人は俺たちの意見を聞いてこう答えた。
少女を殺すでも、ただ殺さないでもない、第三の方法は無いのかと。
佐藤の意見はネットの掲示板でもあったが、大半は甘い理想論主義者だと一蹴されているものだった。
「そんなのがあるなら迷いなくそれを選ぶさ。けど、現実はそう上手くいかないんだ。――佐藤、世界のみんながみんな、お前みたいに考えるわけじゃないんだ」
桐生は諭すように言う。佐藤も「いや、多分そうなんだとはわかってるよ。俺は馬鹿だけどそれくらいは分かるさ」と慌てて弁明した。
「けど、俺はやっぱりその二つは選べない。俺たちだけじゃ考えつかなくてもさ、世界中の奴らが俺たちと同じように考えれば、何かいい案が浮かぶかもしれないじゃん」
そう言って佐藤は少し照れながら笑った。そのとき俺は確かに感心し、「なるほど、確かにそうかもしれないな」と佐藤に返した。
その佐藤は死んだ。空が割れたあの日、神崎さんを、屋上にいた生徒達を救おうと足掻き、最後はあっけなくこの世界に殺された。
そして佐藤を殺した世界――ファンタゴズマの地で、俺は伏した死体を冷たく見下ろしながら、再びあの日三人で話した問いの答えを考える。
目の前に仇が現れて、復讐するか、否か。
愚問だ――俺は今さっき殺したデイティクラウドの少年を見やる。
何が起きたか分からない、という顔で虚空を見る瞳は、既に光が灯っていない。
この少年と過ごした日を思い出す。二週間前の歓迎会で、十五だった彼はオレンジジュースで俺と乾杯し、隣にいたブラートに「おいおい男なら乾杯は酒でだろうよ」と茶化されていた。
「そ、そんなことするわけないじゃないですか!セシリア様に見つかったらどうなってしまうか分かったもんじゃないですよ!」
少年は焦ったように手を振り、そして慎重にセシリアの方を伺っていたものだ。何故今こんなことを思い出すのか。
「――悔いているのですか、その少年を殺したことを」
不意に、月の光が届かない部屋の片隅から声が掛かる。
楓は見定めるかのように俺だけに視線を注いでいた。
「《黒龍》としてのお前を見てしまったのです。こうするしか方法はありませんでした。集、お前もデイティクラウドに入ると決めた時点でこのような事態の想定はしていたでしょう」
「わかってる。別に後悔なんてしてねえよ」
俺は屈むと、少年の開いていた目を閉ざす。そして、『静寂の炎』の魔法で彼の体に火を点けた。
すぐに火は少年の体をすっぽりと包む。魔法で放ったこの炎は音を出さず、ただメラメラと部屋の中を光で照らす。
部屋の中には死体が散乱していた。数は七か八か。そのどれもが俺と楓で仕留めた麻薬密売人の亡骸だ。
火が揺れるのに合わせて、部屋の壁を俺と楓の影が独りでに踊る。
俺は未だ燃える少年の死体から踵を返す。
「…直この建物にも火が移る。行くぞ」
「はい」
俺と楓は歩き出す。自分たちの業の深さを背負いながら。
どうしてこんなところまで来てしまったのか。俺はもう一度回想に浸る。
一人ではどうしようもなくても、みんなで考え、協力すれば、悲劇は避けられるんじゃないか。
かつてそう言った友人と、それを真に受けた自分を遠い昔のように感じる。
あれから数年後、仲間を惨殺され、異世界に飛ばされた俺はその時の問いの答えを考える。
タイムスリップし、目の前にいずれ復讐の相手となる者がいたら、俺はどうするか――。
でもさ、悲劇が起こらない選択肢って無いのかな。
今俺の隣には、あの時そう言ってくれた友人はもう、いない。
御意見御感想お待ちしております。




