脅威の刺客 ~NI・HO・N・SYU~
目の前にどんと置かれたのは、先ほど楓が飲んでいたような代表的な日本酒の熱燗だ。容器の首が細く、下部の膨らんだ形状が特徴の徳利と、そこにちょこんと付け合わせて置かれる御猪口。
勿論この世界に日本酒など無いし、少なくとも俺は今日まで見たことない。
残り四人となったカウンターに座る面々も、徳利の中で湯気を上げる透明色の液体に動揺を見せる。
「な、なにこのお酒…。いえ、そもそもこれはお酒なの?こんなの、王宮に住んでいた時にも見たことが無いわ」
皇女であるセシリアが見たことがないということは、やはりこの世界ではかなり希少な物なのだろう。シーナの奴、一体どこでこんなのを調達したんだ?
「へえ、セシリアでも飲んだことないなんて面白そう!」
すると未だ誰一人手を付けない中、熱燗を持ち上げる者が一人。ララだ。
ララは興味深そうに徳利の中を覗き、それから御猪口を見た。
「でもこのニホンシュってこんな小さいのに移してからちびちび飲まなきゃいけないの?時間も無いのにそんなのって面倒じゃない?これから直接飲んじゃえばいいじゃん」
「いや、それは流石にやめといた方がいいぞ…」
「そ、そうよ。まずは少し飲んでみてからにしないと体にも悪いわよきっと!」
徳利から直接飲むなんて聞いたことがない。確かに御猪口は一口程度の量しか入らないし気持ちは分からなくはないが一度熱燗を飲んだ者なら分かる。熱燗はあのサイズがちょうどいいのだ。
復讐の相手が急性アルコール中毒で死んでしまったとなれば笑い話にもならない。
俺はララに忠告したが、逆にそれは彼女の好奇心を刺激してしまったようだ。
「ふふ~ん。せっかくなんだし何事にも挑戦しないとね!セシリアもよく見ておくといいよ。これくらいする度胸が無いと、戦士は前線で体張れないんだよ!…ごくごく…ぶほッ!?」
「うわ、こっち飛ばすな!」
威勢よく啖呵を切って徳利ごと飲み始めたララは案の定、速攻でむせた。その拍子に口の中から日本酒が勢いよく飛び散る。予想通り日本酒の秒殺であった。
「ちょっとララ!?大丈夫ッ?」
「うう…喉がかーってする…」
カウンターに突っ伏すララ。日本酒を初めて飲んだ人は大抵こうなる。その姿は、リング上でグロッキーされた選手のそれを彷彿とさせた。
「ふ。情けないですね。デイティクラウドとやらもこの程度ですか」
「あ、あなた…!」
すると俺のララとは反対の方の隣の席で嘲りを含んだ声がかかる。勿論、楓だ。
ここらへんまで来ると、このくだりは中々終わらないだろうってことは俺にだってわかる。楓の言葉にセシリアが衝撃を受けている間に俺はふーふーしながら淡々と御猪口で熱燗を消化していく。ここからは俺が普通に飲んでいる間、勝手に耳に入って来た会話のみになる。
「刮目しなさい。これがお前達と私との間にある埋められない差です!」
「なっ…!その小さい容器を使わず、ララと同じ方法で飲むですって!でも、それ
はさっきララが失敗したばかりじゃあ…」
「…(どやっとしてるような雰囲気)」
「なっ…えずかない!?まさか、あなたはこのお酒をそのまま一気に飲んでしまうと言うの!」
「…っく、はぁ!ど、どうですか、これがお前たちと私の差です!」
「…ッ」
「これで分かったでしょう?お前達は集の隣に立つに値しません。大人しく諦めなさい」
「…え、俺?」
思わず手を止めて楓をガン見してしまった。この状況でどうやったら俺の話になる?
しかし、二人は既に彼女たちの世界を作ってしまったのか、俺の方を見向きもしない。俺を挟んだ形で二人のボルテージは上がっていく。
「そこでなんでシュウの話が出てくるの、彼は今関係ないでしょ!」
「いいえ、大いに関係します。シュウはこの日本酒を飲みます。毎日飲みます。浴びるように飲みます。生まれ変わったら目玉お○じになって御猪口で風呂に入りたいと豪語するほどに集は日本酒を愛しています」
勝手に捏造しすぎだろ!目玉○やじとかこっちの世界じゃ通じねえからな!
「そんな集の隣に立つんであれば、付き合いとしてあいつと飲み交わすのは必至。そうなれば集の傍にいる者は、一緒に日本酒を飲める者でなければならないのです!」
「流石にこじつけすぎだろ!」
「ぐっ…、た、確かに…!」
あまりの無理やりな理論にツッコミを入れるが二人は完全無視。シーナが「あのぉ、二人とも、もう時間なんですけどぉ…」と言っているが、二人には届かない。
「くっ!こうなったらなるようになれよ!」
セシリアは半ばやけを起こしたように徳利を掴み、一瞬の従順のあと、勢いに任せて飲み始める。
目をぎゅっと瞑り、あおり始めたセシリアだったが、やはりすぐに口を離してむせてしまう。
「~~ッ!ぐっ、げほっ、げほっ!何なのこれ…、焼酎とはまた違う。この独特の舌触りとツンと来る匂い…。今までのお酒とは全く違うわ…」
「しかしその他に見ない唯一の味だからこそ、集は好きなのです。そして確かに、独特であるが故にこの酒は人を選びます。舌に合わないのは仕方のないことです。仕方ないですから、私が代わりにこれからも集の隣を歩きましょう」
そう言った楓は今までの凛とした表情から反転、少しだけはにかむ。
そのギャップせいか、やり取りを見ていた男たちは惚けた表情を浮かべた。
シーナは俺の隣まで来ると、少し怒気の孕んだ口調でこそこそ言ってくる。
「…楓さん、酔ってるにしても少し度が過ぎると思うんだけど…。刺していい?」
「…まあ確かに、羽目を外しすぎてる気もするな…お前最後なんて言った?」
「うんうん。それじゃ不用意な事を喋る前に、そろそろ楓さんを回収して…」
「それは流石に楓も弁えてるし大丈夫だろ。あと、今のあいつの邪魔したら、あいつの癇癪に巻き込まれて俺たちまで刀の錆にされかねん」
「…楓さんって、見た目はあんなに凛々しいのに、中身はけっこう駄目な人だよね…」
二つ下のシーナに、残念な人を見るような目を向けられる楓は未だ不毛な論争を繰り広げている。楓ェ…。
あちらはあちらで佳境に突入しているらしい。あれからも楓に色々言われたらしい。俯いてぷるぷるするセシリアがカウンターの上で拳を小さく握った瞬間、勢いよく顔を上げる。
「それでもッ!今、彼は私の部下なの!これまではあなたの門下生の一人で、自慢の弟子を奪われたくないのは分かるわ!それでも…、それでも私はシュウの上司なの!あなたには負けられないわ!」
そう言ったセシリアの瞳には、鋼のごとき強固な決意が見える。曇りないその強い意志に、楓は好敵手に巡り合えたかのように笑い、そして言う。
「いいでしょう。お前の決意、かなり堅いと見受けました。その気持ち、闘志に、私も答えましょう。――そこのお前!私の分の日本酒を注文しなさい!」
「は、はいっ!」
楓は近くで様子を見ていたブラートに指示、いや、命令して熱燗を一本用意させる。
それを見て驚くセシリアに、楓は不敵に笑う。
「私は日本酒を飲むのが今日が初めてではありません。これではお前と本当の意味での勝利にはなりません。――勘違いはしないでくださいセシリア。これはハンデではありません。お前に勝った後、自分に迷いを抱くような余地を完全に消すために、私が私の為に行うに過ぎないのですから」
そして楓は徳利と一緒に置いてあった御猪口を投げ捨てる。投げた方向に破砕音。隣のシーナの額に青筋が浮かぶ。
それを見たセシリアも、また不敵にふふっと笑った。
「楓、と言ったわね?あなたの事、覚えておくわ。こんな気概の持ち主、そうそういないもの」
そしてセシリアも同じく自らの御猪口を投げ捨てる。見ていたユーリは大きなため息を吐いた。
二人は徳利を近づけ、コツンと軽く合わせる。
「それじゃあ…」
「乾杯」
二人は同時に徳利に口を付けた。
翌日、俺はいつものように登校する前にアジトへ行き、ドアを開けると、玄関で昨日と同じ体勢のまま倒れ込む黒髪の少女がいた。
「…」
俺は静かに扉を閉めた。
学校に行くとユーリが「今日は部隊長は休みだそうです」と教えてくれた。
俺は今朝の楓を思い出して一言つぶやいた。
「…今回は引き分けってとこだな」
自分で書いてなんですが、今回の内容かなりどうなんだろうって感じです。
御意見御感想もらえると嬉しいです。待ってます。




