一気飲みはダメ
飲み比べのルールはいたって単純。一分以内に出てくる一杯の酒を飲み干すこと。一分で飲み干せなかったり、ゲロッた奴はそこで敗北となる。要は一分に一杯を飲み干すペースを周りが潰れるまで続ければいいのだ。
「うおおおおおおおおおおお――がふッ!?げほっ!げほっ」
つまり、調子に乗ってジョッキを傾けすぎ、鼻にビールが入ってむせ返ってしまったブラートもここで失格という事だ。盛大に口の中のビールを吐いちまったからな。てか、馬鹿すぎだろ…。
「はい、そこの大きいお兄さんアウト~。お兄さんはお店を汚しちゃったので、今日の代金プラス銀貨一枚頂きまーす」
「…それは払わんからな」
「そ、そんな殺生なッ!?今日はお前が払うって聞いたから全然金持ってきてねえんだよ!ツケにしてくれ!」
「ダメでーす。もし払えないなら、裏通りのゲイバーで一日働いてもらいます」
「可愛い顔してアンタ容赦ねえなッ!?」
シーナの無慈悲な勧告にブラートは天井を仰ぎ見る。いや、事前に言われてたんだから自業自得だろ…。
「…ッ、はぁ!」
そんなブラートを横目で見ていたら気づけばジョッキの中は空になっていた。俺が空のジョッキを置くと、すぐさまシーナがそれを下げる。
「君、お酒強いんだねぇ。確かまだ十八歳になったばかりだよね?」
隣で既に一杯を飲み干していたララが話しかけてくる。人懐っこい笑顔を浮かべる彼女は、屋上で会った時の未来の彼女と重なり、思わず嫌悪感を持つが、なるべくそれが表に出さないよう友好的に答える。
「ああ。あと二年で自動的に卒業になるから、出来ればその前に成績優秀の評価をもらって卒業したいけどな」
学園の卒業方法には二種類ある。
一つは、二十歳を迎えることで、春に自動的に卒業する事。
もう一つは、Aクラスに在籍して、一年間降格しないことだ。
無論、難易度を考えると、前者の方が圧倒的に多いが、後者で卒業できれば色々と学費返還などの付与がつき、箔も付く。
そういえば、と俺はここで疑問だったことを問う。
「少し気になっていたんだが、デイティクラウドのメンバーも学園を卒業すれば、自動的にこのチームから脱退になるだろ?けっこう危険な仕事だし、部隊の戦力維持とかどうやってしてるんだ?」
デイティクラウドに入れば、多少だが報酬も出る。しかし、報酬のわりには危険なこの仕事を、進んで入る人がそういるのかと疑問を持っていた。
この問いに、ララはそうね~、と顎に手をやる。
「この学園って、平民より圧倒的に貴族の方が多いって知ってる?私も実はそうなんだけど、デイティクラウドに入ればね、貴族とかの間で箔が付くのよね。私は学園に在籍していた時、デイティクラウドに入っていましたー、なーんて言ったら、けっこう一目置かれたりするのよ?」
つまりは有名大学に合格していましたー、みたいな有利な学歴が付くようなものか。俺はなるほど、頷いた。
「さあ、ここで一分経ちました!一巡目はブラートさん以外全員クリア!では、二回目に入ります!」
シーナの声が響き渡り、ドン、と目の前にグラスが置かれる。中にはしゅわしゅわと水泡が跳ねまわる透明色の炭酸飲料。
「二巡目はジントニック。炭酸水に柑橘系を混ぜ、それをジンと混ぜ合わせた飲み物です。それでは二巡目、スタート!」
シーナの号令で一様にグラスを傾ける。
俺が飲み干したあたりで、右の方から立ち上がる者がいる。
「…私はこの辺でやめておきます。あまりアルコールは得意ではありませんし、明日に響いては困ります」
「えー。もう、ユーリはホントに真面目なんだから~」
席を立ったユーリは、カウンターの席から近い席に腰かけ、水を注文する。
こうして脱落した者はカウンターから席を立ち、最後まで席に座っていた者が勝者となる。
ユーリが脱落してからは、しばらく誰も脱落しない時間が続いた。
それが終わりを見せたのは、五巡目、カシスオレンジを飲み干し、そろそろ炭酸やらで、お腹がきつくなってきたときだ。
「く…そぉ…。タチバナが、倒れる、ま…えに、わ、たしが…、席を、立つ、わけには…」
「…おい、無理はするな」
俺のすぐ隣に座っていたスクルドが、ふるふると手を震わせながら、それでもほとんど減っていないグラスだけは離さずに、ぶつぶつと己と闘っていた。
その状態に、流石の俺も心配になり声を掛けるが、それが逆効果だったようだ。
スクルドは鋭い眼差しで振り返る。
「…タチバナァッ!君にそこまで言わせるなんて…、私は…私は自分がふがいない!君の眼に映る今の僕はぁ!そんなに頼りない姿かあ!」
「…兄さん。あなたが指さしているのはタチバナ君ではなく、あなたの妹です」
俺とは全く違う方向にいた実の妹を指さし、勇ましく吠える兄を、ユーリは冷めきった目で射抜く。
「なにッ!おのれタチバナ…、いつの間に私の隣に移動した…?お前のその身体能力の高さは何なんだ!」
「いや、元からお前の隣にいただろ…」
拳を握るスクルドを俺は半眼で見る。しかし、この発言に、意外にもセシリアが乗っかった。
「確かに、それは私も気になっていたことだわ。シュウ、あなたは魔法使いなのよね?今日のあの身体能力は一体何なの?」
「…」
まさかここで俺の話になるとは…。完全に予想外だった。
どう言ったものか、いずれ聞かれるとは思っていたが、いざ答えるとなるとどういうべきか迷う。
そこに、俺の隣でなおも虚空に向かって何かと対話していたスクルドを突き飛ばし、その席にどさりと腰を下ろした楓が割って入った。
「――それは私から答えましょう。シュウ・タチバナ…、彼は木風流剣術の一番弟子にして、その体を作る基礎の修行を唯一成し遂げた門下生です」
『…』
何言ってんだこいつ、てかそもそもお前誰だよ的な視線が楓に突き刺さる。
しかし楓は空気を読まないことでは『黒龍』の中では定評のある《ムードを破壊する者》としてその世界では第一線を歩く女だ。その程度、まるでそよ風を受けるかの如く華麗にスルーし、話続ける。
「木風流剣術はまずその剣術を実戦でき事の出来る体づくりから始まります。それは忍耐強さに自信のある者でも、三年とかからず辞めてしまうような修羅の道」
「わりと三年は頑張れちゃうのね…」
「しかしシュウは…、この修行を耐えきり二年の月日を経て、遂に圧倒的な肉体を手にしたのです!」
「二年しかやってないの!?忍耐強い人より続いてないじゃないそれ!耐え抜いたって言えるのかしらそれ!?」
セシリアのツッコミをものともせず語りきって満足顔の楓。あんなペラペラと、したり顔でデタラメを言えるなんて流石だな、こいつ。
「つまり、あなたがシュウ君に修行して、あれだけ強く知ってこと?」
「魔法に関しては違いますが、大体はそういうことです」
ララがまとめるように言った言葉に楓は頷く。へぇー、とララは興味深そうに相槌を打つ。
「そうなんだぁ。けど、それじゃあ試合の時、『私のシュウ』って言ってたのはどうして?あれ言ってたのって、あなたでしょ?」
「簡単です。集と私が婚約しているからです」
「おー」「ばふッ!?」
「おい…」
残りわずかであったカシスオレンジをセシリアが戻しそうになる。吐かないでなんとか飲み干したが、えずいて涙目になった彼女は、慌ててこちらを見やる。
「こここ婚約!?それは本当ですかシュウ!?」
「…楓は酔ってるだけだ。剣術の指導を受けているのは本当だが、婚約云々ってのは嘘だ」
「な、なんだそうなの…」
どこかほっとしたように見えるセシリア。すると背後から殺気。なんだと振り返れば、その主は近くのテーブル席でジョッキをあおる巨漢。
「…へー、そんなべっぴんさんと婚約ねー。へー」
「…だから楓は酔ってるだけだ」
「へー、楓ちゃんって言うんだその子。すごい面白い子。私はララ。よろしくねー」
ララが面白そうに楓に手を振るが楓はそ知らぬふり。お前、復讐の対象だからってそんな敵愾心を露骨に出すなよ。
「楓ちゃんはこの店の常連さんなんだけど、すごい面白いんだけど愛想が悪いんですよね~。でも悪い人ではないんで、嫌わないであげてくださーい。…あ、でも男の人はちょっと大変かもしれませんね」
そこにシーナがタイミングよく助け船。本当に、気が利く妹がいると助かる。けど最後なんかちらっと言ってたような…。
『…主様をフォローし、あまつさえ助け船を出して優しさをアピールしときながら、最後にさらっとライバルを蹴落とそうとする強かさ…。あれがホントにアセムの話してた人見知りと同一人物か?』
「はーい。それでは一分です。五巡目の脱落者はスクルドさんさんです。…あ、ごめんなさい、そこの床で突っ伏していられると困りますので、近くの席にお座りくださーい。あと、床に落ちた拍子に中身も零しちゃってるんで、お兄さんにもゲイバーの仕事お願いしますね」
「…あの、兄さんの分の銀貨一枚あるんですが…」
「それでは六巡目!次の飲み物はこれです!」
ただの屍となった兄を抱えたユーリの言葉を華麗に受け流し、シーナはこれまでと大きく変わった形状の器をそれぞれのテーブルに置く。
ジョッキとも、グラスとも違う。やけに小さい器に、別の容器に並々と注がれている透明の熱い液体は…。
宣伝も兼ねているからだろうか。シーナがここ一番の大きな声を張り上げ、両手を広げる。
「では六巡目、お酒は当店でしか見られない貴重なお酒、その名も“ニホンシュ”です!熱いうちにぐぐっとどうぞ!よーい、始めっ!」
ギャグ回は続きます…




