入隊試験 前編
名前で分かっちゃうでしょうが、後半もあります。
寝不足のせいでいつの間にか夢でも見ているのだろうか。最初セシリアはそんなことを考えてしまった。しかしすぐ隣から聞こえてくる友人の話し声ですぐに現実だと気づかされる。
「うわー、すごい飛んだねー。ユーリ兄大丈夫かなあ?」
「咄嗟に槍で剣の腹の直撃は防いでましたからあまりダメージにはなってないと思いますけど…。それよりも兄さん、というか人間が同じ生身の人間にあんな吹き飛ばされる事なんて初めて見たんですが…。セシリア、あの男は一体何者なんですか?」
プライベートな時間以外でユーリがセシリアを部隊長ではなく名前で呼ぶところ、彼女は相当驚いているようだ。
しかし驚いているのは私も同じだ、セシリアはいつものハキハキとした口調が影を潜むようなたどたどしい口調でしゃべる。
「…最近初めてBクラスに上がったシュウ・タチバナ君。十八歳。平民出身で、物怖じしない性格と伸びしろのあるという私の判断からデイティクラウドにスカウト。現在は――」
「そういうことを聞いているのではありません。彼はAクラス生徒を強化魔法も無しに吹き飛ばせるほどの優秀な剣士なのかと聞いているのです」
「剣士どころの話じゃないわよ。ユーリ、彼はこの学園にはあなたと同じ魔法使いとして通っているんだから」
「――ッ!?それは本当ですか!」
「えー、それじゃああの人剣技の授業で一緒になれないの~?折角面白そうだったのに」
一人的外れなことを残念がるララだったが、発言した当の本人であるセシリアと同じ魔法使いであるユーリには、この事実は驚きであった。
ではシュウという男はこれまで自分の大きな武器になるであろう凄まじい膂力を使わずに、Bクラスまで上がって来たという事か。その意味には一体何があるのか、そんなことを考えていると、周りの観客が遅れるようにして沸き始める。
今見た光景の反動からやっと抜け出したようだ。
その中の一人であるブラート・ノックスもまさかシュウがこんな力を隠しているとは思いもしなかった者の一人だ。
「おいおい、あいつまさか本職は剣士だったって言うのかよ…」
だとしたらとんでもないことだ。いくら相手がAランク生徒だとしても、ハンデがあるこの戦いならばシュウの勝利はほぼ確実だろう。しかしブラートが独り言のように呟いた一言は、不意に横合いから否定される。
「いいえ。確かに集は遠距離戦より近距離戦の方が得意ですが、本職が剣士というわけではありません。剣技など、ここ一年で私が少し教えた程度ですし、精々素人に毛が生えた程度のレベルでしょう」
「?アンタ、シュウの知り合いか?」
ブラートは声の方を見やると、それは隣に立つ女子生徒から発せられたようだった。ネクタイの色は黄色なのでクラスはブラートと同じCクラスだが、一組には見ない顔だったので、二組か三組の生徒かと適当に当たりを付ける。
彼女はこちらを一瞥することもなくグラウンドに目線を向けたまま「まあそんなところですね」と答えた。
「どうやら近距離戦闘だけは使うことにしたらしいですが、カリラと『嵐衣無縫』は未だ封印している様子。集としては今の不意打ちで少しはダメージを通したかったらしいですがそれもあまり期待は出来ないでしょう。…さて、ここからどうしますか、集」
隣で少女が何かぶつぶつ呟いたが、周りの観客がまた一斉に騒ぎ出したのでその音で掻き消される。諦めてブラートはグラウンドに目を戻した。
シュウを見れば、何かを呟き、その度に彼の体を淡い光が覆う。それは橙や青と色は様々だ。どうやら自己強化の魔術を掛けているらしい。
「スクルドって奴はもう吹っ飛ばしただろう?なんで今更自己強化の魔術なんか?」
「お前の目は節穴ですか。さっきの集の一撃、相手のスクルドという男はしっかり槍で直撃を防いでいました。衝撃により吹っ飛びはしましたが、おそらくダメージはあまり無いでしょう」
「!マジかよ…!」
ブラートが驚いていると、確かにシュウの反対方向から歩いてくる細身の人影が見える。観客はこれを見て沸いたのか。
隣の少女が言った。
「さあ、闘いはこれからですよ」
「…流石、よくさっきの攻撃を防いだな」
スクルドが元の位置まで帰ってくると、それを待っていたかのようにシュウは声を掛けてきた。
彼の体には、先ほどまでは無かった魔力の気配。
(自己強化も完了済みというわけか)
グラウンドの端に吹き飛ばされてからここまで戻ってくる間、スクルドの心中には少なくない動揺が走っていた。自己強化も施していない生身の力であの膂力。しかも相手が戦士ではなく魔法使いだというのは観客以上に直にその力を受けたスクルドが一番衝撃を受けていた。
スクルドは自らの頭に浮かぶ疑問をそのまま集にぶつけてみる。
「シュウ・タチバナ。お前のその異常なまでのパワーは何だ?お前は魔法使いではないのか?」
「――これはトレーニングの結果だよ。生まれてきたときから俺はおもりを付けて生活していたようなモンだ。それを十六年間も続けていたんだからこうなっても仕方がないだろう――ッ!」
「――ッ!」
言葉を最後に、シュウは剣を構え物凄い速さで突進してくる。『疾風』などの恩恵もあるだろうが、その速さはAクラスの生徒にも勝るとも劣らないスピードだ。
「ッ!」
先ほどの一合で彼の驚異的な膂力は分かった。
打ち合わせればまた吹き飛ばされると、スクルドはシュウの大振りな一撃を横に跳んで躱す。
シュウの振り下ろされた大剣はグラウンドの土塊を易々と砕き、ボコォンと盛大に土煙を吐き出す。
「チッ!」
シュウの小さな舌打ち。土煙の中、スクルドはシュウの側面に周りこみ、鋭い刺突を放つ。
風切り音に反応したのか、シュウが顔をこちらに向けるが、攻撃した直後で、防御できる体勢ではない。
いける、とスクルドが思った直後、スクルドの突きは空を切っていた。
「『流動』」
何かに引き寄せられるように不自然に動いたシュウの体は、スクルドの右に周り停止。横合いから再び斬撃を放ってくる。先ほどとは綺麗に立場が入れ替わった形だ。
「くっ!」
しかしスクルドの得物は機動性のある槍。
スクルドは即座に槍を引いてシュウの一撃を受け止め、あまつさえそれを上の方向へと受け流す。
「なにッ!?」
「剣技はそれほどでもないようだな!」
スクルドはそのまま槍の柄の部分で薙ぎ払い。それはシュウの空いた脇腹に直撃、その肋骨を叩き折る、はずだった。
がこぉんと鈍い音。柄はシュウの体の手前で何かに阻まれた。
そこでスクルドは相手が魔法使いを生業としていたことを思い出す。
「『魔力障壁』かッ!?」
「遅えよッ」
再び放たれたシュウの真一文字に振るわれた大剣は、今度は受け流すこと敵わず正面から槍の柄に激突する。
槍の芯から嫌なひび割れ音。スクルドは槍が保たないと判断し、力に逆らわずにあえて後ろに跳び、吹き飛ばされる。
「~~ッ!」
凄まじい風圧の中で、スクルドはなんとか体勢を立て直し、足を地面に付ける。
靴底をすり減らしながらも、十数メートルというところでどうにか体は止まる。
しかし、直後には前方で魔力が集まるのを感じる。慌てて顔を上げれば、こちらを指さすシュウの姿。その人差し指に纏っているは、這うような昼白色の電流。
「『電撃破』」
直後、音速さえ超える稲妻の如き速さで、雷撃がスクルドを襲った。
次で入隊試験は終われるかなあ、って感じですね




