蘇る心
「――ッ!」
今すぐにでも飛び掛かりたいという衝動を必死に抑える。拳を血が滲むほど握りしめ、奥歯を噛む。そうでもしないとこの衝動は抑えられない。
改めて教室に入って来た二人の少女を見る。一人は燃え盛るような灼熱の赤髪にぱっちりとした目、いかにも快活そうな女の子、ララ。ブリッツ。
対してもう一方は、落ち着いた緑の髪にやや切れ目の瞳、セシリアに似た落ち着いた雰囲気を持つこっちの女子は理知的だ。彼女の名は、ユーリ・アイギス。
ちょうど正反対の組み合わせのような彼女たちは俺からすれば約一年半前、あの屋上で会った時より明らかに若く、俺とさほど変わらない歳程度の容姿で再び邂逅した。
隣で俯く俺の様子に気づかず、セシリアはにこやかに二人に話しかける。
「ララにユーリじゃない、ちょうど良かったわ!今ね、ウチに入る新人の入隊テストってことで、スクルドと彼が闘うのよ…ってシュウ?どうしたの?」
俺の方を向いたところでセシリアはやっと俺の異変に気づいたようだ。身を案ずるようにこちらへ手を伸ばす。
俺はつい反射的にその手を勢いよくぱしん、と弾いてしまった。
「え…」
「あ…」
「き、貴様ァ!」
それを目撃した途端スクルドが激昂。素早い動きでこちらの腕を掴み、床に伏せようとする。
「ッ!?」
しかし、条件反射とは恐ろしい。咄嗟の事に俺はついつい楓といつも行った練習通りの動きをを反復してしまい、気づけば逆にスクルドを地面に組み伏せてしまっていた。
その様子は周りから見ていた者にとってはあまりにも驚きの出来事だったらしい。一瞬ぽかんとした顔を浮かべ、次の瞬間にはおおっと歓声が上がる。
「な、なに今の!?シュウって人の動きが一瞬過ぎて、気づいたらスクルドが転がされてたよ?」
「スクルドさんの動きもかなり速かったと思いますが、シュウさん…、流石はセシリア様が推す人物であるだけはありますね…」
「ていうか、彼は確か魔法使いなんじゃ…」
色々な声が飛ぶ中、下から「おい…さっさとどけろ!」と言う声が聞こえ、俺はやっと自分のしてしまったことについて理解する。大人しくスクルドの体か退くと、セシリアに謝罪する。
「すまん…、悪気は無かったんだが、つい反射的に弾いちまった…」
「…いえ、こちらこそごめんなさい。私としたことが少し浮かれすぎてすしまっていたようだわ」
セシリアがパンパンと手を二度叩くと、それだけで周りのざわめきは瞬時に止んだ。それを確認すると、セシリアはよく通る声を響かせる。
「では皆さん!おしゃべりはこれくらいにして、今日の仕事に移りましょう!
シュウの話については、私の強引な勧誘だった為、一度白紙に戻すことにします!」
不平は、出ない。伊達に部隊長は務めていないということか。セシリアの言葉には反論を許さない確かな力が籠っていた。
「では皆さん、それぞれ自分の仕事に戻ってください」
それを合図に彼女の周りに集まっていた人だかりは瞬く間に消えていった。スクルドも俺をちらりと睨んだ後、何も言わずに元いた場所へと戻っていく。結局そこに残ったのは、俺とセシリア、そしてララとユーリだった。
「ごめんなさいね。あなたの気持ちを聞かないで話だけを進めてしまって。この
お詫びはまた別の形で必ず返すわ」
人垣が消えたところでセシリアが静かに頭を下げる。
「…いや、そもそも悪いのは俺だ。セシリアのせっかくの気遣いを無下にしたんだからな。…俺の方こそ、今度何か奢らせてくれ」
頭を下げるセシリアに対して、俺はそれより更に深々と頭を下げる。その光景を見たララが「二人で何やってるのさあ」と言う。それを聞いたセシリアが少し顔を上げて俺を見ると、くすりと笑った。
「ふふっ。シュウって真面目なんですね。誠実であることもデイティクラウドに必要な心構えの一つですし、ますますあなたをこの部隊に入れたくなってしまいますね」
「…それは勘弁してくれ」
頭を上げて苦笑いすると、セシリアも冗談です、とまた蕾が開くように微笑んだ。
「しかし今日の話は無かったことにしても、私の気持ちは変わりません。デイティクラウドに入りたいと思った時は、いつでも私に声を掛けてください」
「…まあその気になったらな」
俺は苦笑いすると、それじゃあと片手を上げる。
「これ以上邪魔しちゃ悪いし俺はそろそろお暇する。迷惑掛けたな」
「とんでもない!本当は今日部隊の見学をしていって欲しかったんですが、それ
はまた以降に持ち越すことにします。それではシュウ、また明日」
「…ああ、また明日」
俺はセシリアに背を向けると出口に向けて歩き出す。
そのとき一瞬、ララとユーリにすれ違う。この距離ならば確実に殺れる自信があったが、それはこらえる。今はまだ、その時ではない。
デイティクラウドの教室を後にし、廊下を歩く最中、俺の頭を占めているのは一つだった。
復讐に焚きつけて我が身を滅ぼそうなどという気は毛頭ない。一年前の俺ならばあり得たかもしれないが、楓とこの世界で再び出会ってからは、最早復讐などという狭い視野では物事を捉えない。
だがしかし、だからと言ってあの少女二人を見逃がすかと言えば別だ。未来のことだとはいえ、あの二人は俺の親友たちを手に掛けた。その罪はこの世界の彼女らにきっちりと払ってもらわねばならない。
今後のことも含めて楓たちと相談しなければな、復讐を企てる心の片隅でそんなことを考えながら、校門を抜ける。
珍しくその日の帰り道は、カリラが話しかけてくることは無かった。
「…」
シュウが出ていった扉を見つめ、セシリアは表情を曇らせた。
「どうしたんですか部隊長。さっきまでは元気そうでしたのに、今はやけに冴えない顔ですね」
「彼の事なら諦めるにはまだ早いよ。もしかしたら気が変わって入ってくれる気になるかもしれないじゃん」
近づいてきたユーリとララが、気遣うようにそう声を掛けてきてくれる。気持ちは嬉しかったが、セシリアはそうではないと首を振った。
「それではなぜそんな顔を?」
「はは~ん。もしかしてセシリア、あのシュウって子が好きになっちゃった?」
「そ、そんなわけないでしょう!?違うの、私が気になっているのはただ…」
「「ただ?」」
その言葉は小さく、近くにいても下手をすれば聞きそびれそうな声で、最後まで聞けたのはララとユーリしかいなかった。
セシリアはぽつりと、こうつぶやいていた。
「…さっきのシュウの動き、昨日の《黒龍》の体さばきとすごい似てたなあって…。…まさかね」
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