因縁の再会
「さあ、ここがウィンデル治安維持部隊、デイティクラウドの本部よ!」
「…」
結局上手く断れず、放課後にセシリアに連れられてデイティクラウドの本部まで来てしまった。本当なら一刻も早くアジトへ帰って、今後の方針を固めるべきなのだが…。
本部とは言ってもデイティクラウドは所詮生徒が運営する組織のため、少し大きめの教室一つが与えられているに過ぎない。しかし、教室の中は昔テレビで見た刑事ドラマの雰囲気そっくりで、机に広げてある街の地図に最近起きた事件の出来事がびっしりと書き込まれていたり、何人かの生徒で事件か何かについて真剣に議論していたりと、とても学生のレベルとは思えない正に『治安維持部隊』の姿がそこにあった。
堂々と中に入っていくセシリアの後に続いて教室に入ると、近くにいた女子生徒達がこちらに顔を向けるとわっと顔を輝かせた。
「セシリア様!今日は遅かったですね!てっきり来ないものかと…あら?」
「そちらの方はどなたですか?」
見るからに貴族という感じの上品な女子の問いにセシリアは答える。
「彼は昨日の入れ替え戦でBランクに上がって来た新人のシュウ君よ」
「え、新人!?」
「ということは、その人はデイティクラウドに入隊するってことですか?」
女子生徒のその発言に反応したのか、教室で何やら作業していた生徒達も手を止めてこちらを振り返った。
話の流れが嫌な方向に進んでいる。そんな気がした俺はセシリアが何か言うより早く、女子生徒の言葉を否定する。
「いや、あくまで見学ってだけだ。足手まといなるだけだろうし、別にここに入ろうという気はない」
「っていう名目だけど、私個人としてはこれを機に、彼には正式にデイティクラウドに入ってもらいたいと考えているわ」
俺の後に付けたセシリアの言葉に、女子生徒はおおーっと声を上げる。
「セシリア様がそこまで仰るなんて珍しい…。Bランクに入ったばかりということは、実力はそこまで高いものだとは思いませんけど…。一体どうして彼を入れたいのですか?」
「クレスの言う通りです」
すると教室の奥から割り入る声。さっきまで他の生徒と議論を交わしていたうちの男子一人がこちらにツカツカと歩み寄ってきた。心なしか、俺をちらりと一瞥した視線は険しい。
「部隊長。私にはこの男がデイティクラウドに入るのに相応しい男だとは思えません。なぜこの男をここに入れようと思うのですか」
「…」
なんだこの漫画とかによくあるベタな展開は…。俺が感想を抱いている間にも、話は俺を置いてどんどん進んでいく。
「彼にはどんな相手にもひるまない勇気があります。それはこの部隊において大きな戦力になると考えました」
「勇気?そんな子供でもないんですから…。勇気だけで何ができるというんですか」
「彼には大きな伸びしろがあります。それは彼の戦闘を見た私が保証しましょう。部隊の中で育てていけば、いずれはAクラスにも到達しうるでしょう。そしてスクルド、勇気を馬鹿にしてはいけません。昨日の《黒龍》の戦闘で顕現された邪龍を見たとき、部隊の生徒の中には足が竦んで動けない者もいました」
「フン、うちの部隊にもまだまだ甘い奴がいますね」
「それはあなたが自分と比べ、圧倒的強者を目の前にした事が無いから言える台詞です。私だってSSランク、《荒れ地の魔女》討伐任務の際は、彼女を前にして恐怖で体が動きませんでした。経験したことが無いあなたが言っていい言葉ではありません。だからこそ、アーカイブス家の跡取りに対して全く臆することなく挑んだ彼の心にはデイティクラウドで最も必要な物、〈悪に屈さない心〉が強く宿っていると確信したのです。それはこれ以上にないくらい、この部隊へ入ることへの条件ではないですか?」
「…っ!」
男子生徒が詰まるように歯噛みする。周りは圧倒されたようにセシリアを見つめる。
「…」
ていうかちょっと待ってくれ。なんで俺抜きにして俺の話が進んでるのだ?そもそも俺入るつもりないとあれだけ言ったんだけど?スクルドとやらもくっ!とか悔しんでないで何とか反論してもらいたい。
『どうすんだよ主様。こいつら俺たちの敵なんだろ?そんなとこに入るとか俺には論外にしか思えねぇんだが』
(…いや)
実はそういうわけでもない。デイティクラウドに入った際には、目下最大の脅威であるこの部隊の動向を逐一把握できるという大きなメリットも存在する。しかしそれの何倍もの様々な危険性も(主に俺の素性がばれることだが)出てくる。それらを秤にかけると、やはり個人的には入らないことの方が賢明である気がするのだ。
俺がカリラと話している間に話は佳境へ向かっているようだ。スクルドと呼ばれた少年は進退窮まった様子で俺を指さす。
「――それではこうしましょう!私がその男の実力がデイティクラウドに入るに見合うかをテストします!私が負けたらその男の入隊を認めますが、私が勝ったらその男の入隊の話は無かったことにさせていただきます」
「おい待て。なぜそんな話に――」
「いいでしょう。その勝負、受けて立ちます。シュウは私が見込んだ男です。必ずやスクルドも納得せざるを得ない結果を見せてくれるでしょう」
「くっ…。セシリア様にここまで認められているとは…」
「キャーー!セシリア様頑張ってぇ!」
途端盛り上がりを見せる周囲に俺の反論はかき消される。
「…」
『どうした主様。流石に怒って言葉も出ねえか?』
(いや、この人の話を聞かない混沌とした感じがシーナ達といるときにも味わうあの何言ってもダメな感じに似ているなって思ってよ)
『諦めてんじゃねえか主様!?』
カリラが珍しく突っ込んでくる。まあ確かに、このまま場の雰囲気に流されてもロクな結果にならないことは目に見えている。
騒がしい教室で、俺がひと際大きな声を出そうとしたとき、教室から二人の少女が入って来た。
「ちょっと~、何の騒ぎこれは~?」
「あ、せ…部隊長。すみません遅くなりました。…ん?その男は?」
俺の中に衝撃が走る。あのときより年齢は低いとはいえ、その二人を俺が見間違うはずがない。何度も悪夢で見る、屋上で佐藤と桐生を殺した美しい悪魔――。
突如今まで心の奥底に封じ込んできた、あの黒い破壊衝動が蘇る。奴らを殺せ。今こそ、お前が夢見ていたあいつらへの復讐の時だ。頭のどこかでソレは叫ぶ。
教室に入って来たのはそれぞれ緑と赤の髪を持った大人しそうな少女と、それとは真逆の快活そうな少女、ララ・ブリッツとユーリ・アイギスだった。




