危険人物
「ッ…!」
「皇女殿下…?し、失礼いたしました!」
動揺も束の間、トムは刃を収めると一瞬でその場にひざまづいた。その光景は、おとぎ話などで見る王に低頭する騎士に似ている。その辺りは流石は貴族といったところか。
しかし貴族でない俺には関係ない。喉に刃を突きつけられながらも飄々と肩をすくめ闖入者――セシリアに言う。
「おいおい、喧嘩両成敗ってのは分かるが、今回に限っていればそこの馬鹿が勝手に突っかかって、勝手に剣を抜いたから、仕方なく相手してやろうとしただけだぜ。俺も怒られるってのは少し納得できないぞ」
俺の態度、そして返した言葉に教室が騒然とする。トムがわなわなと顔を震わせながらこちらを見上げる。
「貴様あぁぁ!皇女殿下に向かっての無礼な物言いに重ね、あまつさえ我が身可愛さに罪を私一人に押し付けようとはああ!殿下、どうか私目にそこの無礼者を粛清し、汚名を注ぐ機会をお与えください!」
「よいのですアーカイブス。――シュウ、事の成り行きは見ていました。あなたに要望、受け入れましょう」
「殿下!?」
しかしセシリアの返した言葉を聞いてトムは愕然とする。セシリアはそんなトムに向かって厳しい視線を向けた。
「アーカイブス。あなたが高い身分であることは認めますが、だからと言って平民を見下していいわけではありません。いずれは領主となり人の上に立つのです。自分の実力や地位に驕らず、心身共に学園で必要なものを身につけなさい」
「な…ぁ」
尊敬するセシリアに己を咎められがくりとうなだれるトム。しかし、顔を上げて俺を睨む彼の瞳には、明らかな憎悪の念がこもっていた。
「アーカイブス。あなたには一週間の謹慎処分を言い渡します。そこでじっくり頭を冷やすといいでしょう。――連れて行きなさい」
「はっ!」
入り口で待機していたデイティクラウドの生徒と思われる少年二人がトムを連れ出す。それを見送ると、俺はふうと一息吐いた。とりあえずは無事に終わったらしい。
「助かったよ、セシリア。お前が来なかったらかなり危なかった」
「彼のBランクへ昇格したばかりの生徒に対する悪行は私たちの中でも噂されていたから…。まあ、その昇格した生徒があなただとは思わなかったけどね、シュウ」
セシリアが苦笑いする。俺も肩を竦めて答えた。
「で、今日はこのためにこの教室までわざわざ来たのか?」
「いえ、シュウには悪いんだけど実は今の件はついでで、メインは各クラスに注意を伝達することだったの」
そういえばセシリアがいつの間にかタメ口で話してきているな。そんなことを考えながら、俺はそうなのか、と相槌を打つ。
「ええ。恥ずかしい話なんだけど、昨日の夜にちょっと敵を取り逃がしちゃってね。それがかなり強い相手だったから、しばらく夜に一人で出歩くのは危険だってことを知らせようと思って」
「…昨日の夜?」
俺は少し嫌な予感を覚えながら訊き返す。セシリアが相槌を打った。
「そう。――この際だから今ここで皆に言ってしまうわ!昨晩、B地区に強力な魔法使いが出没しました!強力な守護獣を使役し、また近接格闘もかなりのレベルに達しており、ウィンデル治安維持部隊ではその人物、仮名称《黒龍》にAAランクに該当する脅威として対応することを決定しました!」
『…!?』
途端に騒がしくなる教室。今のセシリアの発言は相当の驚きだったようで、口々に近くの者と囁き合っている。その例にもれず、俺もセシリアの発言に動揺を禁じ得なかった。
「せ、セシリア…。そのアンカ…なんとかはそんなにやばいのか?」
「《黒龍》よ。ええAAランクに認定されたんだもの。この学園で言えばAクラスでも上位層のほんの一握り、五、六人くらいしか相手できないレベルね」
「そ、そんなになのか…」
俺は冷や汗を垂らす。《黒龍》の名を売っていくことはファンタゴズマを征服するうえで確かに必要であったが、メンバーすら四人しかいない状態でここまで名前が広まってしまうのは少々まずい。なにせ、そのチームのリーダーの男がまだ学生で、魔法修行の真っ最中なのだ。
(これじゃますます学園じゃ下手な動きは出来ないぞ…)
『強力な守護獣、か。ハン、まあ当然だな』
カリラはやけに上機嫌で呟く。こいつ、今の状況云々を抜きにして、自分が褒められたことを喜んでやがるな。
ともかく一旦アジトに戻ってこの事を伝え、これからの方針を皆で考えなくては…。そう考え、登校早々に早退を考え始めた時、セシリアが純真な笑顔でこちらに問うてきた。
「ねえシュウ。昨日話したときから思ってたんだけど、あなたって肝が据わってるわよね?昨日だってグラム教官に殴りかかろうとしたし、今日だってBランク昇格早々首席相手に喧嘩しようとするし…。全部私が止めなかったら今頃あなた懲罰房行きだったわよ?」
今日に限らず、昨日も指輪を取られそうになって教官を殴ろうとしたところも見ていたらしい。俺は頭を掻く。
「…よく見てたな。できれば今日の事含めて内密にしてもらえると助かるんだが…」
彼女はにこっと笑った。綺麗だ、と思った矢先、とんでもないことを彼女は口にした。
「いいわよ。その代わり、シュウにお願い。――デイティクラウドに入りましょ
う!」
「…いやいや」
俺は顔の前でブンブンと手を振った。それを見たセシリアは、また綺麗に笑った。
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