ウィンデルでの日常 2
「へっくしゅっ」
校門をくぐったところで鼻がむずかゆくなり、たまらずくしゃみをする。こっちに来てからというもの体調は万全そのものだが、遂に風邪でも引いたのか。
すると後ろからこちらに近づく気配。振り返ると昨日クラス入れ替え戦で闘った男、ブラート・ノックスの姿があった。
「よお、この人の多さで自分に近づく奴の気配に気づくとはやるじゃねえか」
「…よお、アンタか」
ブラートは一八○センチは超えているであろう相変わらずの巨躯で俺の隣を歩き始める。どうやら一緒に登校するつもりらしい。
ブラートは親しげに話しかけてくる。
「で、どうよBクラスの感想は?昨日顔くらいは合わせただろ」
「…ああ、正直今日の朝はかなり気が重かったよ」
「はっはっは、だろうなあ。俺も最初Bクラスに上がったときはそりゃ嫌だった。俺も今朝、今日からCクラスに行くって考えたらいつもより気が楽だったよ」
快活に笑うブラート。見た目通り、かなり豪快な男のようだ。
「アンタも人が悪い。Bクラスがあんな所と教えてくれたら昨日の試合、もう少し考えたぞ。むしろアンタの方は昨日手を抜いたくらいじゃねえか?」
「それは買い被りってもんだ。昨日の一戦は紛れもなく本気だったよ。まあ焦って自爆した感じは否めねえが」
「戦法は間違ってなかったが少し捻りがなさ過ぎたな。まあアンタはなかなか話せる人ってのも分かったし、せいぜい次の入れ替え戦で、速攻でBクラスに戻ってきてくれよ」
「ハン、一組ならともかく、二組なんて二度と行きたくねえがしょうがねえ。それまでお前もCクラスに戻ってくんじゃねえぞ」
そこでちょうどよくBクラスとCクラスの分かれ道。俺とブラートはお互い軽く手を上げ背を向ける。ブラート・ノックマン。なかなかに話が出来る男だった。
そんなことを考えているうちにBクラスの二組の教室の前まで来てしまい、俺は何も考えずにその戸を開けてしまい、次の瞬間、心の準備をするべきだったと少し後悔した。
「遅いぞ成り上がりの平民!平民の分際で私たちより来るのが遅いとは何事か!」
入った瞬間怒鳴り散らしてくる男。整えられた金髪に、嘲りを張り付けたような顔を見て、この男の事を思い出した。Bクラス二組の現首席であるトム・アーカイブスだ。
有名貴族の有力な跡取り候補らしく、貴族であることの歪んだ誇りと平民を嘲る精神を持ったこの男は、昨日の自己紹介の際、俺が平民出身(という設定にしている)という事が分かった途端、こいつとそのグループは早々に難癖を付けてくるという漫画とかに出てくるやられ役の鑑というばかりの行動をしてきた。
「まあいい。来たのなら早く教室に入れ!貴様には今日から私たちの召使いの任を与えてやる。私たちの為に働けることを喜ぶがいい」
「…」
しかしこれ、実際にされるとうざいと言うレベルじゃない。何が一番厄介かってそれはこのリーダー格の男、トムにある。
(こいつ、こんなんで二組で首席っていうけっこう強い奴なんだよなぁ)
AからEの各クラスには、その中でもそれぞれレベルが存在する。
AやBなど上のクラスになるほど生徒数は減っていくため、最も生徒が多いDクラスには五組まであるが、ここBクラスでは二組、Aクラスでは一組しか存在しない。
一組が所謂そのクラスの最上位グループ。そこから数が増えていくごとにレベルが下がっていくわけだが、二組でトップをとるこのトムという生徒は、事実上Bクラスの下位グループで一番ということだ。
敵になれば面倒になる相手だ。ここは無用な争いは起こさず、まずはハイハイと従った方がよいだろう。
「――黙れ。てめえらの雑用なんか誰がやるかよ。とっとと失せな」
『なっ…!』
しかし俺から出た言葉は考えていたこととは全く反対の言葉だった。トムとその取り巻きだけでなく、そのやりとりを遠巻きにしてみていた生徒も唖然とする。
トムの顔はみるみる赤くなっていく。これほどの無礼、有名貴族の彼には初めての経験だったのだろう。
「貴様…。一度だけならば世間知らずの平民ということで水に流してやる。謝るならば今だぞ」
「くどいぞ。あと通路の邪魔だ。さっさと退け」
「貴様…。平民風情がアーカイブス家の次期当主となるであろう私に対してなんと無礼な…!万死に値するぞ!」
「あ、アーカイブス卿!?」
トムの行動を見た取り巻きたちが慌てた声を上げる。トムが鞘に納めていた剣を抜き放ち、俺に突きつけたからだ。白く輝く細身の刀身は光に反射してきらりと光る。一目見て業物と分かる一振りだ。
「…お前、それを俺に向けるって意味は分かってやってるんだよな?」
「昨日の今日Bクラスに入ったばかりの平民に愚弄されて黙っていられるか!」
フェンシングのような構えを取るトム。そこには一片の隙も無く、軽くあしらえるレベルの相手では無いことは明白だ。流石にまずいと俺も身構える。心中でカリラの哄笑が聞こえた。
『なんだよ、結局厄介事を起こしてるじゃねえか。主様ほんとにこの学園で目立たない気があったのかよ?』
(いずれ越えねばならない障害ではあった。それが少し早まっただけだ)
『へっ、物は言い様だなあ。――だが気を付けろ主様。あのボンボン、確かに口だけじゃなく強ぇぞ』
分かっている。学園では純魔法使いとして振舞う手前、格闘戦や昨日見せてしまった『嵐衣無縫』は使えない以上勝算は薄いだろう。だが、かといってここで退くわけにもいかない。
高まる緊張感。だからこそ、突然教室のドアが勢いよく開け放たれた時、俺とトムは揃ってそちらに素早く顔を向けた。お互い実力者であるため、それはこの教室の生徒達の中でも頭一つ抜きんでるほどに素早い反応速度だったが、二人が振り向いた時には、既に喉元には紅く輝かく双剣が突きつけられていた。
「双方退がりなさい!許可ない私闘は規則で禁止されています!これ以上戦闘続行をしようならデイティクラウド隊長である私、セシリア・ヴァン・ファンタゴズマが相手します!」




