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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
始動する黒龍
30/64

廃屋にて

結局約一年ちょっと後ということにしました。黒龍学生編(仮)、開始です。

「…今月の商品だ」


「けけ、今月もしっかり六体揃えたみてえだな」


赤い月の光が窓から差し込む廃屋で、その密談は行われていた。昔は石切り場だったと思われるこの広い空間の中には会話する男二人。その二人の足元には、顔以外の部分を袋に覆われた人が六人転がっている。


「…で、値段は?」


「じじいは長年有毒ガスが蔓延する廃坑で作業してたもんだからかなりガタが来てる。そう長くは保たないだろうな。だが、この二十と少しの女は中流階級から攫ってきた奴で血色も良く顔も悪くない。そこでトントンってことで、まあ銀貨六十枚ってとこか」


「…よし、払うぜ。最近はこの街も治安が良くなってきちまって中々商品も入荷しねえしな」


会話から既に分かると思うが、彼らは人さらいと奴隷ブローカーである。数少ない騎士や勇者を育てる学校があるこの街でも、このような輩はやはりというべきか、存在していた。


その廃屋の屋根の柱に立っていた俺は静かに歯ぎしりする。バリアハールにいた時に、同じように人さらいに攫われ、危うく奴隷として売り飛ばされそうになった経験もあってか、あのような手合いに対してどうにも湧き上がる怒りを抑えることが出来ない。


(あのとき兄貴が俺たちを助けてくれたように、今度は俺があの人達を助けるんだ)


そう自分に言い聞かせ、己を鼓舞する。ほどなく突撃の合図だと、二人の行動を注視する。

人さらいとブローカーは、ちょうど代金の支払いを行うところだった。


「ほらよ。確認してくれ」


奴隷ブローカーが中身がたくさん詰まった小袋を差し出した。人さらいは無言で中を確認し始める。それが合図だった。


(今だ)


俺は柱から無音で飛び降りる。それと同時に腰にあった二振りのショートソードを取り出す。落下先には、真剣に小袋の中身を確認する人さらいの男――。

風の変化で気づいたか、男はこちらに顔を上げた。


「遅いッ!」


「!?」


両手を交差するようにして斬りつける。肉を切り裂く感触が剣から伝わる。手ごたえは十分。人さらいの男はそこで驚愕に顔を染めたまま倒れ伏した。


「な、なんだてめえは!?」


残った奴隷ブローカーの男が突然の状況に狼狽える。俺は剣に付いた血を払い落しながら男に近づく。


「『黒龍』のもんだ。それだけ言えば分かんだろ?」


「ッ!あの正義気取りの餓鬼共か!てめえらのせいで最近商売あがったりなんだよ!ここで死ね!」


「!」


目の前の男が取り出したのは呼び符のマジックアイテム。その効果は異形の召喚。


「出て来いオーガ!」


呼び出されたのは体長四メートルくらいのオーガ。手には通常のオーガが持つのと同じ棍棒。


「オガアアアアアア!」


オーガが棍棒を振り回し突進してくる。バリアハールにいた時の俺ならこれだけで既に失神してもおかしくないレベルだったが今は違う。


「オーガは膂力が高い分、モーションが大きいから、打ち合わせずに倒すべし!」


「何ッ!?」


オーガとの戦い方を反復し、修行の時と同じような動きで、オーガの棍棒をステップで躱し、空いた横腹に深々と剣を突き立てる。そしてそのまま剣を肩口まで斬りあげる。


「ゴガアアアアアアア!!」


最後にひときわ大きな声を上げ、オーガは黒い塵と化す。このオーガは実体ではなくあくまでまがい物。所詮は魔力で作られたものにすぎないからだ。


「そんな…。オーガを秒殺だと…?」


信じられないとばかりにブローカーは後ずさる。そこに俺はつかつかとためらいなく詰め寄る。


「ひっ…」


「…ッ!?」


「へ…?」


剣を振りかぶったところで咄嗟に横に跳ぶ。その横を人影が通過。ブローカーの顔面を吹き飛ばした。


「…勘がいいな、ガキ」


「お前…さっき殺したはずじゃあ…」


それは最初に斬り伏せたはずの人さらいだった。男はあくまで無表情に言う。


「風峰拳闘術には咄嗟に急所を外す技がある。殺したと思ってもちゃんととどめは刺しとくべきだったな」


「…ッ!」


男が急速に接近してくる。兄貴達と比べれば遅いが、今の俺よりは十分に速い。魔術を使っているようでもないし、単純な身体能力か。

男の拳を双剣で受けようとするが、打ち合わせた途端に後ろに吹っ飛ばされる。なんとか踏ん張って壁への激突は免れたが、今の一撃で膂力でも負けていることが分かってしまった。しかも…。


「その拳…、魔術で強化でもされてんのか?」


「拳闘士になったとき、拳で岩を砕くまで一切寝かせないという修行をまずやらされる。そんなちゃちな剣と打ち合わせられないような拳を持つ奴は剣闘士にはいない」


どうやら相手は風峰流の拳闘士。生身の体で拳と剣を交える彼らは剣士にとっては天敵。元の能力も負けている俺には勝てる見込みの少ない敵だ。


(けど、こんな外道を前にして、尻尾まいて逃げるなんてありえねえだろ)


「うおおおお!」


俺は剣を構えて突進する。男はそんな俺の行動にため息をつく。


「戦力差も考えられんとは…。所詮ガキか…ッ」


「ぐっ!?」


カウンター気味に放たれたアッパーをすれすれで躱す。一歩後退したところに男のコンビネーションが見事に決まる。


「ゴホッ…」


「最近値段を値切り始めたあの男を殺す機会をくれたことには感謝する。心残りなく逝け」


膝をついたところに男は歩み寄る。手を振り上げる男を下から睨んだ俺の視界の端に、突然人影がよぎった。


「!?」


「ほう、今のをかわしましたか。最近狩ったゲスの中では一番いい動きをしますね」


俺の前にはいつの間にか、よく見知った後ろ姿があった。肩甲骨の辺りまで伸びる黒髪。相対するような真っ白なうなじ。どれもファンタゴズマでは珍しいいで立ちだ。

俺の姉貴分にあたる女性、坂本楓は、その芸術品のような美しい剣を携え、目の前の男に言う。


「お前が外にいた奴らの親玉のようですね。末端とはいえ、うちの一員であるアレンをかわいがったお礼はきちんとしてあげましょう」


「…黒龍のとこの剣鬼か。その様子だと外で見張りをやらせてた連中も全滅か…。あまりやりあいたくはない手合いだが、そうもいかないか…ッ!」


男はファイティングポーズをとり、こちらへ走りこんでくる。俺は間に合わないとはわかりつつも思わず叫んだ。


「坂本さん!そいつは拳闘士で、拳で剣を弾き…」


「アレン、何か言いましたか?」


「――なっ…!?」


坂本は造作も無いように男を拳ごと両断していた。男は何が起こったか分からないというような顔で倒れ伏す。


「アレン、お前の尺度に私を当てはめないでください。鉄すら斬る私が少し硬いくらいの拳を斬れないわけがありません」


「は、はあ…」


坂本が倒れた男にきっちりととどめをさすのを見ながら、ぼんやりと頷く。兄貴といい坂本さんといい、やはりレベルが違う。

坂本は落ちていた銀貨の入った小袋を拾い上げ、言う。


「さあ、この街の保安局には既にこの場所を伝えました。直にそこに転がっている人達を助けにやってくるでしょう。その前に速く移動しますよ」


「…あのー、毎回俺思うんですけど、保安隊の人とかに俺たちが助けましたよーって言った方が色々と良くないですか?恩も売れそうですし」


「アレン。私たちは正義の味方ではありません。先ほど殺した奴らと同じような外道と同じです。いくら人を救っても、私たちが人を殺すこと、そいつらから金を奪って生活していることには変わりありません。ただ、外道には外道なりに通すべき道理というものがあります。お前もそこだけははき違えないように気を付けなさい」


「…はいっ!姉貴!」


「だからそう呼ぶのはやめなさい!」


たくさんの足音が廃屋へと向かっていくのを耳にしながら俺たちはそこを後にする。バリアハールからこの街――ウィンデルへと移ってきて以来、このような仕事をこなしながら俺たちは食いつないでいた。それは決して俺の想像していた世界を変えるための日常ではなかったけど、不思議と目標には近づいているような気がした。


鈴虫が鳴く裏通りを歩き、帰路に就く。もうすぐ夏がくることを予想させるように、冷たくなくなった風が、前を歩く坂本の黒髪をさらりと躍らせた。

もうすぐウィンデルに来てから二回目の夏がやってくる。そう、バリアハールを出たあの日から、既に一年以上経っていた。


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