西へ
長かったですね笑これでバリアハール編は終了です!
その三日後。俺たちはバリアハールの入り口に来ていた。
初めてここを訪れてからまだ三週間にも満たないと言うのに、もう何年も住んでいたような、そんな感慨が浮かぶ。
「二人とも、忘れ物はないな」
「うんっ」
「ええ、いつでも行けます」
馬に乗った二人(乗馬は練習したが、この短期間ではさすがに習得できず俺は徒歩だ)は力強く首肯する。
それに俺も頷きを返し、街に踵を返したそのとき。
「待ってくれぇ~~!」
「?」
表通りの方から走ってくる人影があった。それは少年のようで、シーナと同じくらいの歳に見える幼さを残した顔立ちだった。
楓が馬から飛び降り、刀に手を掛けたところでそれを手で制す。少年は俺たちの前まで来ると息を整えてから言った。
「兄ちゃんさ、あのオークションを、ぶっ壊した時の、人だよね?」
弾む呼吸を整えながら早口にそういう。
「…お前、何の用だ」
俺の返答を肯定と受け取ったのか、少年は意を決したように言う。
「兄ちゃん、この世界をどうにかするんだろ!?俺もそれについて行かせてくれよ!」
「ッ!…お前、どこでそれを…」
その言葉に楓が敏感に反応する。しかし、それでは正解と言っているようなものだ。少年は顔を輝かせる。
「やっぱりそうなんだ!頼むよ、俺もこの世界を変えたいだ!」
「…お前、なんでそう思うんだ?」
「…俺は兄ちゃんがオークションをぶっ潰した時、兄妹たちと一緒に奴隷として売られるところだったんだ。妹たちが泣き叫ぶ中、俺に力さえあればって何度も思った。そんなとき俺たちを兄ちゃんが助けてくれたんだ。兄ちゃんが本当の正義の味方って奴だと思ったんだ!そんな兄ちゃんの下にいれば俺も強くなって、いつかこの理不尽な世界を変えられるって思ったんだ!」
そこでシーナが思い出したように、「あ、そういえばこの子会場で私を助けてくれた子だ!」と声を上げた。
「そうなのか?」
「うん。大きい男の人にも怖がらないで私を助けてくれたからよく覚えてるよ」
「へへ、アンタにはオークションの前に俺の妹をあやしてくれたからな。その借りを返しただけだよ」
「…ああー!じゃあ君はあの女の子の?」
「カスミっていうんだ。あいつ、兄妹の中で一番泣き虫だったから、アンタのおかげで助かったよ。ありがとな」
どうやらシーナと何か関わりがあるらしい。とりあえず悪い少年ではなさそうだ。俺は今一度少年の覚悟を問いただす。
「おい、お前名前は?」
「…はいっ!アレンって言います!」
「アレン。お前は俺が死ねと言ったら死ねるか?」
「!」
「ちょっ…お兄ちゃん!?」
シーナが慌てたように声を出すが楓がそれを手で制す。アレンは一拍置いたあとはっきりと告げた。
「できません。俺には俺を待ってくれている家族がいます」
「…じゃあ俺についてくるのは諦めて、その家族をせいぜい大事に――」
「でも、一年であなたが俺を殺すには惜しいと思わせるような漢になる自信はあります」
「なっ…」
「おー」
後ろの二人がそれぞれ反応を示す中、俺も少なからず驚きを示した。
「…言うじゃねえか。一年で俺の中で重要な存在になるってことか?」
「はい」
アレンはまっすぐ曇りのない瞳でこちらを見上げる。決意は固いように見えた。
『そんなすぐ信じていいのかよ主様?アセム・ルーキの一件で人の怖さは分かっ
たろ?』
突然俺の頭にカリラの声が直接届いてくる。盟約した間柄ならばこんな風に会話もできるらしい。
(…そのときはそのときだ。世界征服だって一人じゃ無理なことくらいわかってる。いずれは信用できる仲間を増やさばきゃいけないわけだ。ここでアレンに寝首を掻かれるようなら所詮そこまでの男だったってことさ)
『ふん。アセムといい、俺の主様は思い切りがいい人間が多い。その考え方は嫌いではないぞ…』
「あ、あの兄ちゃん。俺は結局ついてっていいのかな?」
カリラと会話していたら、アレンが不安げに俺に声を掛ける。確かに、傍から見ればただ沈黙していただけに見えただろう。
俺はアレンに言う。
「これからは俺を兄ちゃんと呼ぶのはやめろ。一年は大目に見るが、その後足手まといになるようなら容赦なく置いていく。いいな?」
「…ッ!は、はい!」
「わー、じゃあアレン君もこれから仲間ってことだね。私はシーナ。よろしくね!」
「おうシーナ!これからよろしくな!」
歳が近いせいもあるのか、早速シーナとアレンは打ち解けた。あれだけ人見知りだったシーナがここまで成長したのは純粋に嬉しい反面、少しだけ寂しかったりもする。
「おいアレンとやら。私はまだお前を認めたわけではありません。少しでも不審な素振りをすれば容赦なく斬りますのでそのつもりで」
「え…ってわあっ!バリアハールの剣鬼!?お前は人さらいの仲間だろ!なんで邪龍の人達と一緒にいるんだよ!」
「楓ちゃん。突然ライバルが出来たからって意地張るのはやめなよ」
「だ、誰がこんな子供をライバルなど!?い、言っておきますが、集の右腕の座は譲りませんからねっ!」
「思いっきりライバル視してるじゃん…」
「…おい、アレン。今の邪龍の人って俺の事か?」
そういうとアレンはしまった、というような顔をした後、渋々と答える。
「あー、にいちゃ…、兄貴って、最後は黒い龍の背中に乗って帰って来たじゃない
ですか。ここらへんじゃ黒い龍は邪龍ってことになってて、それで他に呼び方もないもんだから…」
それで邪龍の人、か。カリラが今度は皆にも聞こえるような声で言う。
『全く。黒き鱗を持つだけで邪龍扱いとは…。これだから人間は…』
「カリラさん。少し声が弾んでるよ?本当は嬉しいの?」
『ば、馬鹿を言え。俺が邪龍などと一緒にされるとは、七転八倒にもほどがあ
る!』
「笑止千万と言いたかったのでしょうか…」
「え、てかなんで指輪とみんな会話してるの?俺が知らなかっただけで、それが当たり前なの?」
周りがガヤガヤと騒がしくなる中、俺は邪龍と呼ばれることについて考えていた。
邪龍というのも悪くはないが、実際カリラはそこまで悪い龍でもなく、義理堅い道理を弁えている龍だ。それを全く何も知らない奴らに悪しき者と後ろ指刺されるのは主としても少し面白くない。
『…主様。そんなことを言われると流石の俺も少し照れるんだが…』
「…お前に聞かせるつもりは無かったんだけどな…」
どうやらカリラの意識があるときは俺の心の声も多少聞こえてしまうらしい。まあ大した問題でもないのだが…。そこで俺は全員に顔を向ける。
「皆、聞いてくれ。今後順調に事が進めば、いずれは世界に名を轟かせるような存在になるだろう。そうなったとき、俺たちを象徴するような名前が必要だ。それを今考えた」
「象徴…。なんとか隊とかそういうことですか?」
「へえ、いいじんじゃないそれ!なんて名前にするの?」
楓が顎に手を当て、シーナが興味ありげにこちらを見る。アレンとカリラも次の一言を待っている。そこで俺はゆっくりとその名を口にした。
「――『黒龍』。どうだ?正直そのままの名前だけど、逆にシンプルでいいと思ったんだが…」
「…なるほど。お前の地球でのあだ名に掛けたのと、カリラが邪龍と言われるのが気に入らなかったための配慮ですか。いいと思いますよ」
「うん、かっこいいと思う!やっぱりお兄ちゃんは優しいね!」
「『黒龍』…。それが俺がこれから生きていくとこの名前…。うおお燃えてきたあ!」
「…どうだ、カリラ?」
各々が好意的な反応を示す中、俺は最も意見を聞きたい相手に訊いてみる。
『…ふん、悪くねえんじゃねえか。…ったく、昔のアセムでもここまで俺に気は遣わなかったぜ。どうやら俺は、人を見る目があるらしい』
「…そうか」
どこか照れたようなカリラの声に、俺は微笑する。そして今度こそ、街に踵を返す。
「よし、だいぶ時間を食ったな。そろそろ出発しよう。みんな、準備はいいな?」
全員がうなずいたのを見て、俺は悠然と歩き始める。
これから先、何があるかは分からない。もしかしたら夢半ばで力尽きてしまうかもしれない。しかし今だけは、後ろを見ずともついてきてくれていると分かるこいつらとなら、不思議と不安は無かった。
そうしてどこまでも続く地平線を、俺たちは歩き始めた。
「…そういえば、兄貴はなんで馬に乗らないんですか?」
「…お前は馬に乗れるのか?」
「はい。…はっ、そうか、それも修行の一環なんですね!すみません。一瞬兄貴が馬に乗れないのかと思っちゃいました!よーし、俺も兄貴を見習って自分の足で歩きます!」
「…」
『主様よ。お前は馬には乗れなくても龍には乗れるだろう?その点ではアレンよりも上だ。元気を出せ』
「…慰めないでくれ。逆に凹む」
そう思った直後に暗雲立ち込めたのは、言うまでもないだろう。
ここまで読んでくれた方。本当に感謝です。ありがとうございます。
物語はここで一旦大きな区切りを迎えます。これを機にブックマークなり感想なり評価なりをしてもらえると作者はとても喜びますので気が向いたらよろしくお願いします笑
次の章からは二年の月日を超えて、(※予定)ウィンデルへと場所を移します。そこでは話にあった通り集は勇者の学校へと通います。ほのぼのするところは増えますが、えげつないところもそのままにしていこうと思うのでご期待?ください笑
今後の執筆予定については活動報告がお知らせする予定です。
これからもこの作品をよろしくお願いします。




