魔法習得
話の展開上後ろに回した方がいいと判断して、もとは「定まる決意」の下にあったこのエピソードを、「襲撃」の次の場所に変更しました。
内容は以前掲載したものとほとんど変わりませんが、最後の一行だけ少し加筆しました。申し訳ありません。
「おお…、なんということじゃ…。シーナが人さらいに攫われたとは…」
「護衛を請け負いながらもこの始末。本当に返す言葉もありません」
宿に帰っていたアセムさんに、俺はシーナが攫われたことを伝え、額を地面に押し当てる。アセムさんはよろよろと後ずさり、椅子にどかっと座りこんだ。
「…まさか、今日宿を出るときに見たシーナの顔が最後に見た顔になるとは…。おおシーナ…。こんなことになるならばやはり連れてくるべきではなかった…」
「待ってくださいアセムさん。シーナを諦めるにはまだ早いです。俺に、もう一度シーナを救うチャンスをください」
「…シュウよ、いくらお前さんでもそれは無理じゃ。おそらくシーナは奴隷としてオークションに売り出されるじゃろう…。例え明日の夜のオークションの場所が分かったとしよう。しかしそのような催しなどトラブルが起こることなど必至、おそらくとんでもなく堅牢な警備網を引いておるじゃろう。そんな中をいくら強いといってもお前さん一人で突破するなど無理がありすぎる!」
「…アセムさん、俺は決めたんです。自分の為すと決めた正義を貫くと。俺はアセムさんと約束した。シーナを護ると。その約束をどうか破らせないでください!」
「…気づいていたとは思うが、シーナは実はわしの本当の娘ではなくてな。シーナを養子としてもらう前、わしには本当の娘と妻がいた。しかし、その二人もある日人さらいに連れ去られた。そのときはわしもまだ若くてな、二人を取り戻そうと今のお前さんのように単身でオークションに乗り込んだ。その結果がこのざまじゃ」
アセムさんは着ていた服をまくり上げ上半身を見せる。老いた体には無数の切り傷や火傷の跡があった。
「…それがそのときの傷ですか?」
「そうじゃ。命からがら逃げおおせたが、その時に受けた傷のせいで魔力器官が傷つき、魔法使いとしてそこそこ知られていたわしは簡単な魔術と少しの下級魔法しか扱えんようになってしもうた。――シュウよ。お前さんにはまだたくさんの未来が残っておる。シーナも救いたいが、それでお前さんまで失ってしまうのだけは止めなければならん事なのじゃ。どうかこの老いぼれの頼みを聞いてくれ…」
今度は逆に俺がアセムさんに頭を下げられる。そこには確かにこの老人の願いが込められていた。
昨日までの俺なら、ここで折れてシーナを諦めてしまったかもしれない。だが、もう今は違う。
「アセムさん。どうか信じてください。俺は戦士です。今、そのときのアセムさんを超えてみせます。だからこそ、俺に一つ、今すぐ教えてほしい魔法があるのです」
「…ここまで同情を引いても無駄か。この一ヶ月でお前さんのことで分かったこともあるぞ。シュウ、お前さんは頑固じゃ」
「…すみません」
「よい。もう諦めたわい。それで、何の魔法を教えればいいのじゃ?言っておくが、最近魔術師になったばかりのお前さんでは、覚えられる魔法なんぞ限りがあるぞ」
「それなんですが、実はこういう魔法で…」
俺はアセムさんに、その魔法の効力について言った。アセムさんは唸る。
「うーむ、それなら今のお前さんでも覚えられるじゃろうがそんな下級魔法、魔法に対しては全く効果を持たんぞ。それならばいまお前さんでも使える『魔術抵抗』の方がよっぽどいいくらいじゃ。そんな魔法を覚えて何に使う?」
アセムさんの問いに俺は答える。
「いえ、剣なんてものいきなり使ってもやはりその道の人には勝てないんだと再確認しましてね。それなら今までの俺通り、不器用で下手くそでもこれだけを信じようって思ったんですよ」
しかし俺の答えは、アセムさんはよくわからなかったようだ。眉を寄せたが、とりあえずは納得したようにうなずく。
「…まあお前さんなりに考えがあるという事か。よかろう。では時間もないし早速教えるぞ。よく聞くがよい」
「はい。よろしくお願いします」
そうして夜が明け、太陽が昇り始めた頃、遂に俺はこの魔法、『鉄の籠手』を習得したのだった。
次話はできるだけ早く掲載します。




