襲撃
悲鳴が上がった。殺気に当てられた客たちは簡単に恐慌状態に陥った。我先にと会場の出口に向かって走り出す。
「…」
勿論俺もそれをむざむざ見逃したりはしない。
近くを通る者から手あたり次第に拳を打ち込み、倒していく。しかし、殺しはしない。これが終わった後には、そいつらの持つ財産を全て奪い取り、世界征服の資金源にするつもりだ。
(どうせその金も誰かから巻き上げた金だ。それならせいぜい俺が有効利用してやる)
「動くな貴様ぁ!」
「…!」
いつの間にか俺を囲むように警備兵が並んでいた。その手には引き絞られた弓。
「逃げ場などない。射殺されたくなければ大人しく降参しろ!」
「…『補強』」
言葉と共に俺の体を淡い光が包み込む。それを見た男は泡食ったように叫ぶ。
「ッ、魔術師か!魔術を行使される前に殺せ!」
その声と共に、一斉に弓が放たれる。だが遅い。そのときには俺は地を蹴り、天井に足を付けていた。高い身体能力に加え、補強の魔術を自らにかければこれくらいの高さを跳躍するのも可能だ。
警備兵達には俺の動きを目で追い切れなかったらしい。どよめきながら辺りをきょろきょろと見回している。
(弓兵は面倒だし、打ち損じてシーナにでも当たったら目も当てられない。今のうちに片付けておくか)
今回、客に扮して中に侵入するために、ボディチェックを想定して丸腰にしてある。それでも勝算は十分にあるが、坂本とやり合う前に数は減らしておきたい。
俺は重力に体が引っ張られるのに合わせて天井を蹴る。警備兵はいくら殺しても問題はない。所詮こんな下衆な催しを警護する連中だ。坂本はともかく、他には加減してやる義理もない。加速した体に合わせて放ったパンチは、落下地点にいた警備兵の頭を砕く。トマトが割れたように中から赤い液体が飛散する。
「チッ…。服に少しかかったな」
「なっ…」
突然降って来た俺と、それに潰された仲間を見て絶句する警備兵。それは俺にとっては致命的な隙だ。すぐ近くにいた弓兵の頭がまた吹き飛ぶ。
「くそっ!」
そこでやっと周りの警備兵が弓を引き絞るが、いかんせん彼らにとって俺は速すぎる。目で捉えられない速さで動く俺に、弓の狙いを定めるなど誰が出来ようか。
為すすべない警備兵を、俺は容赦なく殺していく。
「う、うわああああ!!」
遂に敵わないと悟ったのか、一人の警備兵が逃げ出す。一人逃げればそれに続きたくなるのが道理というものだ。警備兵は次々と敗走に移る。
俺も殺しても大した得にもならない彼らには興味がない。警備兵は無力化したと考えたとき、本当に一瞬だが隙が生まれた。そこを彼女は見逃がさなかった。
警戒心を縫うようにして、気づけば坂本は俺の目の前で刀を振りかぶっていた。気付いた途端、バックステップで距離を離す行動をとる。しかし少し遅かった。
坂本が刀を振りぬいた直後、胸に熱い感覚が走った。
(浅かったですか)
完璧なタイミングで放ったと思われた奇襲の一太刀は、立花の厚い胸板を少しばかり掠めただけだけに留めた。魔術で向上した身体能力が回避された原因だろう。
(魔術まで使えるとは…。しかし相手は所詮丸腰)
相手が魔術を使えることは驚きだったが、それでも楓は自分が負けるとは思えない。
立花が奇襲に驚いたのは一瞬。すぐに拳を前に出して構える。そういえば、地球にいた頃、あの男が空手有段者と聞いたことがある。丸腰でも勝算があると踏んでここまで来たのは、素手でも自分に勝てるという自信の表れか。
(だとしたら舐められたものですね…私も)
剣道三倍段と言葉は伊達ではない。素手で剣を持った者に勝つには実際にそれほどの力量差が必要なのだ。そして楓の見立てでは、立花との力量差はそれほどはない。
(だからと言って油断するのは愚の骨頂。魔術で身体能力の面ではあちらに軍配が上がりますし、まずは一刀であの男の腕一つをもらう)
楓の頭の中には手加減などという発想はない。目の前にいる男を殺す。それ以外の余計な雑念は既に取り払われていた。
「…」
「…」
両者無言でにらみ合う。最早喋る言葉もない。勝負は一瞬。二人はただ、攻撃するタイミングを探りあう。
「ッ!」
先に動いたのは立花だった。気付けば近くまで来ていたような、そんな踏み込みでこちらの間合いを詰めてきていた。
武術の特別な移動技法――縮地。
「ちっ!」
迎撃は間に合わないと判断した楓は、瞬時に身を引く。目の前を通過する拳で起こった風が前髪を撫でる。
しかし、これで私の勝ちだ。坂本は確信していた。初撃をかわしたことで、立花の体は少しではあるが流れている。次の坂本の一刀は避けられまい。
(あっけないものですが)
拳をかわした坂本は、返しの一撃で刀を振りぬく。それは正確に立花の左腕に命中し、その腕を斬り落とす、はずだった。
直後、坂本の一撃を迎撃しようとした立花の拳が刀と激突し――がきいぃんと聞こえるはずのない音が会場に響いた。
「なっ…!?」
「…動揺したな」
「ッ!しまっ…!」
驚愕した楓に、更にもう一発拳が襲う。なんとか刀で受け止めるが、またも甲高い金属音と共に、打ち合わせた衝撃で楓が大きく後ろに吹き飛ぶ。
「ぐっ…!」
靴の踵の部分を削りながら、なんとか楓は止まる。しかし、未だに驚愕だけは抜けきらなかった。
「…ありえません!刀と打ち合って拳が割れないなんて!まるで拳が鉄にでもなったような…まさか!?」
楓の言葉に、目の前の男は頷いた。
「ああ、その通り。ーー『鉄の籠手』。拳をただ鉄並みに硬くするっていうだけの最下級魔法さ。けどそれだけで、俺はお前と打ち合える」
直後、立花はまっすぐにこちらに突っ込んできた。




