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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
空が割れた日
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蹂躙される世界

「佐藤、桐生。屋上へ行ってみよう」


ぽつりぽつりと話し声が聞こえる教室で、俺の声は大きすぎたようだ。中にいたクラスメイトが一斉に俺の方を向く。


「お、屋上?そんなとこ行ってどうするんだよ?」


佐藤が困惑したように尋ねる。まだ事態の変化が理解できず戸惑っているようだ。


「今のこの状況は明らかに何かおかしい。屋上から街を見回して何が起こってるかを確認するんだ」


「な、なるほど…そうだな。そうしよう」


俺は椅子から立ち上がる。それに追随するように佐藤と桐生も立ち上がる。


そのあたりからようやく教室内もあわただしくなり始める。不安そうに友人とこれからどうするか話し合う者、面白そうだと騒ぎ出す者、ネットで情報を探す者など様々だ。

そこで一人の女子が俺たちの所へ近づいてくる。確か名前は…神崎とか言ったはずだ。

おさげ頭に眼鏡をかけた神崎は、クラスでも地味な部類に入るが、近くで見れば素材はなかなか良く、磨けば光るような予感を思わせる。俺たちとあまり面識がない彼女は、少し気後れするように言った。


「あの…、屋上に行くなら私も一緒に行ってもいいですか?黒いのが落ちたところ、私の家がある所の近くなんです」


「…家には今誰かいるのか?」


「お母さんが、いるはずです」


「そうか…それなら急ごう」


正直、神崎を連れていくのはあまり好ましくはなかった。時折聞こえる悲鳴や怒号。これらから、あまり信じたくはないが、事態はかなり深刻なのだろう。もし神崎の家の周りで何かがあった場合に彼女がパニックになったりしたら、それだけで次の行動に移る時間をロスしてしまう。


それでも神崎の提案を許可したのは、突然そんな事態にはならないだろうという俺の希望的観測からの結果だった。明日地球に隕石が落ちますと急に言われても、それを本当に受け入れて行動できる人は少ないと思う。


だが、結果的に事態は、俺たちの想像を大きく超えていた。

隣で佐藤がぽつりと言う。

「街が、燃えてる…」


先ほどまで燃えている建物は一軒だけだったが、今や火の手は町全体に及んでいた。街のちょっとした名物だった展望台も、昔俺が遊んだ公園も、休日によく足を伸ばしたデパートも、全て火の手に包まれていた。


隣でへなりと誰かが座り込む。神崎さんだ、その目線は、既に炎に包まれた地帯に注がれている。


「嘘…。お母さん…」


茫然とする姿に俺はなんと声を掛けたらいいかと迷う。そのとき、学校内から悲鳴が聞こえた。するとそれを皮切りに、あちこちから悲鳴が上がり、ついでどたどたと多くの人の足音が聞こえる。


「みんなやっと事態の深刻性に気づいたんだ…。俺たちも移動するぞ」


「…そうだな。それがいい」


「ちょ、ちょっと待てよ!移動するってどこに行くんだよ!?」


俺の言葉に賛同した桐生に、佐藤は食って掛かる。桐生はいつもの余裕さを失ったように早口で告げる。


「いいか佐藤。今何が起こってるのかは俺にも分からない。が、これだけは確かだ。――俺たちに危険が迫っている。それはさっきから聞こえる悲鳴が徐々に近づいてきているのを考えれば分かることだろ?そのためにも俺たちは――」


「一体どうなってるんだ!!」


桐生の声が途中でかき消される。見れば、屋上の扉から何人もの生徒が入ってくる。皆、俺たちと同じく状況を確認しようと思ったのだろう。入って来た生徒たちは、街の深刻的な被害に嘆きの声を上げる。


俺はそこで神崎さんを見る。

神崎さんは相変わらずへたりこんだままで動こうとしない。俺は神崎さんをどうするか迷う。


(ここに置いていくのは確実に危険だが、この先、彼女をかばって行動するのはリスクが高い。見捨てていくべきか)


そのとき佐藤が俺を通り抜け、つかつかと神崎さんに歩み寄っていく。


「あやめちゃん。ここにいたら危ない。俺たちと一緒にここを移動しよう」


「…でも、お母さんが」


「あやめちゃんのお母さんだって子供じゃないさ。近くで火事があればきっと逃げているさ。今はきっとあやめちゃんを探してる。あやめちゃんも、まずは俺たちと一緒にここを移動しよう」


「…はい…!」


佐藤がの差し伸べた手を握り神崎さん――神崎あやめは立ち上がる。その顔は佐藤を見て仄かに赤らんでいた。…落ちたな。


「ほんと、お前には負けるぜ佐藤」


桐生が佐藤の肩をポンとたたく。桐生も俺と同じことを考えていたのだろう。俺たちはそういう意味ではいい意味でも悪い意味でも現実主義だった。


「なんだよ。男として当然のことだろう。いいから、早く行くぞ。ほら、かなめちゃんも」


「はい…!」


神崎さんは佐藤の手を取り走り出した。絶望的な状況。しかしそんな中でも神崎さんの瞳には一縷の希望の光が宿っていた。ように見えた。








ドスッ、と何かを貫くような音がする。








「え…?」


音がした元をたどれば、神崎さんが立っていた。佐藤も驚いたように見つめるものだから、神崎さんはこくりと首を傾げる。





その腹からは、大きな爪が肉を裂いて姿を現していた。






やがて佐藤の視線の先に気づいた神崎さんは、ゆっくりと顔を下に向ける。やめろ、見るな、と佐藤が震える声で告げるが、神崎さんの瞳が自分の腹から飛び出した爪を捉える。


そのときの彼女はどんな顔をしたのだろうか。神崎さんが視線を下に向けた途端、爪にひっかけられて高々と持ち上がった彼女を、大きな影はバクン、と口に放り込んだ。


喰われた、と気づいたのは骨を噛み砕くような音が聞こえてきた時だった。見ればそこには、どこから現れたのか、4メートルはあろうかという顔は猛獣、体は毛むくじゃらで、まさしく獣人というような生き物がそこに立っていた。


その獣人は顔を歪ませる。人間と顔の構造は違うが、笑ったということはなぜかわかった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


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