数奇な再会
「ほら、お兄ちゃん。次はこの店だよ!」
「…」
アセムさんは薬を売りに出かけ、その間シーナの買い物に付き合っていたわけだが、いかんせん、シーナは倹約家であるらしく、少しでも安いものを買おうと先ほどから露店を点々としている。もう立ち寄った露店も二十じゃきかないくらいだが、それでもシーナはいっこうに終わる気配はない。
「…買い物をするときはいつもこうなのか?」
「買い物なんて季節に一回くらいしか来ないからね、買う時はいつも慎重に選んでるの。それに、買い物は何時間続けても飽きないし」
「…アセムさんは買い物に付き合ったことはないのか?」
「最初は一緒に見て回ってくれてたんだけどね。一日で付き合うのは断るようになっちゃった。なんでなんだろう」
(多分初日にシーナに散々引っ張り回されたからだろうなあ。…今の俺みたいに)
正直俺もなかなかしんどくなってきていた。なぜどの世界も女という生き物は、買い物が好きなのだろうか。
シーナはこの店の商品について大体見定めたのか、「よし」と言うと躊躇なくテントから出ていく。今度こそ終わったかと思ったが、シーナが次のテントへ向かうのを見て、思わず肩を落とす。それに気づいたシーナが足を止め、こちらに戻ってくる。
「もう、あれだけ体力があるのにもう疲れちゃったの?私なんてまだまだ平気だよ」
「…あと何軒くらい回るんだ」
「うーん、ホントはあと二十件くらい見たいんだけど」
その言葉に俺は耳を疑う。え、三時間店を回ったのに、まだ半分くらいなの?
しかしその俺の心の声を聞き取ったのかシーナははあ、と苦笑する。
「でもお兄ちゃんはもう限界みたいだし、あと三軒だけで今日は終わりにしてあげる。だからもう少し頑張って、お兄ちゃん!」
シーナは繋いでいた手をほどき、次の店へと走り出す。俺としては正直今すぐに
でも宿に帰りたいくらいの気持ちだったが、シーナの心の底から楽しんでいるようなこの顔を見ると、気持ちも変わる。
(いつも世話になってばかりだしな。せめて今くらいは楽しませてあげよう)
「ほら、お兄ちゃん。早くー」
少し先の所で手を振り急かすシーナ。俺は苦笑交じりにそちらへ行こうとした時だった。シーナの後ろから三つの人影が見えた。
(ん?)
見れば、春になったというのに、三人とも目深にフードを被っており、顔はうかがい知れない。しかし、その三人が速足で向かう先には俺に向かって手を振るシーナ。
まずい予感がした。俺は小走りでシーナの元へと向かう。俺はシーナへ向かって叫ぶ。
「シーナ!一回戻ってこい!」
「え…?」
まさに俺が言った時だった。後ろの三人組はいきなりシーナを後ろから抑え込み、口元を抑えた。
「!?んん~~~~ッ!!」
驚きに顔を染めるシーナ。二人がかりでシーナを抑え込むと、残りの一人がシーナの顔に手をかざす。
「…」
その一人がボソッと何かを唱えると、手から紫色のオーラがシーナへ向けて流れる。それを喰らった途端、シーナの瞼がストンと落ちる。
(あのオーラの色とシーナの様子。『虚ろの催眠』の魔術か!)
アセムさんとの魔術修行で知った魔術の一つにあったものだ。『虚ろの催眠』は、喰らった者を強制的に眠らせる、いわば催眠ガスみたいな効果を持つ魔術だ。なので、おそらくシーナはただ眠っているだけだろう。
しかしこの時点で、既に俺には相手の正体に見当がついていた。
(こいつらが噂の人さらいか!おそらく俺たち、いやシーナを最初から狙っていやがったな!)
奴らの手際の良さと、シーナが俺から離れたわずかなタイミングで襲ってきたことを考えるとその可能性が高いと判断する。そこまで考えてから、絶対に逃すまいと逃走に移ったやつらを追って地面を蹴る。
「ッ!待て!」
俺の声が聞こえたのか、三人組の一人がこちらを振り返った。そして、追ってきた俺を見て驚きの声を上げた。
「な、何だあいつ!はええぞ!」
二十メートルほど開いていた距離は、数秒で既に五メートルを切っていた。身体能力が向上している俺が全力疾走で追っているのだ。こちらの世界で少しくらい早かったって、俺から逃げられるはずもない。
(取り逃がしても面倒だ。全員片足くらいは覚悟してもらう)
俺は走りながら腰にあった剣に手を伸ばす。シーナを攫った時点でこいつらを生かす気はない。拷問にでもかけて仲間の居場所を吐かせ、根絶やしにしてやる。
シーナ達と暮らしている時には湧いてこなかったこの世界への憎悪が心を黒く塗りつぶす。そんなことを考えていたからだろうか、横合いから高速で接近してくる人影に気づかなかった。
「ッ!?」
不意に左のこめかみあたりに強い衝撃。直後、体が横合いに見事に吹っ飛ぶ。地面をバウンドしながら、その先にあった露店に突っ込み、ようやく止まった。
ずきずきと痛むこめかみを抑えながら、なんとか立ち上がる。
「くそ…、なんなんだよ一体…」
この世界で俺の全力疾走しているところに不意打ちを決めるなど並大抵のことではないはずだ。俺は警戒しながら飛ばされた方に目を向けると、一人の女が立っていた。
それは、まぎれもない日本人の女だった。
俺と変わらなさそうな歳に、肩甲骨まで伸びる黒のストレートロング。色白の肌に、美しい顔立ち。
しかしなにより俺が目を引いたのは、その格好だった。
その女は、制服を着ていた。それは俺も知っている、隣町の有名な女子校の制服。それを見て、俺はここにいるはずのない一人の少女を思い浮かべた。
「…『静寂の刈り手』。蓬莱学園の坂本か!」
声を荒げる俺とは正反対の冷たい声音で彼女――坂本楓は言った。
「そちらは伊達高の黒龍。こんなところでお前と会うとは、数奇なものですね」
物語に関係はありませんが、今回出てきた坂本楓は僕の書いた他の作品に出ているキャラだったりします。




