忍び寄る影
翌朝、アセム家から馬で半日ほど移動し、日が沈み始めた頃、バリアハールに到着した。その想像以上の賑わいぶりに俺の口から思わず感嘆の声が漏れる。
「うわぁ…。すごい人ですね」
「うむ、バリアハールは東部で最大の貿易都市と言われておるからなぁ」
「私も何回来ても、この人の多さには慣れないよ…」
確かに、人見知りのシーナにはこの人の多さは厳しいだろう。目の前の中央通りみたいな道は、中学の修学旅行で行った渋谷の混み具合に負けずとも劣らない。
目の前の通りは、道幅が道路二車線分くらいで、その両端にずらりと露店が並んでいる。そして中でも特に目を引くのは、歩いている人たちの種族がばらばらだということだ。一番多いのは人間だが、他にも猫耳や尻尾がついた獣人(サイズは人間と変わらない)、耳がとんがったエルフのような者、頭一つ分小さいあの亜人はドワーフか。まさに物語に出てきそうな生き物ばかりだ。人種のサラダボウルくらいの騒ぎじゃないぞこれは。
「シュウはここまで大きい街は初めてじゃろ。どうじゃ、バリアハールを見ての感想は」
「…正直、圧倒されてますね」
「わはは。確かに今のお前さんはたまに例え話で使う、は…鳩がどうとか…」
「鳩に豆鉄砲ですか」
「そうじゃ!そんな顔をしておるぞ。わはは。鳩に豆鉄砲とはニホンジンは面白い喩えを思いつくわい」
「お父さん。そろそろ今日の宿を探さないと。この時間なんてすぐ埋まっちゃうんだから」
「おお、そうじゃな。よし、では今日は宿をとって休むとしよう。宿はこっちじゃ。ついてこい」
アセムさんは馬を手綱で引きながら(俺は乗馬経験が無かったため、アセムさんの後ろに乗ってきた。シーナでも乗れているため少し恥ずかしかった)人ごみの中へと入っていく。それに俺、シーナの順で続く。
(うわ、本当に人が多いな。こりゃはぐれたら相当面倒だぞ)
アセムさんの背中を見失わないよう注意して進む。途中の十字路でアセムさんが曲がったので、そちらについていくと、一気に人の密集度が減り、息が詰まりそうな圧迫感からようやく解放されて息を吐く。
「ふう…。中央通り以外はけっこう空いてるのですか?」
「まあのお。中央通りも昼とかならばもっと人は少ないじゃろうから安心せい。ところでシーナはどうした?」
「はあ〜。やっと出られたよー」
ちょうどその時シーナが人垣から姿をあらわす。人の多さにやられたのか、既にへろへろだ。
(…この人の多さじゃすぐ後ろを歩いていても分からないな。明日の買い出しのときはもっとシーナに気を配ろう)
今のタイミングで、シーナが連れ去られていても気づかなかっただろう。俺は自分の不注意を反省した。俺は追い付いて来たシーナに言う。
「シーナ。次からはできるだけ俺と近づいて歩こう」
「…!お兄ちゃん…。うん、わかった!」
シーナは先ほどの疲れた様子はどこへやら。溌剌とした表情で手綱を握ってない方の手で俺の手を握ってくる。
「…シーナ。これは」
「こうしてればはぐれることもないね!」
「…」
「〜♪」
いや、この人通りの少ない道なら大丈夫だろうという言葉を、シーナの楽しげな表情を見て飲み込む。考えてみれば、シーナはこれまでアセムさんと二人暮らしだ。兄のような存在が出来て嬉しいのだろう。ならば振りほどく必要もないし、別に悪い気もしない。好きにさせておこう。
やがて、街外れにある一軒の宿屋に着く。建物はかなり年季が入ってるようで、それほど大きくもないが、部屋まで案内をしてくれた女性の接客を受けるとなるほど、潰れないのが納得の対応だった。
「この宿、宿の人が親切ですね」
「わはは。あの女将とは昔馴染みの知り合いでのう。バリアハールに来たらいつもここを使うようにしとる」
その後近くの屋台で晩御飯(正直味は微妙だった)を済まして、今日は移動で疲れたからと、早めの就寝となった。借りた部屋が一部屋なので必然的に三人で寝ることになったが、久しぶりに他人と眠ったその夜は、安心できたせいか、すぐに眠りへと落ちた。




